第38話 嚮導者(前半)
先行させた騎馬が戻って来た。
「報告します。合流地点に軍はなく、予定方向をしばらく進みましたが、姿も痕跡も発見できませんでした」
「うん。了解。ご苦労様」
歩きながら、鮑謖は騎兵に応えた。
鮑謖隊は南道をあと少しで抜けようとしていた。報告にあった合流とは、北道と交わる場所という意味である。鮑謖は、そこに阜漫中佐率いる軍がいるかどうかを確かめたのだ。
話を聞く限り、更に先に行ってしまった可能性は低いと思われた。
果たせる哉、猟師からの情報にあった先細りが影響して、行軍速度が落ちたのであろう。
──やっぱり南で正解だったね。
遅れを取り戻し、軍に追いつくことが出来そうだ。いや、このままゆけば、鮑謖隊の方が先に到着する。そこで中佐たちを待つ形になりそうだから、言うなれば──。
「待ち伏せだな──」
鮑謖はそうつぶやいた。
──!!
崔弱、先越、その他、鮑謖の近くにいた数名に緊張が走った。
今の報告を彼らも同じく聞いていたわけだが、その解釈は、軍の規模に対して道の大きさがあわない事からの行軍の遅れ、だった。
しかしながら鮑謖の言葉は、それら凡人の思考を打ち砕く。
「伍長。大尉が仰っていた『ちょうどイイ』とは、この事なのでは?」
先越が崔弱に耳打ちする。
「あり得る。いえ──、そうに違いないと思う」
崔弱は疾く頭を回す。
「大尉は敵の動きを察知、もしくは予見した。きっと兼ねてから独立行動権を使い、それに対処するつもりだった。置き去りにされたタイミングは、大尉にとって渡りに舟で、そこから出た言葉でしょう」
崔弱はここまで言って、一度、鮑謖の方を見た。そして──。
「でも、それさえ、わかっていたのかも知れない。周囲の偵察を引き受けたのも、その前に再三にわたって兵糧の確認をさせたのも、全て大尉の計算かも知れない──」
聞いた先越は少し身震いした。
「そうか──。中佐が兵の割り振りを減らしたのを、自分への忌避だと看破したわけですね。そこから間違いを細かく指摘して煽った。中佐は大尉を遠ざけたい心理に駆られてしまった。というわけですね」
崔弱は頷き。
「それでいて、兵に対しては鷹揚な態度で、味方の軋轢を防いでいた」
噛みしめるように言った。
先走る思考の崔弱と、機転で動く先越、二人が組み合わさることで、誤解の渦は指数関数的に回転を増した。
「自分は、皆に戦闘の可能性について共有します」
「お願い」
先越の言に、短く返す崔弱。
鮑謖のあずかり知らぬところで、部隊の兵たちは、臨戦態勢を整えていった。
──ここで待ち伏せだと!?
思ったが、動揺は見せない。
「慌てるな。相手の勢いを止め、ゆっくり下がる」
阜漫は努めて落ち着いた声で下知を出した。
今回の作戦に於いて別働隊の役割は、本隊と辛国軍が、ぶつかり合いを始めた段階で、敵の基地を急襲し、そのまま敵軍の背後を突くといったものだ。
無論、幾つか状況によって変化することも想定してはいる。敵が待ち構えているからといって、話が違うとはならない。
さはさりながら、この場での埋伏は完全に慮外である。
というのも、待ち伏せができないように、あえて遠回りで複雑な道を選んで行軍していたからだ。喩えるなら、自由に動ける阿弥陀籤の一点に兵を配するようなものであり、非効率極まりない。余程の天才か馬鹿でもない限り、選ばない方法だ。
──情報が洩れたか・・
阜漫がそう考えるのは、当然の帰結であった。
「報告! 後方に敵、数は百です」
兵が駆け付けて言う。
「守りを固めよ。数は少ない、息切れを待て」
新たな指示を出したときだった──。
〈麒麟の法、泥硬粒〉
味方の兵が魔法に撃たれた。
「どこか!」
言ったときには、ワァーッと斜面を駆け下りてくる辛国軍が目に入った。数はやはり百ほどである。
「三百に、魔法使いまでいるか」
阜漫は確信を持った。
辛軍は、かなり早い段階で情報を得て、汐径軍を殲滅せんと段取りしたのだろう。ひょっとしたら、こちらの兵の構成をも知り得ているかも知れない。
「くっ──、迎え撃て!」
声を張る阜漫であったが、三方からの攻撃は厳しい。
「前後は敵を押しとどめよ! 側面は押し返せ!」
横からの圧力は強い。だが、こちらは下がるわけにはいかない。反対側は下り坂になっていて、おそらく沢に通じている。その斜面は阜漫から見て。
──逃げ易すぎる。
罠があるとまでは思わない。だが下がったら最後、その逃げの勢いはきっと止まらない、止められない。そしてそれは──。
──潰走への呼び水となる。
十中八九、辛軍の狙いはそれであろう。四分五裂した後は、各個撃破されるだけだ。
パッーン。阜漫の近く兵がやられた。また魔法だ。
「あそこかっ!」
目視できた──。できたが、対処は難しい。こちらには狙える射手も、撃ち返す魔法使いもいないのだ。
──ちがう。置き去りにしたのだ。
「かっ! 儂としたことが、我ながら下らないことをした!」
阜漫は、この期に及んで漸く我に返った。
敵を作らぬよう生きてきた男が、若い大尉を敵視した結果が今である。阜漫本人をして、皮肉な運命を感ぜざるを得なかった。
さりとて。それで状況が変わるわけでもない──。
阜漫は必死に指示を出しながら、活路を探し続けた。
(後半へつづく──)




