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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第105話 恂門の戦い(前半)

臧超(ゾウチョウ)。魔法はまだ使えるか?」

「ハッ、俺を誰だと思ってる。並の奴らと一緒にすんなよ!」

 相変わらずの傲岸不遜(ごうがんふそん)であったが──。

 虚勢というか、意図して増上慢(ぞうじょうまん)に振る舞うことで己に気合いを入れている。雁去病(ガンキョヘイ)は、臧超の返答をそのように解釈した。

 無論、あえてそれを指摘したりはしない。

「そうか──。なら一回分は残して置いてくれ」

 雁去病は臧超を見ずに言った。



 対峙したその夜に夜襲が決行されたが、それは相手も同じで、そこからの全軍を挙げての夜戦となった。

 この展開は、さしもの雁去病も想像だにしなかったが。

──悪くない・・

 そう思っていた。


 雁去病は此度(こたび)の侵攻自体、西漣(セイレン)の仕掛けと見ており、同じく西漣によって梯子(はしご)を外される状況に(おちい)るのではと危惧していた。

 それでも大軍で圧倒し、街を占拠できれば旨みもあると考えていたが、汐径軍も同規模の戦力を当ててきたことから、雁去病は撤退を進言した。

 敵が東錬は動かぬと見ているのは明らかで、且つ戦力同等から、一進一退を繰り返す長期戦の可能性を感じたからだ。それはそのまま八角(ハッカク)へ行った遠征軍の帰還に(つな)がり、この増援に抗う(すべ)はないと考えた。


 しかるに提案は退けられた。

 だが後翼(ゴヨク)軍は速攻を選び、雁去病としては次善の策となった感だった。


 現在の状況は、緒戦から続けざまに決戦へと移行したような形で、時間を掛けるべきではないという雁去病の考えとも一致していた。



「どのタイミングで使う気だ?」

 臧超が問うが。

「さぁ──。その時になってみなければわからん・・」

 真実の言葉として雁去病は言った。

「大佐殿お得意の臨機応変かよ」

「まぁ、そうだな──」


 雁去病は臨機応変の者と()われている。本人も哲学として語っている。しかしこれは、やや体裁を取り(つくろ)った言い方でもある。より直截(ちょくせつ)に表現すれば・・

──即興だ。

 と、なるだろう。ただ、外聞として何も考えてないみたいになるので口には出さない。

 攻め筋を幾つか考えたら、あとは出たとこ勝負──。


 それが雁去病という用兵家だった。





──これじゃ、やりようがない・・

 楊休(ヨウキュウ)は思った。

 彼女の持ち味は、小型の弓での近距離攻撃である。味方の背中越しに射掛ける、飛び道具というより、間合いの広い武器として戦う独特の戦法だ。

 しかし夜戦の闇の中では、流石に狙いを付けることは出来ない。

 楊休も歩兵隊の一人であるから、剣や槍で戦うことも勿論できるが──。弓を使えないことに、息苦しさに似たものを感じていた。


 いっそ適当に放ってやりたくなるが、そんなことをすれば互いに撃ち合いような形になり、それを避けるため乱戦へと移行するだろう。そうなったら、最早だたの混沌だ。

 斯様(かよう)な観点から考えると。

──変に分別がある。

 よくわからぬ内に始まってしまった夜間の激突の中にも、秩序に似たものが存在することに、楊休は不思議を感じていた。





 青い世界が広がってきて、敵味方共に軍勢の動きが幾分か見えるようになった。その上で、恂門(ジュンモン)の兵が予想外に良い動きをしているのがわかった。

「勝手知ったる自分の庭ってところか」

 剛会(ゴウカイ)はつぶやいた。

 恂門の地方軍は、夜陰の中でも感覚的に自分の位置を把握していたのだろう。それがアドバンテージとなり、余裕を持って実戦を経験した。今も一撃離脱の攻撃を仕掛けているが、既に熟練の気配すら感じさせる動きであった。

「本営の兵に気合いを入れさせろ! 地方軍に遅れを取るなとな」

「はっ」

 部下が素早く動く。



 夜通しの戦いで皆の疲労は限界に達している──。同じ時間戦うのでも、昼間と夜間では神経の磨り減り方が違う。

 さはさりながら、困憊(こんぱい)しているのは敵も同じ。となれば、あとは気力の勝負であろう。

 闇雲に「気合いだ」「やる気だ」と言ったところで、疲れた兵は鼻白むだけだ。だが、奮闘している味方がいれば「自分たちも」という気概が生まれる。

 剛会は、調子の良い恂門の兵を意識させることで、中央の兵たちのプライドを刺激し、彼らの闘争心に火が付くことを期待した。


 この細工が功を奏したか定かでないが、全体の流れは汐径軍が押し込む方向に進んだ。





──判断を誤ったとは思わん。

 さりとて。

──分が悪い・・

 純然たる事実が、裴植(ハイショク)に重くのし掛かった。

──このままゆけば敗色濃厚となるのは間違いあるまい。

 そうなっては潰走という最悪も見えてくる。

──情けないことだ・・

 忸怩(じくじ)たる未来の想像を禁じ得ないが、先行きを呪っても仕方がない。

──味噌が付こうと、為すべきことを為すまでだ!

 裴植は、次期将軍の責任として軍を(たも)っての帰還を決断した。


「全軍に通達。守りを固め、徐々に後退する」

 下知を出したとき、裴植は口の中に、存在せぬ苦みを感じた。





──よい判断だな。

 後退の指示を受け、雁去病は思った。

 ジリ貧とまでは言うまいが、流れの悪さは如何(いかん)ともし難い。力比べを続けていても、事態が好転するとは考えにくかった。

「大佐殿。准将はどうすると見る? 退却か?」

 臧超が聞いてくる。

「九割方、そうだろうよ」

 一度チラリと臧超を見たついでに、周りの兵の様子を確認してから、雁去病は答えた。

「なんだ? 大佐殿には勝ち筋が見えてんのか?」

 一割の方を知ってるなら教えろ、という態度だ。

「まさか──。だが、敵は存外に積極的だ。防衛戦なら追い返して勝ちだろうが、より多くを求めてくるかも知れん。私が見ているのはそれだ。そこに何らかの隙が生じるのではないかとな。おそらく裴植准将も似たような事を考えてるだろう」

 聞いた臧超は。

「つまり、欲をかくってことか・・」

「一言すればな」

 雁去病の言葉に。

「俺の魔法の使いどころって訳だな・・」

 臧超も覚悟を持った声で言った。



 あらためて雁去病が観察するに、臧超は感情のメリハリがわかり易く、それは良くも悪くも周りに伝播(でんぱ)するようだった。

 今、臧超が闘志を内包させたように、雁去病の麾下(きか)もまた、静かに力を溜めだした。



──これならばいけるか・・

 思った雁去病は部下に。

「准将に『雁去病はいつでも動ける』と伝えよ」

 と、言った。





 日の出の寸前、敵が引く流れになった。

──勝ち戦か。

 鵡望(ムボウ)はそう見た。しかし同時に・・

──勝ちきれない。

 そのような思いも湧く。


 鵡望は、辛国報復戦の際に千五百で侵攻してきた後翼軍と戦っている。あのときは武南(ブナン)将軍の下、防戦に徹して敵を退けた。

 これも勝ち戦であったが、勝ったという感慨はなく、むしろ追撃部隊が返り討ちにあったことで、心理的には負けたという気持ちが強かった。


 そういう意味では。

──またか・・

 鵡望には歯痒さが募った。


 夜襲からの夜戦という短期決戦で敵は撤退の流れ──。鵡望としては主張通り、思惑通りのはずなのだが、どうにも不満を禁じ得ない。

 彼は、人知れず、勝利を欲していた──。





(後半へ続く──)

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