第30話 可決
「賛成多数──。よって、辛国への軍事報復は承認されました」
それで議会は閉幕した。
汐径国の軍は、独立した意思決定権を持つが、他国へ軍を差し向けるとなれば、議会の承認を経なければならない。それは法的、政治的は勿論、物資の供給という現実問題からも当然であった。
「ハァ──、まったく、議会とのやり取りは疲れるぜ」
「お疲れ様です。大佐もよく耐えてくれました」
准将は剛会をねぎらった。
「ったく、あの禿げ頭。同じ事を何度も聞きやがって──」
「大佐の癇癪は有名だからな。狙い撃ちにされたのだろう」
言ったのは姜彧だ。
「フフッ──、そうですね。中佐も上手くフォローしたと思います。ですが、これで我々にとっての最大の障害は乗り越えました。ある意味、他国にとっての最大の抑止力が、議会でもあるわけですから」
准将も、漸くという感で語る。
「さて──。東が動くのは確実として、後翼がどうするかです。そちらの方の情報に、何か進展はありましたか?」
「はい。准将の一人、臧勤。彼は先の作戦失敗で、次期将軍レースから後退したとみられましたが、巻き返しを図り、動きはより活発になったようです。国内外に働きかけた痕跡があり、我が国にも一部入り込んでいるかと」
准将の問いに姜彧が答える。
「軍は、臧勤の作る流れに乗ると思いますか?」
「しばらくの間、後翼軍、特に南側は結果を出せておりません。こちらの調査によると、北面の軍に比べ、南面の軍は『ともしい』とも言われているとか。彼らも成果を欲しているでしょう」
「けっ──。後翼の軍人ってのは政治屋みたいな連中だな」
剛会が、すっぱいものでも口にしたような顔で言う。
「さっきの今ですからね、私もそれは感じます」
准将も同調する。
『ともしい』は、乏しいと羨ましいの両方の意味を持つ。少ないことを希少と解釈することで価値を見出す、どこか表裏一体の妙を感じさせる言葉だ。しかしながら、舌先三寸の婉曲を好む賢しい者たちは、それを皮肉の道具として使うこともあった。
剛会の言は、軍人らしからぬ、まわりくどさを不快に思ってのものだ。
「我が国でも東と西に若干の差異はありますが、後翼のそれは深いのかも知れませんね。他山の石とすべきでしょう」
「それに、あのタマ子も『気合いが空回り』と言ってたしな」
「タマ子? 誰ですそれは?」
「たまたまの多い報告書の者です──。先日の六臣会で顔を合わせたおり、後翼軍の印象を問うていたのです。彼女は連中の策に乗って、感謝状を受け取りに行きましたからな」
剛会の言を、姜彧が説明する。
「ふむ──。かの者については不可解この上ないですが、おそらく直感的に正解に辿り着いているのでしょう。その上で『空回り』とは、まこと後翼軍の実像をあらわしているかも知れません。中佐の言うとおり、成果を求めて動く可能性は高そうですね」
准将の中でも一定の答えは出たようだ。
「そういえばタマ子、一人して生牡蠣食ってたな。あれも直感──、いや、野生の勘だな」
「フフッ──。私もタマ子が気になってきました」
剛会が冗談の音で言うので、准将も笑って応えた。
──ん? 剛会には解毒を伝えてなかったか・・
姜彧は誤解に気付いたが、さしたる話でもなかったし、二人が楽しげなので、あえて訂正することは控えた。
さはさりながら──。
国家としての判断に影響を及ぼしているタマ子こと、鮑謖の言葉が、ズレた認識から生まれた頓珍漢な感想だとは、誰も気付かぬままに話は進むのだった。
理由は十分だった。それに反対する理由も見つからなかった。だから毛埋も賛成票を投じたが、気分としては面白くなかった。
──軍がますます付け上がる。
実際に何か、軍の影響力や保有する権利が増えるわけではなかったが、軍人たちが我が物顔で闊歩する姿は想像でき、毛埋は不満だった。
今や爵位は形骸だ。
汐径国の制度改革が起きて百二十年。毛埋の祖父の代までは、それなりに権威があったと感じるが、現在もそれを保っているのは、ほんの一撮みだ。
侯爵の毛埋でそうなのだから、伯爵以下は言うまでもない。
だが一方で、絶滅寸前の男爵などは希少性からか、却って格が上がった感すらあって、議員に選出されて政治的な力は先祖を上回る不思議も起きていた。
軍人たちが力を見せるほど、この実力主義とも言える流れは加速し、自分たちの先祖が積み上げてきたものが河原の石と同じになる。
この確信が毛埋には恐ろしく、無自覚に彼が軍人を嫌うように仕向けていた。
そんなおり、毛埋は後翼国の人間と接触した。
羊毛製品の商いという体であったが、おそらく権力側の何者かだろうとの見当は付いた。
それなりの警戒を以て相対したが。
──存外、心地よい。
商賈との会話は、古典を引用しての諷喩が多く、毛埋は知的な感性を刺激された感じがして、思いのほか楽しかった。
──論調とは、こうでなくては面白くない。
軍人たちとのそれは言わずもがな。議会でのやり取りも、つまらない理責めの応酬で、毛埋としては無味乾燥の事務仕事に付き合わされてる感さえあった。
「今日のところはこれにて──」
毛埋は、商賈が帰りの挨拶を始めたとき、思わず「待て」と言いそうになるほど、名残惜しく思ってしまっていた。
「他に良いものがあれば、それも見せてもらいたいな」
言外に毛埋は、次の機会を求めた。
「はい。必ずや──」
商賈の慇懃な礼に、毛埋は満足した。




