第29話 六臣会(後半)
孚門の街の行政首長に続き、王族の挨拶があった。その後、この場に於いて最高臣階の一人である、公爵が乾杯の音頭を取った。それで六臣会の開会式は完了した。
式が始まる前からある程度並んでいたが、終わったタイミングで次々に料理が運ばれ、いよいよ食事会と相成った。
「さてと──。大尉、どうされますか?」
「うん。私としては魚介を狙いたい」
「なるほど──」
汐径の南部は全て海に面しているので、魚介類自体は珍しくない。むしろ特産品ですらある。
さりとて。鮑謖たちが普段いる北部では手に入りにくいのも事実。この機会だからこそ、それらの食材をと思うのは当然でもある。
また逆に、貴族や本営所属の軍人など、普段南部にいる者は、この機会にあえて魚介を求めたりしないであろう。という推測も成り立ち、混雑を避けられるとの見込みもあった。
が──。考える事は同じなのか、それなりに混み合っていた。
「飲むのはいいとしても、食べるのは落ち着きませんな・・」
「うん。まぁ、社交が目的だから、しょうがないけどね・・」
鮑謖は端から交流する気などなく、ご馳走だけ食べて過ごそうと考えていた。だが、いざ始まってみると、それも思ったより面倒臭く、別の意味でお腹いっぱいであった。
「鮑謖──」
食傷気味の二人の所へ熊任が来て。
「どうせ暇してるんでしょ。少佐に紹介するから来なよ」
そう言うので、鮑謖たちは誘われるままに付いていった。
挨拶もそこそこに。
「その歳で大尉になるとは恐れ入るよ。辛国が侵攻してきたのは知ってるが、その辺のいきさつを聞かせてくれないか?」
少佐から話を振られた鮑謖だが。
──最初のは、たまたまだし・・
──二回目は、そもそもいなかったし・・
何と説明していいかわからず、ましてや昇任の切っ掛けなど知るよしもなく、どう答えたものかと思案していると。
「昇進に関する話をしているのか──。それは興味深い。ウチの愚息のためにも、是非とも参考にさせてもらいたいな」
「こ、これは──、毛埋侯爵」
突然の横入りに少佐は慌てた。その横では、熊任が、侯爵の後ろに控える毛厳に対して射貫くような視線を送った。
──親父を使っての御礼参り。
その認識は、熊任だけでなく、成嬰や、話を聞いていた少佐も同じく持った。
鮑謖はというと、只でさえ頭を悩ませているのに、追加で偉そうな人が来てしまい、ますます困惑した。
「ときに──。大尉はどちらの所属なのかな?」
毛埋は問うた。
「恂門の北、砦の守備隊です」
「それはそれは──。大層な任務だ」
──!
毛埋の声は、言葉とは裏腹に、侮蔑の音を含んでいる。それは本人を含め、この場に相対したもの皆の解釈だっただろう。
ところが──。
「はい。想像以上に大変な仕事で、少し甘く見ていたと、反省しているところです」
鮑謖は、にこやかに言った。
──!?
周囲は緊張した。
それはそうだ。鮑謖の言は、我が事としながらも毛埋を蒙昧と断じ、剰え、自省を促すようなニュアンスさえあった。
「ほう──。例えば何が大変かな?」
毛埋は調子を変えずに聞く。
「後処理が大変ですね。先日、戦闘で重傷者が出たのですが、幸い魔法使いの治療で無事でした。ですが何人かは退役することになり、その関連と、補充に関する色々。あと私個人も別途、賊を討伐して、その関係の報告書とかです」
鮑謖は、しみじみと答えた。
鮑謖は毛埋の言を、言葉どおりに受け取っていた。なぜなら、まさしく彼女が感じていた事そのものであったからだ。
ゆる~く、のんびりを夢想して来てみれば、赴任早々に敵襲。なんか知らん匪賊が出たと思ったら、留守中にまた敵襲。
──なにこの最前線?
現在進行形で『こんなハズじゃなかった』と思ってるところへ、毛埋の言葉である。
鮑謖からしたら。
──ホント、その通り。
と、いう。共感者があらわれたかのような感慨があった。
無論。皆は彼女のズレた感覚など理解できるわけもなく、鮑謖は一体どうやって、この場を収めるつもりだろうと、固唾を呑んだ。
「まるで、戦闘や討伐が大した話ではないように聞こえるが」
「砦の戦闘は大変だと思います。私はいなかったんですけど、ウチの副隊長が四倍の敵を退けましたから。賊の方は大したことないですね。三十人ぐらいでしたし」
毛埋のやや叱責の音もどこ吹く風。
鮑謖は、成嬰を自慢するように身振り手振りで言って、自分のことは思い起こすようにして語った。
若干一名を除き、非常に気まずい雰囲気が生じていたが──。
「先日の戦いの話か? なら儂らも混ぜてもらいたいな」
と、また別の二人組があらわれた。
「剛会大佐、姜彧中佐、話の流れでそうなったまでです。私には縁遠い話ゆえ、ここいらで失礼させてもらいますよ」
それだけ言って、毛埋、毛厳の親子は余所へ行った。
「ふん──。いつまで軍権を持ってるつもりだ。世が世ならとでも考えているのか?」
剛会は毛埋の後ろ姿に毒を吐く。と思ったら今度は。
「お前らも、あんなのに良いようにさせるな」
少佐以下、一同に対して言う。
「おい。コイツか?」
「そうだ──」
剛会の確認に、姜彧が応じる。
「おい。この、たまたま女! 毎回毎回たまたま書きやがって、お前それ書いとけば通じるとか思ってんだろ。いい加減にせえよ」
剛会の言に鮑謖が戸惑っていると。
「報告書のことだ──。これからは、読む者のことを考え、常人でもわかるように記す努力をせよ。という事だ」
姜彧が剛会の言葉を補完する。
「は、はい──。以後、注意します」
鮑謖は軽く頭を下げた。
「ふん。まぁいい──。それよりも聞きたいことがあったんだ。後翼行って、直に軍を見てきた感想を聞かせろ」
剛会が言う。
これには、さしもの鮑謖も考えた。
──季酬の軍営は妙に緊張感があった。
──なのに、軍を装う賊が出てた。
──雁なんとか大佐の軍も、賊を捕まえたあとは戸惑ってた。
これらを踏まえ鮑謖は。
「気合いが空回りしてると感じました」
と、答えた。
これに剛会、姜彧の二人は数回頷くと。
「うむ。よくわかった。邪魔したな──」
言って剛会は立ち去り。
「あちらに生牡蠣が出ていたが、皆、当たるのを恐れてかなり残っていた。ここだけの話、あれは魔法で解毒してあるゆえ、食っても腹を壊すことはない。嫌いでなければ食してみるといい」
姜彧はマル秘情報を教えて、剛会の後を追った。
「ハァ──」
少佐は大きく溜息をついた。
「なんか急に大物が出てきて疲れたよ──。なんだ、もしかして大尉は、大佐たちと知り合いなのかい?」
「いえ。大佐は知りません。ですが中佐は、何回か会った事がありますし、学校時代に食事をご馳走になったこともあります」
鮑謖は泰然と答えた。
「はぁ!? そんな話、初めて聞いたけど」
熊任も驚く。
「いや──。当時は中佐って知らなかったから。あの『地方勤務はいいぞおじさん』とかと同じようなもんだと思ってた」
鮑謖の言に、一同は唖然とした。同時に。
──只者じゃない。
鮑謖の鷹揚さは、さることながら、学徒の頃から中佐に目を掛けられていた事実に、大いに関心を寄せたのだった。
さりはさりとて──。
鮑謖の頭は今、完全にオイスターモードになっており、周りの情動など気にも留めていなかった。




