第33話 支度
──また仕掛けか・・
熱弁する臧勤を視界に入れながら、雁去病は思った。
汐径国は辛国に侵攻する。報復戦争である。一応、辛国と共闘関係にある後翼としては、あまり楽しい話ではなかった。
しかしながら、元々の大綱から捉えてみると、汐径が東北に力を入れている現状は、むしろ願ったり叶ったりの状況であった。
後翼、辛、これまでの二国の動きは、東錬国との連携を前提としている。
二国が汐径の北を侵し、汐径軍がそれに対処する間に、東錬が東から侵攻する。汐径国を北と東の二正面作戦にもっていく。それが計画されていた展開だ。
今、汐径は自ら軍を北に向けた。
この機に東錬が東から攻めれば、はからずも当初の二正面の構図となり、後翼が追加で南進すれば実質的に三正面状態で、汐径は辛国から撤退せざるを得ない。
これだけでも十分に思えるが、臧勤はどうやったか、汐径軍の辛国行軍ルートを入手したのだという。彼はその情報を辛軍に伝え、汐径軍を撤退させぬよう足止めをしてもらう計画だとか。それにより、汐径攻略は盤石になると、臧勤は語っている。
──気に入らんな。
全体の流れ自体は良いと思う。今が攻めどきとも考える。
だがそれでも雁去病が感じるのは。
──楽に勝とうとし過ぎだ。
という感覚。
相手の隙を突いて攻撃、尤もなことだ。連携して動く、共闘なのだから当然だ。足止めするのは結構だし、やってもらえれば助かるだろう。
さりとて。
──行軍ルートを知る必要はあるか?
雁去病が疑問に思うのはそこだ。
知った上で為されるもの、それは待ち伏せの類いであろう。想定通り敵が動くなら、戦果は大いに期待できる。できてしまうのだ。だからこそ思う。
──辛軍は足止めなどするか?
二度、奇襲急襲を失敗した辛国は、大いに勝利を欲しているはずだ。三ヵ国の連携の前に、自分だけが転けたような状態も不満であろう。その上で、敵の動きを知ってしまった。
──十中八九、殲滅に動く。
雁去病は、こう結論付けた。
臧勤の思惑と、辛軍の切望、そこには確実に齟齬がある。それがどうのような結果を生むのかは、雁去病にも想像が付かない。
──まぁ、うまくハマればよい。
歯車がイイ感じで噛み合えば、それは大きな力となるはずだ。
──噛み合わなければ・・
雁去病は、その先を考えるのを控えた。最早、賽は投げられている。
次なる作戦では、雁去病も正面切っての戦いとなる。辛国のことを気にしている暇はない。
仮に、状況、前提が変化したとしても、臨機応変に対処するだけだ。それこそが、雁去病の戦いの哲学なのだから──。
楊休は、途中から加わった部隊の下に付くことになった。
「なんでですか!」
「小隊から一人出すことになってる」
「だから、何で私なのかって聞いてるんですよ!」
「お前が、もめごとばかり起こすからだ」
「それは相手がいる話でしょう。私一人が悪いみたいに言わないでください!」
「いいから行け」
「何がいいんですか!」
「だぁ──、そういうとこだ。うるさい、しつこい、面倒臭い、三拍子揃ってるんだよ。上官が命令してんだから、さっさと行けよ」
「納得できません!」
「納得しろ!」
およそ軍人のやり取りとも思えぬが、楊休相手だと毎度のことすぎて、上官もいちいち体裁を整えるのがアホくさいのだ。
「禿げろ──」
楊休は悪態をついた。無論、聞こえるようには言わないが、それでも不平たらたらだと誰もが気付く態度で荷物をまとめ、彼女は一人、隊を離れた。
「大尉。支給された兵糧なのですが、どう見積もっても少ないようです」
崔弱が来て言う。
「えーと。足りないってこと?」
鮑謖は確認する。
「足りるは足りるんです。ただ、五十人という勘定ではなく、おそらく四十ぐらいで計算されたものかと。一回あたりの量を少し減らせば、一応まわせます」
きっと崔弱は、それら消費と日数の計算を済ませた上で、報告に来たのであろう。
「ちなみに、その兵糧って乾燥タイプだよね」
「はい。湯で戻すときに量の調節は容易かと思われます」
崔弱は淀みなく答える。
ここで鮑謖は思った。
──さっそく案件が来たみたい・・
支給される兵糧が微妙に少ない。全然足りないとかではなく、やりくりすれば何とかなる程度に足りない。不満が出そうで出ないぐらいに窮い。兵糧は長期保存の利くタイプ。
ここから鮑謖が出した答えは。
──横領だな。
この別働隊に於いて、軍事物資の横流しが起きているのではないか?
そしてこれこそが、鮑謖に与えられた真の任務、軍監としての役目なのではないか?
「なるほど──」
鮑謖はつぶやく。
──では、証拠がいるな。
今日の鮑謖は無駄に冴えている。
「伍長。兵糧の量に間違いがないか、規定量を指摘した上で、もう一度、係に確認を取って。たぶん、それで正しいとの返答だろうけどね」
「はい。わかりました」
崔弱の返事に鮑謖は頷くと。
「で、食事の際は、通常の量を、きっちり量をはかって、誰の目にも過不足無いことを示して配るようにして」
強い眼差しを向けて言った。
「は──、はい!」
崔弱は一瞬、圧倒された感じになったが、すぐに返事をした。
鮑謖の考えはこうだ。
まず、崔弱が確認を取る形で、量が正しいとする言質を取る。次に、規定量を正確に分配し、それを砦の兵と追加の兵たちに確と認識させる。すると必然、兵糧は足りなくなる。そこで、係を追求すれば、何らかのリアクションが起きる。
それら全てを記録すれば、報告に値するに十分なものとなるとの見立てだ。
砦のカリキュレーター崔弱ならば、その辺りの数字に関する事はそつなく熟してくれるだろう。加えて交渉事も得意のようだから、そっちもお任せできる。
──伍長を連れてきて正解だった。
危険な戦地まで来てもらった甲斐があると、鮑謖は思った。
鮑謖自身はイイ感じで頭を回したつもりだが、お陰で誤解の糸は、更に複雑に絡まり合うこととなった。




