第106話 恂門の戦い(後半)
後翼軍が大きく崩れ、そこに空かさず味方が食らい付いた。
このまま圧殺の展開になると思われたが、敵は上手く横槍を入れたと思ったら、そのまま味方の一部を分断した。
そこに襲いかかろうと疾駆する騎馬の集団が見えた。
──まずい!
熊任の見るところ、切り取られた三百ほどの味方は司令塔の一つで、体勢が整わぬ今、騎馬の突撃を受ければ崩壊を免れない。そうなれば各個撃破という形で三百の兵を失い、剰え、指揮系統にも混乱が生じることになるだろう。
「させるかぁ!」
敵騎馬の数は五十もいない。熊任は、自身の中隊で対処出来ると判断した。
「二小隊で仕掛ける。一隊は側面を取りに行き、トドメを刺せ!」
熊任は指示を出す。
自分を含む二隊で正面から敵と搗ち合い、勢いを殺したところに、横を取ったもう一隊で痛撃を与える算段だ。
熊任たち騎兵二小隊は敵騎馬と正対し、加速した。そのとき──。
〈索冥の法、皓剛力〉
敵騎馬は白く淡い光に包まれた。
「これは──、身体強化か・・」
言いながら熊任は己が判断を誤ったことを悟った。
三百の味方を守るだけなら、いくらでも妨害の仕様があったはずだ。しかし熊任は敵が少ないと見て、妨げるだけでは飽き足らず、討ち取りに行ってしまった。
魔法で強化されたなら、敵は超精鋭の五十と化している。これと遣り合うには中隊全てで挑むべきだった。
「手強いぞ! 集中しろ!!」
熊任は部下に声を張る。
「ハァァァア!!」
そして気合いのままに敵とぶつかった。
敵の鋭い突き出しが来る。
「くッ・・」
熊任はそれを何とか往なすが、反撃には繋げられない。続けてもう一騎、また一騎と相手をすることになるが、どんどん押し込まれる格好になり、仕舞いには槍を落とすはめになった。
以降は相手の攻撃を剣で凌ぐのがやっとであった。
劣勢なのは熊任ばかりでなく、二小隊の兵は討たれるか負傷するか、全くの無傷は数えるほどという状況に陥った。
「くそったれ!」
──これでは返り討ちだ。
熊任は悔恨で奥歯が砕けそうなほどに食い縛った。
敵の速度は落ちず、側面を取りに行った一隊もタイミングがあわない。
──ならば味方の逃げ道を・・
熊任は思考を切り替えた。
味方が崩されて尚、生き残るための方策を考える。夜通し戦って、漸く勝ちの流れになったのだ。
──こんな形で失ってたまるか!
素早く馬首を返し、味方の救援に向かおうとする熊任の目に、日の光が入った。
──!
思わず目を細めた熊任だが、それにより陽光に埋もれる影を捉えた。
「あれは!?」
──まさか、そんな事ってある?
彼女は、影の先頭に見覚えがあった──。
「中隊は纏まれ! 今度こそ側面を突く!」
勝機を認識し、熊任は気合いを再燃させた。
──勘のいい者だ。
雁去病は正面から向かってくる敵騎兵の指揮官に、そう思った。
──だが、そう上手くはゆかん。
「臧超!」
「おうっ」
〈索冥の法、皓剛力〉
馬を疾駆させながらの魔法は、臧超が確かに、並の者でない証左であった。
──ズルをしてる気になるな。
身体強化で力が漲るのを感じながら、ふと雁去病は思った。
「あまり拘るな。本命は孤立した三百の方だ!」
部下に向かって言う。
──十中八九、首将級がいる。
雁去病は敵の動きから幾つか当たりを付け、虎視眈眈と機会を窺っていた。彼の意図を汲んだ裴植がワザと崩れ、敵を釣り出したところを分断したのだ。
最後は麾下の精鋭を臧超の魔法で強化して討ち取る──。
その前に騎兵が立ちはだかったが、歯牙にかけるつもりはない。
敵の指揮者は若い女だ。
才気溢れる者の勇み足を感じ、雁去病はやや神妙な気持ちになった。
両勢がぶつかり──。雁去病は繰り出される槍を退けるにとどめたが、臧超や麾下の者たちは、それなりに敵を討ったようだ。
──障害は消えた。
思ったのは雁去病だけではなかった。
丁度良く朝日を浴びる格好になって、日の出のそれに、気力の高まりを連想した。
あとは三百と、そこにいるであろう指揮官を倒す。それで勝負の行方は、五分に戻してから幾らか此方に傾くことになるだろう。
「大佐! 騎馬が向かって来ます!」
部下の声に。
──!? どこか?
雁去病は咄嗟に判断できなかった。
「太陽を背にしています!」
言われて気付いた。
「問題ない。蹴散らせ」
魔法による身体強化は継続している。今なら鎧袖一触とまでゆかずとも、先程の再現で終わる話だった。
新手の騎兵と麾下が搗ち合う。
──!?
隊の先頭の者が腕を斬られた。敵の先頭にだ。そして後続の敵によって突き落とされる。
──強兵か。
「往なすだけでいい!」
先頭の敵兵は手強いと判断。下手に攻めて反撃を食らうぐらいなら、守りに徹した方がいい。標的はこの騎馬ではないのだ。
だがしかし──。敵の剣技が凄まじい。味方は防御と同時に体勢を崩され、後続の槍で屠られている。それは雁去病にも襲いかかる。
カッ──!
受けるまでもなくわかる剛剣に、雁去病は槍をあわせた瞬間、槍を捨て、その力を逃がして身を守った。
すぐに剣を抜き、続く騎兵の攻撃を往なすが。
──これも手強い。
次の敵も、また次の敵も、並の兵ではなかった。
──向こうも魔法を使っているか?
三十ほどの数からも、そう考えずにはいられない。恐るべき精兵である。
この会敵で麾下の何人かが犠牲となった。手傷を負った者ならもっとであろう。
──だが、まだ勢いはある。
手痛いが、これでも標的に対して、騎馬の突撃は成立するはずだ。
そう思ったのも束の間──。孤立した三百が分断していた兵を退けた。
よく見ると、これも三十ほどの歩兵が味方を蹴散らすように暴れていて、彼らが味方を攻撃し、三百を助けたようだ。
「何だよ、あの動き・・」
臧超が憤った声をあげる。
それは異質に映った。何も、豪傑たちが無双してるわけではない。それなのに味方の兵は彼らを止められない。
「完全な新手だ──」
雁去病が重苦しく言う。
その意味は文字通りで、夜通し戦闘した疲れた兵ではなく、心身ともに充実した、今戦場に着いたばかりの兵といった姿だった。
──援軍が来たか!?
普通に考えればそうなる──。しかし、それにしては数が少なく、且つピンポイントに要所を衝く真似など、果たして出来るだろうか?
「大佐。側面から来ます」
雁去病の思考を中断する部下の声。
──最初の騎兵が立て直して来たか・・
一瞥して状況を理解した彼は。
「撤収する!」
言って、麾下の一隊は方向を変えた。
遺憾ではあったが、首将級を討つという勝ち筋が消えた以上、戦闘は避け、帰還を優先するべきと判断した。
「大佐。後尾が敵の騎兵にやられています」
──馬鹿な。
雁去病が振り返ると、あの強兵たちが後ろから順に麾下に攻撃を仕掛けている。
──馬の体力か・・
おそらく彼らもまた完全な新手だったのだろう。疲れてないのは馬も同じで、駆ける速さにそれがあらわれた形だ。
「・・・・・・」
どうすべきかはわかる。しかるに、雁去病の矜恃がそれを認めない。
この状況で。
「私が足止めします」
部下の一人が言って、返答を待たず、数人と隊列を離れ後方に向かった。
「・・・・・・」
このあと敵を振り切るまで、雁去病は口を開かなかった。
「おう。無事だったか」
「すまない──。私としたことが敵に釣られてしまった」
剛会と合流した鵡望は、反省の弁を述べた。
「して──、あの兵は恂門の予備兵か何かか?」
自分たちの窮地を救った兵の正体を鵡望は問うた。
「ハハッ。聞いて驚け、あれは鮑謖少佐が残した砦の兵だ」
「なんと!? いったい何処にいたのだ」
「さぁな──。あとで呼び付けて聞いてやるさ」
剛会は続けて。
「無理に討ち取る必要はないが、楽に帰らせる訳にもいかん。せいぜいビビらせて、二度と汐径の地を踏みたくないと思わせてくれる!」
そう言うと、全軍に体勢を維持したままでの北上を命じた。




