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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第110話 攻一転(後半)

──日が出た。

 徐厥(ジョケツ)が思った直後、敵が進軍を始めた。

「なるほど──、敵も()る者ですね。私が向こうでも、このタイミングで仕掛けます。今一時(いっとき)なら、高台側が不利でしょう」

 下からの朝日が当たることで兵の視界は悪くなる。それで敵を視認できない程にはならないが、目を細めながら相手をするのは面倒な話であった。

──ましてや連合は二の足を踏む状態・・

 冷静に相手の力量を評価した感の徐厥だったが、言葉以上に危機感を覚えていた。


「伝令。各軍は弓を射掛けたのち、適宜(てきぎ)、敵を迎え撃て」

 (レン)国の将軍から指示が来る。

──セオリー通りではある。

 意図としては、出来得る限り数を減らしてからぶつかる、というものだろう。


 しかしながら此度(こたび)、連合軍は上を取っている。本来なら一気に駆け下り、その勢いごと敵を粉砕するような戦いをすべきである。細かな利点もあるだろうが、煎じ詰めると高低差を利用しての攻勢が、ここに布陣した根幹のはずだ。

──それだけ、兵の腰が引けているか・・

 彼女が汐径兵を洞察するように、総大将である将軍も、味方の士気に不全を見ている。徐厥は逆説的に、連合全軍の状態を把握した。


 さはさりながら、十分でないことを(なげ)いていても仕方がない。もう既に敵は迫ってきているのだ。足りぬなら足りぬなりに戦うまでである。

「各隊は弓を──」

 徐厥が命じようとしたとき──。


 ワァ──ッ!


 喊声(かんせい)と共に敵に駆け下りていく一軍がいる。

「あれは!?」

 問うたわけではなかったが、側近が声を拾い。

「鮑謖少佐の百軍です」

 と、答えた。





──まっぶしいな~。

 鮑謖は思った。日の出の光が高台を直撃した形だった。

──戦でもなかったら、ゆっくりと自然の雄大さを楽しめたのに・・

 日は昇っても沈んでも絵になる。八面玲瓏(はちめんれいろう)とまでは言わないが、表裏共に美しさがあると鮑謖は考えていた。

 と、ジオグラフィックに(ひた)っていてもしょうがない。敵は動き出してしまった。


「うん。じゃあアレに向かって行こうか」

 鮑謖は敵の中枢と(おぼ)しき一団を指して言う。

「私が突破口を開くから、あとは二人で連携して上手くやって──」

 中隊長と、副官となった杜察(トサツ)に、極めてざっくりとした指示をすると、杖を高々と(かか)げ。

「私に続けっ!」

 言うや否や、脱兎の勢いで鮑謖は駆け下りた。


 無論、この時点で突撃の命令など出ていないのだが、そこは鮑謖である。独立して動いてこその特別遊撃隊だとして、(さか)しく己が行動を正当化する腹積もりである。

 (もっと)も、自分の麾下(きか)になれば特別遊撃隊という解釈は強引な気もするが・・


 ともあれ、鮑謖は先陣を切って敵に詰め寄る。

──よし。見やすくなった。

 高台を下りたことで陽光の角度が変わり、まぶしさが緩和された。

 

 ワァ──ッ!


 後ろから百軍が続いている。彼らの喊声を背に受けながら鮑謖は団匪(だんぴ)の草原に躍り込んだ。





「私は右側五十、お前は左五十だ」

「了解っ!」

 中隊長の声に、杜察が応じる。

 五十の指揮は勿論、他の将校を差し置いてや、連携とは何ぞやという問題など色々あるが、もうそんなことを考えている時間はない。

 鮑謖少佐が「やって」と言って、駆け出してしまった以上、やるしかないのだ。


──もう何なんすかっ!

 杜察としては正直、泣き出したいぐらいの心境だったが、そんな暇もなかった。


 遙か先頭を駆ける鮑謖が敵と接触した。次の瞬間、敵がバタバタと崩れ出す。

 それはあたかも大鎌を用いて草を刈るように、鮑謖が右に左に杖を振ると、敵がまとめて押し倒されるようになる。

──相変わらず、めちゃくちゃっす。

 杜察は辛国と梟国で鮑謖の戦い振りを目にしていたが、斯様(かよう)な破天荒を見慣れる()くもない。

 とはいえ。

──流石、突破口をこじ開けたっす。

 有言実行を為す力量は感嘆(かんたん)を禁じ得ない。

 と、ここで中隊長が率いた半分の五十が動いた。杜察としても上手く連携したかったが、彼にそこまでの指揮能力はない。

──似たようにやるしかないっす。

 代案として、杜察は中隊長の動きを模倣し、残りの五十を動かした。


 これが功を奏した。


 中隊長が攻め、遅れて杜察が攻める。この時間差が偶然にも絶妙な間合いとなり、効果抜群の波状攻撃となった。

 結果、鮑謖隊の攻撃は、団匪に対して(くさび)を打ったように陣形を崩した。





「攻めとは斯くあるべきです」

 徐厥は言った。彼女は続けて──。

「少佐は己で勝機を生み出しました。私たちは、これを大いに利用します」

 徐厥は槍を掲げると。

「全軍、軍神に続け!!」

 言って、自らも馬腹を蹴って駆け出した。

 それで汐径軍は雪崩の如く団匪に攻め掛かる。


 先程まであった(すく)んだ気配は、鮑謖と彼女の麾下が敵を穿(うが)った時点で霧散していた。むしろ、あまりに鮮やかに敵を断ち割ったものだから。


──敵は大軍でも(もろ)い。

──押せば折れる。

──存外弱い。


 (おび)えの感情がひっくり返り、(かえ)って彼らの心胆を太くした。

 その上で団匪の塊とぶつかってみると。


──思った通り、粘りがない!


 抵抗はあるものの、敵は一度崩れると立て直せない。そこにつけ込み更に敵を崩す。結果に裏打ちされたことで、汐径兵は()して強気になった。





──矢を射るのではなかったか!?


 河晏(カアン)の准将や八角(ハッカク)の将軍は、汐径軍の突撃に軽く混乱した。

 さりはさりとて、彼らも、この事態に総大将にお伺いを立てるような間抜けではない。何がどうしたかは後にして、現状を分析するに・・


「賊は汐径の攻撃に対応できていない」


 そのように判断。

 彼らは、この機を逃さず。また、汐径軍ひとりに活躍させてなるものかとも思い。同じく突撃を(もっ)て敵に当たった。




 こうなっては総大将がいる漣軍も弓に(こだわ)ってはいられない。


 将軍は攻め時が来たという認識と、それを生み出したのは汐径軍で彼らに出し抜かれたという思い、その狭間で名状しがたい葛藤を持ったが、全て飲み込んで言った。

「敵には混乱が見られる。これより突撃し団匪どもを粉砕する。我らは連合の盟主、他国に後れを取るな!!」

 これにより、高台に布陣していた連合軍は、眼下の敵に向かって駆け下りることとなった。





 百ほどの部隊が動くのが見えた。

──恐怖心で壊れたか?

 山單(サンタン)はそう見た。



 恐れのあまり敵に向かって行く。兵個人ではあまりないが、指揮者の立場になると、この逆説は屡屡(しばしば)生じる。

 戦いに()いて受け身の姿勢はそれだけでストレスであり、そこから逃れたい心理や、先手必勝のような希望的観測、それらが複雑に相俟(あいま)って攻撃を選択させるのだ。



「おおかた才気ばった若い将校だろう。これまでの成功体験がある分、タチの悪い結果となったな・・」

 山單は斯様に評した。


 ところが、(わず)か百の部隊に味方は大きく崩された。

「何をやってる!」

 呆れの音を含ませる山單だったが、続く汐径軍の突撃に驚きを禁じ得ない。そして、その後には八角、河晏、そして西漣(セイレン)もが突撃を始めた。

──馬鹿なっ・・

 ついさっきまで怯えるようにしていた軍勢が、一転強気の気配で迫ってくる。


「いや──。敵も昨日の疲れがある。いつまでも攻勢を続けることはできん。守りを固めて息切れを待て!」

 山單は言うが、前線は次々に崩れていく。

──受け手に回ると、こうも骨がないか・・

 攻めているときの義勇軍は、捕食者としての狂気に満ちて苛烈だが、今の彼らは酷く惰弱(だじゃく)に見えてしまう。


──このままでは崩壊する。

 山單が思ったとき、すぐ近くまで敵の気配が迫っていた。

「こんな所までっ!」

 言った彼の視線の先。血にまみれた者──。


 目が合ったと認識するや否や、山單は馬首を返して逃げを選択した。

──あれは熊か虎か、そういう(たぐ)いだ。

 まともに相手をしてはいけないと、山單の生存本能が告げていた。


 必然、山單の周りの酉軍の兵も彼に続く。これは、危険な存在から一時的に距離を取るという、戦略的退避行動であった。

 あったが──。

「中佐! 敵が此方(こちら)を追っています」

 言われて振り返ると、あの血まみれが(こん)だか杖だかを振り回しながら追走している。そしてその後ろからは百軍が味方を蹴散らしている。

「しつこい・・」

 山單は馬を疾駆させ、完全に敵を振り切りに行った。



 これが良くなかった──。

 義勇軍の兵は、逃げ駆ける山單と取り巻きを見て。


──指揮官が逃げ出した!?


 と、誤解した。そして・・


──自分も逃げよう。


 そう考えた。

 これは瞬く間に伝播(でんぱ)し、義勇軍という名の団匪は足の向きを変えた。

 一度流れができてしまうと、山單を始めとする指揮者たちには為す(すべ)がなく、彼らは追認する形で軍勢は撤退を選択した。



 朝方の大軍同士の激突は、唐突に始まり、あっという間に終わった。

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