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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第107話 シフトチェンジ

 戦況を監視させていた早馬が戻った──。


「千軍は輜重(しちょう)隊の思わぬ抵抗に()い、混乱状態に(おちい)ったようでした。そこに汐径軍の騎馬隊が駆け付け、続けて歩兵による包囲となり、ほぼ全滅したと思われます」

 (くだん)の兵は報告する。

 敵味方共に気付かれぬ距離からであるゆえ詳細はわからぬし、推測に()るところも多いが、重要なのは、兵糧を奪い行った兵力千の軍が返り討ちにあったという事だ。

「わかった──。ご苦労だった」

 山單(サンタン)は静かに言葉を掛けた。




「くそっ──」

 兵の前では毅然(きぜん)として見せるが、山單の胸中は動揺と当惑に満ちていた。


 足りぬ糧食を補うため輜重を奪うことを計画し、その思惑通り事は進んでいた。

 敵の本隊は、こちらが高台を取ることを良しとせず移動を強行し、輜重隊との分離は成っていた。あとは護衛を蹴散らし、輜重を奪えば済む話──。

 にもかかわらず、作戦は失敗した。


 奇襲の軍を率いた義勇軍の幹部の男。高圧的な振る舞いで、どこか実力はありそうな雰囲気を出していたが、何のことはない、ただ数を笠に着て威張っていただけだったという事だ。


「フンッ。凄んでいても所詮素人か。輜重隊如きに後れを取るとは・・」

 山單は己が不安を(まぎ)らわすため、あえて(さげす)みの音を発した。

 それで事態が好転するわけではないが、自分の所為(せい)ではないと割り切ってしまえば、心には幾許(いくばく)かゆとりが生まれる。

 それは建設的な思考をする上で必要な過程でもあった。



「ひとまずは伏せるしかない・・」

 兵糧が手に入らないことは勿論だが、自らが提案した作戦が失敗し、千軍を失った状況は、山單の立場を(いちじる)しく悪くするだろう。そうなると、彼と彼の部下が活命でいられるかも怪しくなってくる。

 (もっと)も、味方が戻ってこない以上、いつかは知られてしまう。

「こうなっては──、攻めるしかない。そして説得するしかない・・」


 連合軍は有利な地形を確保するため移動に無理をした。その疲労は確実にある。それが兵の動きにどう影響するか、敵味方の有利不利、その正負の判断は極めて難しい。

 難しいが、もうそれを考え、迷っている暇はない。

「敵は疲弊している。押し込めば崩れる!」

──そのように言い切るのみ。


 山單は覚悟を決めた。





 ようやっと本隊に合流し、遅めの夕餉(ゆうげ)を取ろういうとき──。鮑謖は連合軍の軍議に呼び出された。

 彼女としては、何とか上手いこと回避したいところであったが。

──う~ん。流石に無理っぽい・・

 輜重隊を狙った戦闘があったばかりであり、それに先陣を切って参加した形であるから、事情を説明しないわけにもいかなかった。




「──と、大尉から申し出があり、また私も、大尉の指揮能力に問題があると感じたため、特別遊撃隊の権限を行使し、彼らを指揮下に置きました」

 自らが輜重隊の兵を動かした経緯について鮑謖は語った。


 権限としたが、厳密には、そのようなものは無い。鮑謖は准将直下であるから、あとから徐厥(ジョケツ)が追認すれば成立するという話である。


「それ以前に、(レン)河晏(カアン)の隊に比べ遅れていたのは何故か?」

 八角(ハッカク)国の将軍が問うた。

「えー。たまたま遅れていただけです。汐径の輜重は多いので、そのせいもあるかと・・」

 鮑謖は万能言辞(げんじ)「たまたま」を使い、それっぽい理由も付加した。これに何人かは視線を交錯させたようだが、鮑謖は泰然(たいぜん)としていた。


──こーゆーのは堂々としてればいいの。


 鮑謖の言葉は方便である。(ゆえ)に、(いぶか)しむ者もいるだろう。さりとて、鮑謖はこの分野に関して一日の長がある。数々の報告を「たまたま」で乗り切ってきた熟練だ。その経験則から(さか)しく出された結論が、不動の姿勢であった。


「それで──、激しい戦闘だったようだが・・ 少佐自身は、何ともないのかね?」

 血で汚れた鮑謖を見てか、一人が聞いた。

「はい。全く問題ありません」

 鮑謖の返答に。

「それはなによりです──。ところで鮑謖少佐、貴方は先日、自分自身で輜重隊の護衛を続けると言いました。それは今も変わりませんか?」

 徐厥准将が問うてきた。


 ここで鮑謖は考えた。


──輜重隊も普通に狙われるな・・

──奪いに来るヤツはともかく、火を付けるのだと困る・・

──何かあったら、また、あの大尉が責任を押しつけてきそう・・

──賊も多いだけで弱かった。

──これなら前線の方が気が楽かも知れない。


 うん。うん。と独り頷いた鮑謖は。

「いえ──、護衛の任は十分果たしたと思います。これよりは戦闘部隊への配置を希望いたします」

 軍人の音で、小気味良く言った。

 この言葉に徐厥は何か思うようにすると。

「わかりました──。考慮しましょう」

 そう応じた。





 高台を陣取った漣軍の将軍は、遅れている汐径を除く各軍の主立った者を集めた。

 それは今後について話し合うという(てい)で、汐径軍の遅延を責めるための土台作りの場にする腹積もりだった。

 特に漣軍側から何か言わずとも──。


「汐径は遅れているのか?」

「高台を取る趣旨をわかっていないのか?」

「我らが占拠すれば、自分たちは遅れても構わんと考えているのでは?」


 汐径軍に対する不審、疑念、それらに類する声は自然と上がった。

──これなら、汐径の威信も損なわれよう。

 漣の将軍は内心ほくそ笑んだ。彼が想定した通りの展開になっている。その気分の良さが思考を回し。

「まぁ、なにか事情があったか、異国での不慣れもあろう」

 鷹揚(おうよう)な態度を見せ、漣国の度量というもの表現した。

──汐径が下がったぶん、漣は逆に上がるわけだ。

 将軍は己が機転に酔った。


 全ては思惑通り──。そんな流れに見えていた。



 しかし早馬が駆け付け、報告した。

「漣と河晏の輜重隊が襲撃を受けました──」

 この第一声に、一同は青ざめた。


──高台は餌だったか!?


 兵糧に関する事は勿論だが、自分たちが敵の術中に()まったのではないかという恐怖が、彼らの心胆を寒からしめた。

 しかるに。

「──が、汐径の輜重隊が動き、これを妨害。敵が混乱している間に汐径軍本隊も駆け付け、彼らが中心となって包囲殲滅。逃亡した者は僅かの模様です」

 と、事の顛末(てんまつ)を聞き、寒心(かんしん)を払った。



 汐径軍が合流し、徐厥准将が軍議に参加した。

 彼女に対して、皆が賞賛を向ける形になったが──。

「私たち汐径には、先読みを得意とする者がおります。私は、その者の動きを見ながら、適宜(てきぎ)、軍を動かしただけです」

 こう(こた)え。

「それは噂に聞く、軍神と呼ばれる魔女ですか?」

如何(いか)にも──」

 河晏の者の問いかけに、頷くように答えた。



 是非に件の魔女の話を聞きたい、という意見が出て──。かなり時間が経ってから、到着した汐径軍、鮑謖少佐を呼び出すこととなった。


 それに先だって。

「彼女は、二言目には『たまたま』を繰り返します。偶然という建て前で、味方を出し抜く女です。よく知る者に言わせれば『奇人の脳みそ』との評。訝しむ点があるかと思いますが、その辺りはご容赦下さい・・」

 徐厥准将は軍議の面面に、あらかじめそう言った。



 鮑謖少佐が血に汚れた姿であらわれ、経緯について語った。そして、徐厥の言う『たまたま』が出た。

 既に輜重隊の様子は、同隊の軍監からの報告があがっており、それによると。


『鮑謖少佐は敵の襲撃を予見し、あえて行軍を遅くし、戦闘の英気を高めた模様』


 との事だったから、彼女の言葉は虚言であるのは明白だった。

 手柄を誇張するならまだしも、無いものとして話を進める嘘は理解に苦しむが、同時に()も言われぬ不気味さを感じさせた。

 戦闘に()いても同じで、報告をまとめると、鮑謖一人で百名ほどの敵を(ほふ)ったと考えられ、それは彼女の血汚れからも戦慄(せんりつ)という印象を与えた。



 鮑謖が去ったあと──。

「おそらく敵は明日にでも決戦を仕掛けてくる。鮑謖少佐は、そう考えているでしょう」

 徐厥が言った。


 ここまでで、汐径の存在感は減衰するどころか、()して増している。

 漣の将軍としては、叱責で吊し上げるはずが、賞賛で持ち上げる展開となり、心中穏やかではいられなかった。

 だがしかし──。

──なら便乗するか。

 将軍は頭を切り替え。

「軍神かくやの見立てなら是非を問うまい。明日、払暁(ふつぎょう)には動けるよう、おのおの準備しようではないか」

 そのように言った。


 敵の位置から、一旦対峙する方向に行くのではと将軍は読んでいた。だから、すぐに決戦が起こらぬ公算は高く、汐径の見立て違いになると踏んだ。そうなれば、一度上がった威信は戻るどころか、勢いを付けて下降するに違いない。

 また、決戦が起きたとしても、全面的に支持したとして漣国の威は(たも)てると見た。



 八角の地にて思惑、決心、打算、入り混じった戦機が訪れようとしていた──。

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