第32話 強大な怨敵
朝、墓地エリアを抜けたどり着いた次のエリアはいたって普通の平野エリアだった。ただ違和感があるとすれば辺りに1匹たりとも魔物がいないことだった。
「魔物が1匹もいない。匂いもないってことは隠れているわけでもないな。こういうエリアなのか?」
「いや、これはおかしい。こんなのは僕も初めてだ」
それはそうだろう。
聞いた俺がいうのもなんだが、クスネからあらかじめ聞いていたのは、ここから先のエリアは普通の平野でも魔物の数が異常に多いということだったからだ。
しかし、今はその真逆で何もいない。
そして誂えたかのように周りに話を聞ける冒険者もおらず、俺たちはただ階段に向けて歩を進めていた。
そうしていると運良く前から冒険者が走ってきた。
「おい!魔物がいない理由が何かわかるか?!」
「知るかよっ!お、俺は知らねぇ!」
取りも直さず奥から走ってきた冒険者は何の情報ももたらしてくれず走り去っていった。
「とにかく何があるかわからないけど奥に行ってみよう」
...この時の俺はまだ、この異常さを見誤っていた。
普段であれば慎重を期して一旦撤退するか、他の冒険者を探すなど何か策を講じたであろう。
だが、そうしなかったのはひとえにクスネ達と共にいた事。また、俺自身キュケの森から負け無しだった事もあり慢心していた事が原因だろう。
...俺は自分の傲慢さを見誤っていたのだ。
俺たちはそれから出来るだけゆっくり進んでいたが、何事もなく下へと降りる階段を見つけた。
「...何もなかったな。それとも何か見落としているのか?」
「いや、特に怪しいものも見つからなかったよ。でももしかしたら本当に危険なのはこの先なのかもしれない。カイトくんたちも油断しないで」
「あぁ、そうだな。クスネ」
そうして俺たちは一段ずつ踏みしめるように階段を降りていく。
そして、次第に見えてきた景色は凄惨の一言だった。
「...これはっ...」
「なんだよ...これ...」
先ほどまでのエリアと同じギミックのエリアのはずなのに、見える景色はまるで違った。
目の前に広がっていたのは地平線の彼方までの茶色ではなく、そこかしこに散らばる肉片と見渡す限りの黒ぼけた赤。
そして、把握出来る限りその赤に埋もれる肉片には人間や魔物など関係ない。等しく地面のシミへと変えられていた。
「...いくら一エリアに魔物が多いといってもここまでじゃない。おそらく、上の階に魔物がいなかったのはこれが原因だ」
「魔物がおびき寄せられたってことか...」
確かにクスネから聞いていたのは魔物が多いとのことだったが、ここまでの量は俺たち6人では捌き切れない。
おそらく死体だけでも5000体は下らないかもしれない。何しろ遮蔽物のないこのエリアが全て赤で埋まっているのだ。
「でも、一体誰がこれだけのことを...」
そうなのだ。これだけ見晴らしが良い場所に冒険者や魔物の死体以外存在していないのだ。
これを成したのが人間であれ魔物であれ何かがいるのだから、影くらいは見えてもおかしくない。
「カイトくん...、無理強いはしない。でも、僕はこの先に進むべきだと思う。最近噂になっている難易度にそぐわない魔物。その原因がもしかしたらそいつかもしれない」
「...確かにそうかもしれない、でもこいつらはおびき寄せられたんだろ?難易度にそぐわないってことは追い立てられたってことじゃないのか?」
「うん、その可能性もある。だから僕は調べたいんだ。冒険者は個人の責任というけれど、それでもいたずらに死者を増やしていいわけがない」
「まぁ気持ちは分かるが...。でも分かった。正直俺もなんでこうなってるのか気にはなるしな。これも修行の1つだ、着いて行くよ」
「ありがとう、カイトくん」
そうして動くもの全てに反応するほど慎重に奥へと進んでいった俺たちの前には、とてつもない大きさの物体が鎮座していた。
俺は自然、目線を上へと持ち上げる。
なんと、その視線の先には文字や絵でしか見たことがなかった存在がいた。
その名もドラゴン。
ある物語では最強最悪の敵として描かれ、またある物語ではただのかませ犬やペットのような形で描かれているものがあった。
...そんな生易しいものではない。
今まで俺はそれなりに修羅場をくぐってきたと思っていた。森のシャドウウルフと死闘を繰り広げ、ホブゴブリンとボブコボルトの集団を駆逐し、闇組織のボスを倒し、ダンジョンを踏破した。
甘かった。甘々だった。さまざまな敵と戦ってきたが、そんなものこいつの鼻息1つで消し飛ばせてしまえるものだと思った。思わされた。
「なんでこんなところにドラゴンが...」
クスネが震えた声で何か言っているが聞き取れない。
俺は初めて生きることを諦めた。『勝ち負け』そんな言葉すら思い浮かばない。
シャドウウルフと戦った時も命の危機だとは思ったが、生きることを諦めはしなかった。
だが、これはダメだ。戦おうという気にすらならない。今にも膝が崩れ落ちてしまう。
「カイトくん!早く避けて!」
...崩れ落ちなかった。いや、崩れ落ちなかったのではなく横に吹き飛び転げた。
俺は反射的に何が起こったのか辺りを探る。触り慣れたヌメッとする感触がした。
あぁ、どこか怪我でもしたのか。だが、不思議と何も痛くない。
「主さま...しっかり...して...」
...そりゃそうだ。だって痛がっているのは、怪我をしたのは、血を流したのは...サニアだったのだから。
俺は頭が真っ白になった。俺が吹き飛び転げたことなど頭の片隅にもない。
何でサニアがこんなところに?もっと離れていたはずなのに?何でサニアが怪我を?何で血を流している?
............何で?!何で!!
何かに弾かれるように視線を上げると、まるで鬱陶しそうに埃を払ったような形で爪を振り切ったドラゴンが見えた。
その瞬間、何かが俺の中で爆発する。
「うわぁぁぁああぁぁ!!」
ここに来てようやく俺は体が動いた。
俺はサニアを抱きしめてひたすら“神聖魔法”による回復を試みる。だが、それさえもうざったらしかったのかドラゴンが俺とサニアに向けて爪を振り下ろした。
間一髪のところで割り込んだダンテが斧で爪を防ぐ。
その間に俺はサニアを抱え、ドラゴンから遠ざけながら回復していた。すぐにクスネも手伝ってくれ、サニアはなんとか命を落とさずに済んだ。
「あとは任せて、カイトくん。君はドラゴンをお願い。大丈夫、サニアちゃんは絶対死なせない」
感謝の言葉を言いたいのに喉から声が出ない。
...けれどありがたい。クスネがいれば安心だ。そう思わせてくれる。
今、ドラゴンはダンテとミネルヴァが受け持ってくれていた。といってもドラゴンはじゃれるかのように爪を振るうだけだ。
「もう大丈夫だ。俺は...戦える」
「...そうか」
「それなら助かる...よっ!」
ミネルヴァがドラゴンの爪を打ち上げる。ようやくドラゴンも俺たちが吹けば飛ぶような埃風情でないことに気づいたようで、射抜くような視線を送ってくる。
俺はもう震えなかった。
いや、震えてはいる。しかし、それは先ほどのような恐怖からではなく、大切な人を傷つけられた怒りからだった。
「てめぇは絶対許さねぇ!!!!」
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