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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

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第38話 嚮導者(前半)

 先行させた騎馬が戻って来た。

「報告します。合流地点に軍はなく、予定方向をしばらく進みましたが、姿も痕跡も発見できませんでした」

「うん。了解。ご苦労様」

 歩きながら、鮑謖(ホウショク)は騎兵に応えた。


 鮑謖隊は南道をあと少しで抜けようとしていた。報告にあった合流とは、北道と交わる場所という意味である。鮑謖は、そこに阜漫(フマン)中佐率いる軍がいるかどうかを確かめたのだ。

 話を聞く限り、更に先に行ってしまった可能性は低いと思われた。

 ()たせる(かな)、猟師からの情報にあった先細りが影響して、行軍速度が落ちたのであろう。


──やっぱり南で正解だったね。

 遅れを取り戻し、軍に追いつくことが出来そうだ。いや、このままゆけば、鮑謖隊の方が先に到着する。そこで中佐たちを待つ形になりそうだから、言うなれば──。


「待ち伏せだな──」


 鮑謖はそうつぶやいた。



──!!

 崔弱(サイジャク)先越(センエツ)、その他、鮑謖の近くにいた数名に緊張が走った。

 今の報告を彼らも同じく聞いていたわけだが、その解釈は、軍の規模に対して道の大きさがあわない事からの行軍の遅れ、だった。

 しかしながら鮑謖の言葉は、それら凡人の思考を打ち砕く。


「伍長。大尉が(おっしゃ)っていた『ちょうどイイ』とは、この事なのでは?」

 先越が崔弱に耳打ちする。

「あり得る。いえ──、そうに違いないと思う」

 崔弱は()く頭を回す。

「大尉は敵の動きを察知、もしくは予見した。きっと兼ねてから独立行動権を使い、それに対処するつもりだった。置き去りにされたタイミングは、大尉にとって渡りに舟で、そこから出た言葉でしょう」

 崔弱はここまで言って、一度、鮑謖の方を見た。そして──。

「でも、それさえ、わかっていたのかも知れない。周囲の偵察を引き受けたのも、その前に再三にわたって兵糧の確認をさせたのも、全て大尉の計算かも知れない──」

 聞いた先越は少し身震いした。

「そうか──。中佐が兵の割り振りを減らしたのを、自分への忌避(きひ)だと看破したわけですね。そこから間違いを細かく指摘して(あお)った。中佐は大尉を遠ざけたい心理に駆られてしまった。というわけですね」

 崔弱は頷き。

「それでいて、兵に対しては鷹揚(おうよう)な態度で、味方の軋轢(あつれき)を防いでいた」

 噛みしめるように言った。


 先走る思考の崔弱と、機転で動く先越、二人が組み合わさることで、誤解の渦は指数関数的に回転を増した。


「自分は、皆に戦闘の可能性について共有します」

「お願い」

 先越の言に、短く返す崔弱。


 鮑謖のあずかり知らぬところで、部隊の兵たちは、臨戦態勢を整えていった。





──ここで待ち伏せだと!?

 思ったが、動揺は見せない。

「慌てるな。相手の勢いを止め、ゆっくり下がる」

 阜漫は努めて落ち着いた声で下知を出した。



 今回の作戦に()いて別働隊の役割は、本隊と辛国軍が、ぶつかり合いを始めた段階で、敵の基地を急襲し、そのまま敵軍の背後を突くといったものだ。

 無論、幾つか状況によって変化することも想定してはいる。敵が待ち構えているからといって、話が違うとはならない。

 さはさりながら、この場での埋伏は完全に慮外である。

 というのも、待ち伏せができないように、あえて遠回りで複雑な道を選んで行軍していたからだ。(たと)えるなら、自由に動ける阿弥陀籤(あみだくじ)の一点に兵を配するようなものであり、非効率極まりない。余程の天才か馬鹿でもない限り、選ばない方法だ。



──情報が洩れたか・・

 阜漫がそう考えるのは、当然の帰結であった。

「報告! 後方に敵、数は百です」

 兵が駆け付けて言う。

「守りを固めよ。数は少ない、息切れを待て」

 新たな指示を出したときだった──。


〈麒麟の法、泥硬粒(デイコウリュウ)


 味方の兵が魔法に撃たれた。

「どこか!」

 言ったときには、ワァーッと斜面を駆け下りてくる辛国軍が目に入った。数はやはり百ほどである。

「三百に、魔法使いまでいるか」

 阜漫は確信を持った。

 辛軍は、かなり早い段階で情報を得て、汐径軍を殲滅(せんめつ)せんと段取りしたのだろう。ひょっとしたら、こちらの兵の構成をも知り得ているかも知れない。

「くっ──、迎え撃て!」

 声を張る阜漫であったが、三方からの攻撃は厳しい。

「前後は敵を押しとどめよ! 側面は押し返せ!」

 横からの圧力は強い。だが、こちらは下がるわけにはいかない。反対側は下り坂になっていて、おそらく沢に通じている。その斜面は阜漫から見て。

──逃げ易すぎる。

 罠があるとまでは思わない。だが下がったら最後、その逃げの勢いはきっと止まらない、止められない。そしてそれは──。

──潰走への呼び水となる。

 十中八九、辛軍の狙いはそれであろう。四分五裂した後は、各個撃破されるだけだ。


 パッーン。阜漫の近く兵がやられた。また魔法だ。

「あそこかっ!」

 目視できた──。できたが、対処は難しい。こちらには狙える射手も、撃ち返す魔法使いもいないのだ。

──ちがう。置き去りにしたのだ。

「かっ! (わし)としたことが、我ながら下らないことをした!」

 阜漫は、この期に及んで(ようや)く我に返った。

 敵を作らぬよう生きてきた男が、若い大尉を敵視した結果が今である。阜漫本人をして、皮肉な運命を感ぜざるを得なかった。


 さりとて。それで状況が変わるわけでもない──。

 阜漫は必死に指示を出しながら、活路を探し続けた。





(後半へつづく──)

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