第28話 六臣会(前半)
案内の係は戸惑った。
馬車が止まり、後ろに掴まっていた者がストッと降りて、馬車の扉の所まで行った。その女は将校服を着ていたから、車内の人物は更に格上、佐官であっても不思議でないと思えた。
ところが、中から出てきたのは下士官の軍服を来た者で、降りた後は将校服の女に従う格好で、係の所までやってきた。
──どういうことだ?
わけがわからぬまま応対することになったが、階級章を見るに、女は大尉、下士官の男は曹長であった。
曹長が渡してきた案内状を確認する。
「えー。恂門、守備隊所属の鮑謖大尉ですね。はい──、確かに、同伴者はお一人ですね」
女は黙って頷いた。
「はい。では、ご案内いたします。どうぞ、こちらに──」
係は二人を先導する。
──なんで、六臣の方が立ち乗りなんだよ・・
係は首を傾げたい衝動を抑えながら案内した。
汐径国は九臣階という制度を取っている。
これは旧来の貴族制度から移行した際に、それまであった爵位と、新しい軍制での階級とのすり合わせで生まれたものだ。
具体的には一臣位から九臣位まであり、軍人の場合、将軍は一臣位、准将は二臣位となり、順に下がっていき、九臣位は曹長になる。
また、貴族階級からだと、公爵は二臣位、侯爵は四臣位、伯爵は六臣位、子爵は八臣位、男爵は九臣位となる。
軍事的な力は中央集権化されたが、政治的には幾らか貴族にも力がある。それが現在の汐径国の社会構造であった。
話を件の二人組に戻すと──。
鮑謖は大尉に昇任した。それにより、臣階は六臣位となり、これは伯爵に相当する。
昔から高位の貴族達は何かに付け催し物をやっており、その一つが、現在では六臣会という形で残っている。文字通り六臣以上の集まりで、宴会の一種だ。
軍人は数が多く、選抜となるが、鮑謖は軍才の魔女として名が売れてしまったため、この六臣会に招待された。また、従者も臣階を持つ者に限られたため、成嬰が同伴となった。
ちなみに、今回の会場は孚門にある離宮だ。
会は立食形式とのことだったが、係が言うには、料理が出てくるのは開会の挨拶が終わってからで、それまでは飲み物のみらしい。
他の参加者たちは、知り合いどうしか、誰かの紹介か、個個に歓談を楽しんでる風だった。
鮑謖は、恂門管轄では彼女一人しか来ておらず、特にこれといったコネもないので、大人しくジュースでも飲んで時間を潰すつもりだった。
王道の柑橘系か、独特の酸味のベリー系か、食前を考慮すると甘みの強いものは避けたいから、野菜系もアリか──。なとど鮑謖が考えていると。
「よっ、出世頭」
と、声を掛けられた。
「あら。顔見知りがいるとは思わなかった」
「フフッ──。アタシは、絶対アンタがいると思ったけどね。新任の六臣だし。それで少佐の従者争いを制して来たわけよ」
「それでって。単に来たいのが最初にあって、私のことは後付けでしょ」
「まっそうだけど。細かい事はいいじゃない──。それより、アタシのことをちゃんと紹介しなさいな」
鮑謖は言われて気付き。
「えーと。彼女は熊任、武官学校の同級。で、こちらはウチの副隊長の成嬰曹長」
互いを紹介した。
「成嬰曹長です。よろしくお願いします」
短く簡素、音の響きもまさしくで、軍人の手本の返しだった。成嬰本人にその意識はないだろうが、それはまこと静かに、叩き上げた実力と凄みを体現しており。
「熊任少尉だ。こちらこそよろしく」
熊任も、無意識に若干の緊張を以て応じていた。
一方鮑謖は、斯様な情緒など知りもせず、役目を終えた感で。
「ベリーのを」
係からジュースを受け取っていた。一口飲んで。
──ほうほう。こっち系か。
こっちがどっちか知らんが、物珍しさを優先したチョイスに、鮑謖はわれながら満足した。
その様に、熊任もあきれた顔で。
「アンタは相変わらずだね。彼女、食い物のことばっかりでしょ?」
と、言い。問われた形の成嬰は返答に困り、鮑謖を見た。彼女はジュースを飲みながら、うんうんと頷き、発言を許可する。
「拘りの強さは感じます。先日も、猟師から直接イノシシを仕入れていましたから──」
成嬰は言葉を選んで答えた。
「なにそれ? 守備隊の隊長ってそんなことできんの?」
「できる──。糧食の独自調達権がある。まぁ、そっちの予算は使ってないけどね。臨時収入があったから、私の大尉と、曹長、あと戦闘勝利を祝って奮発した」
熊任の疑問に、鮑謖は当然だと言わんばかりの顔で返した。
「はぁ──。地方の砦って聞いたから、ちょっと心配したけど・・ 思いのほか充実してるようで、なによりだわ」
呆れと感嘆とあわせたような音で、熊任は言った。
と、そこへ。
「熊任、お前も人の心配できるほど立派でもないだろ?」
割り込んでくる者。
その声に、振り向きつつも、顔を歪める熊任。
「これはこれは──、侯爵子息様。アタクシメにお声がけ下さり、まことに恐悦です」
「相変わらず、むかつく奴だな」
わかり易く慇懃無礼な熊任に、相手も睨んで返す。
「そっちも人の話に聞き耳立てるぐらい、相変わらず暇なようで」
「お前が、場をわきまえずデカい声を出してるからだろ。少しは周りに気を使ったらどうだ」
「こっちは級友との再会を堪能してるの。アンタも気を使って引っ込めよ」
熊任たちは言い合う。
にわかに起こった険悪な空気──。
いくら鮑謖の頭の中がポリフェノールで満たされているとしても、眼前で喧嘩が始まろうとしてる事ぐらいは認識できる。
「まぁまぁ──」
鮑謖は一応、止めた。
止めたが、それはあくまで一応で、あとで「私は止めましたよ」と言い訳が立つ程度の熱量であった。その辺りを見透かされたのだろう。
「関わりたくないなら、どっか行ってろ」
男に言われてしまうが、これに熊任は、ずいっと前に出て。
「毛厳。アンタ言葉に気を付けなさい。こちらは六臣位、大尉殿よ。いくら級友相手でも配慮は必要でしょ。侯爵の息子だからって、アンタ自身は少尉。失敬な話ね」
ここぞとばかり、毛厳の失儀を責めた。
「た、大尉!?」
毛厳はここまでの調子を大きく崩し、慌てた。鮑謖の現状を知らなかったようだ。
「し、失礼しました──」
「うん。大丈夫」
頭を下げる毛厳に、変わらず返す鮑謖。
それで気まずくなったのだろう。毛厳は一度熊任を見ると、サッと踵を返して立ち去った。
「すみません少尉。俺の役目だったのに・・」
成嬰が熊任に言うが。
「いや。アタシが利用しただけだから」
そう返して。
「なんか、ごめんね。そろそろ少佐んとこ戻るわ」
熊任も、そそくさとこの場を去り、なにやら変な空気だけが残った。
さはさりながら、鮑謖は相変わらない。
「曹長は飲まないの? 美味しいよ」
二杯目のベリーに手を出し、部下にも勧める。
「あー、では。野菜のを──」
成嬰としては酒でも飲みたい気分だったが、鮑謖にあわせることにした。
(後半へつづく──)




