第181話 掲げるモクテキ
「オオオリジン……か?聞き取りづらくてかなわん」
「いえ、おそらく『オリジン』でしょう。ここまでミユさんと一緒に降ってきた塔に、その名前が書かれたものがあります」
「なるほど。で、そいつがその子の体を乗っ取って何しようってんだ?」
「・・・ネィミヤ……」
ふらふらと今にも倒れそうなサニアを支えながら、自らを『オリジン』と名乗った少女を見る。
雰囲気は多少変わったが、見た目に変化がないため、いまいち危機感が掴めない。ただ、仰々しく現れたのだ。生半可なやつではないだろう。むしろ、そう祈るばかりだ。
「ン——ンンン———……ア、アぁぁ。——こんなものかな。…ほう、声帯とはこう使うのか。ニンゲンとは面白いな」
「喋れるんじゃねぇか」
「あぁ。ニンゲンの体を理解するのは苦労したよ。ただ、上手くいかなくて多少この体を弄ってしまったがね」
「・・・貴様っ!」
「待て、サニア。気持ちは分かるが、まだだ」
「・・・っ」
サニアはかつての友の姿をした『敵』を睨みつける。その瞳にはもう迷いはなかった。
「いい子だ、よく我慢した。……さて、オリジンと言ったな?単刀直入に、貴様の目的は何だ?」
「ワレのモクテキ?はて、そんなものはないぞ?」
「なに?」
「ばかを言わないで!あなたが使役していた彼らは、あなたを地上に出すため、そして地上を滅ぼさんとするために動いていると!なら、あなたの目的は地上を滅ぼしたその先にあるのでしょう?!」
テミスが堰を切ったように畳みかける。ここまで色々な経緯があったことは聞いたが、オリジン、そしてこの黒衣に見えるモヤを纏った者に関することはまだ聞けていなかった。
「地上?……あぁ、地表のことかね?ふむ、何か勘違いをしているようだが、ワレにモクテキなぞ特にない。地表を滅し、文明を滅ぼすのはワレの使命だ。……あぁ、ニンゲンでいうところの『モクテキ』がこれに当たるのかな?」
「い、意味が……わからない……」
「あぁ、いや『モクテキ』ならあったな。ワレは神なる竜。神に創られし神に並ぶ歯車。……だが、それも6000年前までのことだ。ワレはここに廃棄された。そしてこの何もない、暗い場所に封印された。そして、地表を滅ぼし、舐める炎に見惚れる栄誉を、塵芥の紛い者どもに奪われたのだ」
「……」
「まぁ、別に塵どもに興味はない。ワレの前に姿を現すのなら容赦はせんが、奴らも創造主が創られた者たちだ。大きくみれば仲間のようなものだろう。だが、地表を灼き滅ぼす役目は譲らん。これはワレの存在証明である。そのために——」
「そのために造ったしもべで自らの封印を解いてもらおうってとこか?」
「あぁ、まさしくその通りだ。若き継承者よ」
「継承者?……まぁ言いたいことは分かった。俺の目的はお前じゃない、地上を滅ぼすのは勝手にしろ。俺の仲間さえ無事ならそれでいい」
俺の言葉にミユやテミス、サニアが少し驚いた顔をする。その中でもミユが少し悲しそうな顔をしていた。確かに彼女の友達であるアサヒたちが、まだ地上にいるのだ。不安になるのも仕方ない。
だが——。
「だが、お前は俺の仲間の大切な友に手を出した!それだけでお前は俺の敵だ。大人しく待ってな、俺がお前のいる場所まで行ってやる。その時がお前の最期だ」
「……クッ、クククッ、カカカカカッ!!!よかろう、ワレは逃げも隠れもせん!と、いっても逃げられんがな!」
カッカッカと笑いにくそうな笑い方をするオリジン。しかし、その声は面白そうなおもちゃを見つけたかのように嬉しそうに、そして破滅を呼ぶ蹂躙の力を振えることに歓喜するように狭い通路に木霊する。
「ワレは最下層にいる!運が良かったな、継承者よ。この通路をこちらに進めば、一気に最下層へと続く門があるぞ!しかもその門は昨夜、唐突に開いた。今ならお主らでも問題なく通れるであろう」
「へぇ、それはいいことを聞いた。だが、そんな見えすいた罠に俺がかかると思うか?お前が指し示す道だ。何か置いていても不思議じゃない」
「そう疑うな。ワレもなぜあの『神秘の門』が開いたのかわからぬのだ。あれは内から外への力が阻害される門でな。ワレの力を持ってしても、しもべを作り出すことぐらいしかできん。それもたった数体だ。
だが、昨夜。その門が外から唐突に開いたのだ。あれは鍵を持たんと見つけ出すことすら不可能な門。ワレはしもべをを使って門を開けさせる予定だったが、それも必要無くなった今、分け与えた力を呼び戻さねばならん。
ワレにとっては塵芥に等しい力だが、あるに越したことはない。対峙するのが、継承者ならば尚のことよ」
「……へぇ、怪しさ満天だが、別にいいさ。お前のところに行けるなら多少の弊害は越えてやろう。…あと、そのさっきから言っている『継承者』ってのは何だ?俺のことなのか?」
「ふふ、今はまだ知らんで良い。いや、この先も知らぬ方がよいであろうなぁ」
「なに?勿体ぶるな。気になる——」
「それに、お主の求めるものもあるぞ?何だったかなぁ、……『“スキル統合”』だったか?」
「…………」
「おや、だんまりか。腹芸はまだ得意ではないらしい。だが、安心せい。こうしてお主の目を見れば思考や感情などワレには筒抜けよ。……あぁ、なるほど」
俺は目の前の少女の姿の敵を睨みつける。まさか、原初の竜を名乗る者に言い当てられるとは思わなかった。もしかすると裏にあの白いやつも噛んでいるかもしれない。そう考えてもおかしくないほど、的確にすぎた。
「フフ、フ——、お……と、——そろ、しおど……か」
しかし、そこまで言い終えたオリジンの声がどんどん掠れていく。それに合わせて少女の体が、ノイズが走るようにブレていく。
「では、ワ……は、『神秘、』の——にある、霊巌……らで、——しらを待とう…………」
「・・・ネィミヤ!!」
そうして、オリジンの声が聞こえなくなった瞬間、フッと糸が切れたようにネィミヤの体が前のめりに倒れる。それをサニアはすぐに受け止めた。
「……サニア、ごめん、なさい。あなたの……友達……失格、だね」
「・・・そんなことない!また、会えて嬉しいわ」
「あり、がと。……最後に、会えた……のが、あなたで……良かったな。……それに、ちゃんと……仲間に……会えた、のね」
「・・・うん、ネィミヤが助けてくれたおかげだよ。貴女に会えたから、わたしは今ここにいるの」
「……ほんと?それなら、よかった」
一言言葉を紡ぐたび、少女の体から黒いモヤが抜け、宙へと消えていく。それはまるで魂の輝きを少しずつ消しているように見えた。
「あとは……みんなに、謝りたい、な。……でも、きっと……許して、くれない……よね」
「・・・ネィミヤ」
「ごめんなさい…….、ごめん、なさ——」
サニアを見ていた瞳から光が消える。それと同時に最後の黒いモヤが少女の体から抜け消えた。目から零れ落ち、固まった一筋の血が嫌に痛々しく見えた。




