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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第103話 南進の軍

 進軍は順調だった──。

 それこそ、汐径軍は此方の動きに対応出来ていないと思えるほど、何の障害もなく国境を越え、敵の斥候と(おぼ)しき影も見当たらなかった。

 途中、前回侵攻した際に布陣した地点で、一端、休憩となったが。

「このまま恂門(ジュンモン)まで行けるんじゃないか?」

 将校たちの中には、冗談の音で語る者もいた。

 皆、楽観とまではゆかずとも、円滑さは感じており、幸先の良さとして認識されていた。


 そのまま恂門近くまで南進した後翼(ゴヨク)軍は、この行軍の勢いのまま攻め掛けるのも、ありではないかと考え始めてもいた。

 しかるに、その算用は無駄になった──。


 汐径軍が、恂門を通り過ぎるように、その後方からあらわれたのだ。


 それは極めて奇妙な話であった。

 守るべき拠点たる街の前に布陣していたなら自然であるが、敵はあえて街に隠れるようにしていた。そして後翼軍の接近と共に姿を見せた。

 ここから推考するに。


──誘い込まれた!?


 そう考えざるを得ない。

 仮に、国境の近くや街の手前側に布陣していたならば、斥候によって発見され、後翼軍はそのずっと手前に陣を構えることになるだろう。

 汐径軍がそうさせなかった能動的理由を考えると、国内に引き込む狙いがあったと推察できる。


 後翼軍は敵と対峙したのち、取り急ぎ軍議を開いた。




「汐径軍の数は、ほぼ此方と同数と思われます」

 報告に、天幕では(うな)るような声が上がった──。


 指揮者たちの困惑は当然だ。

 事前情報では、汐径軍は八角(ハッカク)国に二千の軍を派兵しているはずだった。後翼軍はその前提に基づき、国の北面に対処する兵も動員して三千の軍を用意。千載一遇の機会と見て、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負を仕掛けた形だ。

 ところが、敵は中央軍だけで二千五百ほどあり、恂門の兵も合わせれば、こっちも三千弱の兵力となり、戦力は拮抗している。


「いったいどうした事か──、とは言うまい。残存は二千と地方軍という話は誤りで、汐径としては我らを待ち構えていた格好だろう」

 全軍の大将を務める、裴植(ハイショク)准将が言った。

「それもそうですが、敵は全て此方(こちら)に戦力を投入してきているのでは? 雁去病(ガンキョヘイ)大佐の話では、東錬が動くとの噂を流す算段だったはずです」

 一人の大佐の女が言った。

 これに雁去病は。

「確かにそのはずだったし、それで戦力が分散するとの見立てだった。しかし結果は大ハズレだ。敵が噂を看破したか、地方軍だけで対処可能と考えたかわからぬが、この引き込みとあわせて相手の狙いの一環なのだろうよ」

 淡々と応えた。



 後翼軍の次期将軍は裴植准将で確定した。また臧勤(ゾウキン)が引退したため、席が二つ空くことになり、今度は准将を巡っての大佐たちのレースが始まっていた。

 大佐の女の言葉には、雁去病を競争相手と見ての牽制の意図があったかも知れない。

 また、雁去病としても変に突かれても面倒なので、感情の色のない音を意識した。



「そこはいい──。元は東錬を動かせぬかの提案だったのだ。期待は(はな)からしていない」

 裴植は、責任論に流れそうになった空気を切った。

 彼は、最初から臧勤が(から)んだ策が気に入らなかったのもあるが、次なる将軍として、全軍の頂点の自覚を(もっ)て言葉を発した。

 皆も准将の意向を汲み、それ以上の言及は控えた。


 なんにせよ、これより軍議は建設的な方向に行くかと思われた。


 しかしながら・・

「私は撤退を進言する──」

 言ったのは雁去病だ。彼は続ける。

「今、汐径軍はこちらの出方を(うかが)っている段階だろう。どのように動くか、こっちが定まっていないように、向こうの予測もついてはいない。この状況ならば、徐々に間合いをとった後に、夜陰に(まぎ)れて後退することも可能だ。加えて、この機を逃せば、退却は困難を極めるだろうというのが、私の見立てだ」

 淀みなく語った。


 これに他の大佐や中佐たちは色をなした。彼らは口々に、撤退を否定する言葉を吐いた。中には「臆病風」などという単語も聞こえたりした。

 軍議が紛糾の気配を漂わせたとき──。

「やめろ──」

 裴植の声で静寂が訪れる。

「雁去病大佐。貴君のことだ──、ダメ元でも試しに言ってみようというのであろう。まぁ、それはいいとして、撤退はせん。戦う、恂門を攻め取る、その前提で意見を出せ」

「はい──」

 准将から基本方針が示され、雁去病も納得したように頷いた。


 裴植も現状が良いとは思っていない。汐径軍は自分の土俵で勝負するつもりで、後翼軍の進軍を是認したのだろう。それは広い意味で罠とも解釈でき、雁去病が撤退を言うのも一理あるとも思った。

 さはさりながら、敵は八角に遠征軍を送っている──。


「情報通りではなかったが、汐径の中央軍の残存がこれ以上あるとも考えにくい。必然、あとは地方軍になるだろうが、東錬に対して無防備になる真似(まね)はするまい。よって、眼前の敵が、その全戦力であると考えれば、これを打ち破ることは(すなわ)ち、汐径の防衛線の崩壊に他ならない。皮算用するつもりはないが──、恂門を取った暁には、国境を大きく南下させるに(つな)がると見ている」

 裴植准将は自らの見立てと、方針への思惟(しゆい)を説示した。



 ともあれ──。

 このあと軍議では指揮系統や、大まかな役割分担と持ち回り、作戦指揮に()ける決め事など機能的な部分から、攻め筋、連携の段取りまで幅広く確認と決定がなされた。



 後翼軍と汐径軍、互いに一触即発の間合いで陣を張り、そのまま夜を迎えた──。

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