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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

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第37話 思慮交錯

「そいつは見たかったな──」

 袁望(エンボウ)から話を聞いて、仞操(ジンソウ)はそう返した。


 今、鮑謖(ホウショク)隊は岐路を、別働隊が行った北道ではなく、南側を選び進んでいる。

 道中、仞操はその経緯について袁望から聞き、猟師との(から)みで出てきた(ひょう)について、そのやり取りの詳細を尋ねていたのだ。



──やはり隊長は強い。

 仞操は思う。

 後翼(ゴヨク)軍との戦いを見たが、武人の動きだった。圧倒的な攻撃力は魔法なのだろうが、足の運びや体幹の使い方を見るに、武術の修練も相当に積んでいると判断できた。どこからか湧いた、当百の魔女という噂も、誇張ではあったが的確だと仞操は見ていた。


 あとは楊休(ヨウキュウ)という、鮑謖隊に割り当てられた兵の一人。

──矢を曲げるか・・

 そういう技があるというのは小耳に挟んだことがある。文字通りの曲技であろうと思っていたが、豹を狙ったときの話だと、あながち曲芸とも言い切れない。



──五万といるな。

 強者(つわもの)の話である。

 仞操も腕を上げたと自負していたが、成嬰(セイエイ)と稽古してみると、彼もまた強くなっていて、差が縮むどころか開いたような気さえした。己はまだまだだと、あらためて知った仞操は、鍛錬にも()して力を入れるようになり、他人の強さにも関心を持つようになっていた。

「見たかった──」

 仞操の強さへの志望が、再び同じ言葉を発語させた。

 しかし流石に、そこまでの念慮(ねんりょ)は伝わらなかったのか──。

「ハハッ──。まぁ確かに、貴重なものを見させてもらったわ」

 袁望は、単に仞操が珍しい体験を(うらや)んでいるのだと解釈したようだ。


「ああ──、羨ましいぜ」

 仞操も、袁望にあわせて返した。





 野営の準備は終わった。

「諦めたか──」

 阜漫(フマン)はつぶやく。

 彼が置き去りにした鮑謖隊は、(つい)ぞ、あらわれなかった。

 ここまでの道中、何度か後方に斥候をやって確認したが、追ってきている様子はなく、この時間まで姿がないのを見ると、ほぼ間違いないと思えた。

「いや──、おおかた、腹を立てて帰ったに違いあるまい」

 阜漫はそう臆断した。


 鮑謖隊に割り振った二十も、共に消えてしまったわけだが。

「誤差の範囲だ」

 むしろ減らしておいて正解だったと、自身の判断に満足した。


 阜漫は、(つか)えが取れたかのように感じて、行軍中の夜にしては意外なほど、すんなりと眠りに就くことができた。





 夕食の準備は終わった。

「今度は風味豊か──」

 鮑謖は鼻腔をくすぐられる。

 彼女が選択した南側の道は、おしなべて、緑が豊かであった。

 それゆえに道中、何度か道ばたに生えた野草を摘んだ。前回の鹿肉の残りで作ったスープに加えると、香味が程良く交わり、絶妙であると思えた。

「いや~、待ち遠しい。この香りは美味しいに違いないよ」

 鮑謖はそう断言した。


 別働隊に置いて行かれた鮑謖だったが。

──鹿肉独占できる!

 むしろ(ねた)まれずに済むからラッキーと、不穏な状況を喜んだ。


 鮑謖は食を愛する者であるため、誰よりも食べ物の恨みを恐れている。他の隊にも分配をと考えていただけに、その気苦労から解放されたのは慶事だった。


 鮑謖以下、隊の一同は、続けての美味い食事に満足し、その英気を養った。





 (シン)軍は三百。相手は五百というから、こちらは寡兵(かへい)である。

 それでも勝算はあるとされた。汐径(セキケイ)軍の行軍ルートがわかっていたからだ。細く狭隘(きょうあい)な場所で前後を塞ぎ、更に横腹を突く、三方からの同時攻撃が計画されていた。


「後翼はどうやったんすかね」

 同隊の少尉が話しかけてくる。

「向こうはそういうのが得意のようだからな──」

 花文(カブン)は、一応、受け答えた。


 味方の三百は三隊に分かれて埋伏(まいふく)している。花文は、敵の前方を塞ぐ隊に配属され、三十名の小隊を任されていた。

 少尉の声かけは、(くだん)の汐径軍の予定が、後翼軍からもたらされた情報だったことを指しての発言であった。

 また、偵察の結果、汐径軍は確かに情報通り、こちらへと向かってきている。


「まっ、あってんなら何でもいいっす」

 少尉は自分で振ったくせに、さして関心は無いようであった。

「前もそうだった──」

 花文は無意識に言葉を発してしまった。

 情報通り、勝ちが確実視されるなか行われた作戦だったが、結果は敗退だった。花文としては話が違うという思いがあり、それが鬱憤(うっぷん)のように溜まっていたからだ。

 言ってから『しまった』と思ったが、出た言葉は戻らない。

 上層部批判として受け取られていないか危惧した花文だったが。

「あっ、大変でしたね──」

 少尉は急にトーンを変えて返した。その反応に──。

──またこれか・・

 花文は思った。



 花文中尉は姪を亡くし、心を痛めている。その責任を重く受け止めている。世間ではそのように言われていたが、本人としては、花廉(カレン)について特に思うところはなかった。

 花文はただ自分には関係ないと、花廉のことを慮外とし、帰還後も型どおりの対応をしていただけである。なのに、何をどう誤解したのか、おかしな評価が流れた。

 また、上役たちは勝手に花文の責任感を()み取り「兄嫁を引き取ったらどうか?」などと提案してきた。

 まったく以て迷惑な話であったが、花文もそれを否定するほどの意地を張れず、なしくずしに事実として出来上がってきていた。



 たぶん少尉は、花文は心痛なのだとか思ったに違いない。

──どいつもコイツも勝手に決める・・

 自分の心を推し量り、頭越しにあれこれ配慮する。花文にはそれが、自己の存在を無視されたかのように思えて、酷く不快だった。


「伝令。まもなく敵が到着する、各隊は準備を確認し、合図を待て」

 百軍の指揮をしている少佐から指示が来た。

「了解した」

 花文は素早く返した。


──今は作戦に集中だ。

 花文は任務に没頭することで、(いと)わしさから逃れようとしていた。

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