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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第109話 攻一転(前半)

 眼下には一万の団匪(だんぴ)がいる。

 輜重(しちょう)隊を狙った千が除かれているから、実質九千とはいえ、これまでに見たこともない大軍に、連合軍の兵たちは緊張の色を(あつ)くした。

 それは列国の指揮官たちも同じで。


──高台を取ったのは、果たして正解だったのか・・


 敵の姿が視認できることで、(かえ)って恐れが増したのではないか?

 己が緊張の理由付けとして、斯様(かよう)な仮説を立てた。


 大概の国では中央軍の兵は多くても四千ほど、閲兵(えっぺい)式のようなものがあっても、その規模であるから、九千の軍から受ける印象は相当なものだ。

 (もっと)も、連合軍も額面八千であるから、互角の勢力と言えるのだが・・


──敵として対峙すると、また違うな。

 圧力は、一万の中央軍を持つ(レン)国の将軍であっても、ひしひしと感じるほどだった。

 彼ら連合軍のほとんどの者は思った・・


──厳しい戦いになりそうだ。





──ん? これ楽勝じゃない?

 鮑謖は思った。

「これは勝ったね」

 彼女は誰にともなしに言った。

「うん。これなら私にもわかる・・」

──だって、敵の動きが丸見えだもん。



 およそ個人であれ軍であれ、横や背中から攻撃されれば対応に苦慮する。だからこそ、相手の側面を取ろうと、背後に回り込もうと(たく)みに兵を動かすことが重要になってくる。

 同時に、横や後ろを取られまいとするのも、また重要である。


 詰まるところ用兵とは、相手の虚を()き、如何(いか)に有利な状態に持って行くかに尽きる。



 鮑謖は、これがわからない・・

 無論、彼女とて武官学校に行っていた者だ。知識としては知っている。さりとて、実際の機微となると話は別である。

 鮑謖は自分に向かってくる気配を感じ取ることはできても、その周りがどうなってるか、味方がどうしてるか、随時それらを俯瞰(ふかん)的に理解し判断する能力はあまりない。

 よって実際の指揮は基本丸投げ。自身は突撃するぐらいでしか攻め筋を作れない。


 これを踏まえて現状を考えると──。

 高台に陣取っていることで、敵の動きは容易に把握できる。相手が回り込もうとしても、一目瞭然でしかないのだ。敵が上手いこと兵を動かし、こちらの意識を分散させても、見えてるのだから気付くなという方が無理である。

 同じく、相手の注意が不足している箇所も自然と見えてしまう。


 これは鮑謖をして。

「簡単だな──」

 そう言わしめるほど、守るにしても、攻めるにしても、とっても有利な状態だった。



 鮑謖は普段あまり積極的ではない。仕方ない。仕様が無い。諦めが最初に来てから行動に移るタイプで、受動的とも言える。しかし高台のアドバンテージに。

「たぶん、あの辺が司令塔だよね。あれを叩けば崩れるでしょ」

 指を指しながら能動的な言葉を発した。





「これは勝った・・ 私にもわかる・・ 簡単だ・・」

 鮑謖のつぶやきに、周囲は、はっとした。


──たしかに、自分にもわかる・・


 敵の配置は明らかであり、ここから相手がどう動こうと、それは手に取るようにわかる。そして同時に理解した。


──自分は大軍に()まれていた。


 敵味方の位置取りは自軍が圧倒的に有利。にもかかわらず、相手の数に(ひる)み、戦いの行方に不安を感じていた。今、鮑謖の言葉で、それらの呪縛が融解した。


──少佐は、皆を(さと)そうとしている。


 恐れるな、気合いを入れろ、そのように言うのは容易いだろう。実際、指揮者の立場なら、それが早くて簡単だ。

 だが鮑謖はあえて「私にも」とし、言外に「みんなにもわかる」と、兵たちに考えさせた。そして兵、一人一人が己が結論として現状の有利を理解した。これは兵を教え、導こうとする姿勢に他ならない。


──これが、遊撃隊の強さの秘密か!


 鮑謖が希世(きせい)の傑人であるのは当然として、彼女が直接率いる遊撃隊が挙げてきた戦果もまた、(たぐ)(まれ)なるものだった。彼らは、元は地方の守備隊に過ぎないのに、どうしてそこまでの活躍が出来るのかと、鮑謖の存在があっても、本営の兵としては(いぶか)しむところでもあったのだ。

 しかるに今、軍神の薫陶(くんとう)を受け、自身の内側より湧き起こる兵として、軍人としての気構えを知ったことで、日頃からそれを享受(きょうじゅ)しているであろう遊撃隊の成長を類推した。


──負けていられない!


 ただ漠然とした憧れではなく、身を(もっ)て体験した(ゆえ)での羨望と嫉妬、そして尊敬。

 鮑謖麾下(きか)となった百軍の兵は、ここにおらぬ遊撃隊の存在に触発され、自分もそれに並び立とうと、本営の兵としての誇りと気概を持った。


 それは、大軍に(すく)んだ連合軍に()いて、異質なほどの色を放っていた。





──これはひょっとすると、ひょっともするかも知れん。

 山單(サンタン)は対峙する敵を見て、僥倖(ぎょうこう)との認識を持った。

「見てみよ。敵は震えているぞ!」

 これは虚勢でもハッタリでもない。真実、連合軍には(おび)えが見える。

──朝を選んで正解だった。

 夜戦など素人に出来るものではない、との見立てから早朝の戦いを推した。その判断に誤りがあるとは思っていないが、この時間の対峙は、山單の予測を超えた効果をもたらした。

──見えすぎるのも考え物かもな。



 敵は見下ろした結果、おそらく面積という概念で此方(こちら)の数を認識したはずだ。早い話、その迫力に圧倒されたのだろう。

 片や(ユウ)国義勇軍は見上げる形だ。兵力で考えれば、こちらも未知なる大軍を相手にするに同じ。しかし密集して見える分、かつて対峙した三千の八角(ハッカク)軍、その延長線上にある圧力といった印象だった。



──この機を逃す手はない。

 山單が思ったとき。

──!

 旭光が高台を照らした。

「ハハッ──。天も味方をしているぞ!」

 山單は()く決断した。

「全軍前進!!」

 この大喝で、九千軍は一斉に動きだした。





(後半へ続く──)

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