第100話 ポジション
斥候から報告と、脱走した酉国兵の証言から団匪の位置と、予測される進行ルートが明らかになった。それに基づき、有利な地形で迎え撃つ方針となり、連合軍は移動を始めた。
彼らが早早と行動を決断したのは、脱走兵より敵の内情を知り得たからだ。
──まこと賊の集団だったか!?
建て前、方便の類いでなく、真実の姿として酉軍は賊によって乗っ取られている。
正規の軍人たちは組織を形作るためのパーツとして生かされていたが、それも既に置き換えが進んでおり、十割の賊徒となるのも時間の問題であった。そしてそのような事態になれば、敵の行動はエスカレートし、街ばかりでなく村々まで襲われることになると思われ、営みの火は消え、賊を討伐したとしても不毛の大地が残ることになる。
断案、悠長に敵が来るのを待っている暇はないとなった。
全軍が動くわけだから、当然、兵糧を積んだ輜重隊も動く。
鮑謖も彼らと共に、ゆっくりと移動を開始した。
途中の休憩時──。
「鮑謖少佐。貴方は今、輜重隊を護衛してる訳ですが──。この後、敵とぶつかる段階に於いて、自分自身でどうすべきだと考えますか?」
徐厥から問われた。
無論それは、当百と謂われる鮑謖の戦力を期待すると同時に、彼女の先読みの結果を言外に聞いたものでもあった。
──どうもこうも。
鮑謖としては、現状がベストポジションである。よって・・
「えー、私としては、このまま輜重隊の護衛を続けたいと思います」
ほとんど考えることなく、きっぱりと言った。
これに徐厥は小さく頷き。
「わかりました──。では、輜重隊の事はよろしくお願いします」
それで話は終わった。
「高台は取らないでいただきたい」
山單の言葉に。
「それでは不利になるだろうが。高低の差が勢いの差になり、結果、勝敗の差になる事ぐらい俺たちでもわかるぞ!」
義勇軍の幹部が怒気を帯びた声で言った。
「はい──。そのまま戦いになれば不利です」
山單はそれに落ち着いて応える。
その様に何かを察したのか。
「まぁ、ひとまず最後までは話を聞こうではないか」
別の幹部が、怒った者をなだめる。
「中佐殿。続けてくれ」
「はい──。我らにとって焦眉の問題は糧食の確保です。このままでは、とても次の街まで持ちません。そこで先日お伝えした連合軍を利用します。彼らが運んでくる輜重を、そのまま我々がいただくという寸法です」
「それと高台がどう関係する?」
最後まで聞くという話は履行されなかったが、山單としては渡りに船の問いだった。
「敵は此方に高台を取られまいと行軍速度を上げます。すると必然、足の遅い輜重隊は取り残されたような状態になるはずです。そこを別働隊で急襲し兵糧を奪取するのです。本隊の方は高台の敵を釘付けにしたのち、ゆっくりと後退します。兵糧を失った敵は追うこと叶わず、首都まで撤退するでしょう」
山單は朗朗と語った。
幹部たちは、しばしの間それぞれ考えるようにした。
「話はわかった。しかし、なぜ今になって言う。連合軍のことがわかった時点で、この作戦はできていたのではないか?」
「はい、考えはまとまっていました。ですが、作戦とはこういうものです。皆さんも、高台を取るつもりであったから、迅速な行軍を為し得たと思っております。指揮者の意思は兵に伝播するものでもあります。端から誘いのための行軍では、兵もどこかそれを感じ取り、それは軍勢全体としての気配にも表れます。敵に勘のいい者がおれば、看破されることもあり得ます」
また山單は淀みなく言った。
これに幹部たちは一応の納得を持ったようだった。
しかしながら、山單の狙いは別のところにある。
彼としては自分の存在価値を保つ必要があった──。
既に、正規の軍人たちの半数が逃げ出していた。
義勇軍の横暴な振る舞いに耐えかねてというのは勿論、指揮に関するもめ事の果てに殺害される事件などが起き、単純に生きるために脱走した者も多かった。
これは山單にも、邪魔だとなれば、いつ起きるとも知れぬ話であった。
では逃げ出せば良いかといえば、彼と彼の部下たちには監視が付けられており、その選択は極めて難しい状況だ。
畢竟、山單は己がため、作戦指揮の実践に於いて、全体を把握する有能な指揮官を演じることにした。
尤もらしく語ったが、軍の気配云々など、山單とてよくわからぬ。
彼の経験で測れるのは数百の兵のそれであり、数千となれば別の感覚であろう。ましてや現状の一万の軍勢など、知るよしもない・・
しかしそれがあるという前提で話を進めてしまえば、山單はそれを知り、気を配れる者として自身を演出できるという訳だ。
「それでは別働隊として千を迂回させます。それでよろしいですか?」
「わかった──」
「では、俺が行こう」
「狙い目としては汐径軍の輜重隊です。報告によると必要以上の蓄えがあるようです」
「全部奪ってもいいんだろう?」
「可能であれば、ただ時間を掛けすぎると本隊が動くやも知れません」
「わかってる」
幹部たちと山單との作戦のやり取りは続いた──。
──この国はどうなってしまうのか?
何度となく考える日々を過ごしたのは章友一人ではない。
現在もこの反芻は変わらぬが、以前と今とでは、その趣は異なった・・
兄、章昆から使いが来て、手紙を読んだときは混乱した。
──兄さんは、汐径国を動かしたのか!?
新天地にて兄は小さな店を開き、それなりに順調だと聞いていた。
それもあって章友は章昆の事を特に心配しておらず、むしろ自分の軫憂を共有してもらう相手として、兄の事を利用しているところがあった。
章友のそれが影響したかどうかわからぬが、思いのほか兄は、弟と祖国を気に懸けていたようで。その商魂により上手く機会をとらえ、汐径の重要人物に郷里の混沌を伝えた。
結果、汐径国は酉国に対して外交特使の派遣を検討するに至った。
章友は、官吏の立場を大いに活用し、そのネマワシに奔走する事になった。
──これは救いの糸口だ。
聞くところによれば、梟国董公の乱を鎮めたのは汐径だという。かの国の力を借りれば、おかしくなった酉国を正常に戻せるかも知れない。
章友は兄の作った切っ掛けに、一縷の望みを持った。
そうして海を越え、汐径国から特使がやって来たが、彼らの出してきた提案は酉国の中枢にとって衝撃だった。
『八角に侵攻している軍を全て賊として切り捨てよ』
という内容で、端的に言えば。
『一万近くの同胞を見殺せ』
という話なのだ。
章友は、その内容を伝え聞き。
──このような話を酉国が決断できると思えん。
商人たちが襲撃されたときも、批判を恐れ、厳しく取り締まることが出来なかった国である。どっち付かずで曖昧、中途半端な対応の果てに、自ら経済を壊した。
出来物を切除するようにするやり方は、頭で理があるとわかっていても、酉人の気質として割り切れないのだ。
尤も、捨てきれないという性情だからこそ、章昆のように国を離れても尚、故郷を思い、行動に移す者がいるのも確かである。
なんにせよ、返答を先延ばしにする祖国の姿を、章友は予測した。
ところが事態は存外あっさりと動き、早々に汐径からの提案を受け入れる事に決まった。
決まってみれば何のことはなく。早く決まって良かったと思うのは章友ばかりではなかった。皆も一様に、国の先行きに不安を抱き、答えを求めていたのだと気付かされた。
章友は、義勇軍を組織した団体や、その指導的立場の者たちを捕縛する手続きをしている。彼らも捕らえられ次第、厳しい処置が為されることになるだろう。
章友の国に対する憂いは消えていない──。
されど今は、仕事に邁進することで、それをしばし忘れようとしていた。




