第177話 転移陣起動
「ぐっ……!」
「このままっ!」
うちは腕を斬られた衝撃でつんのめるネィミヤを追い、二撃目を袈裟斬りに放つ。もう手加減などしていられない。いや、もともとしてはいけなかったのだ。既に護衛の者だけでなく、女性や子どもまで殺されているのだから。
「はぁっ!!!」
「ちっ!」
しかし、すんでのところでネィミヤは体を傾け、うちの二撃目を躱した。そして、自分の体の軽さを利用し、時に自らの黒い瘴気を足場にして転移陣の方へと逃げていく。
「待てぇ!!」
「ミユっ!」
「えっ?!」
うちはネィミヤが逃げた方へすぐさま追おうとしたが、その時、後ろからうちを呼ぶ声が聞こえた。咄嗟に振り返ると、時折槍を杖代わりにしながら傷だらけの体を引きずってドルトンが歩いて来た。
「ドルトンさん?!あいつらは——」
「あはは。ドルトン、追いかけっこはもう終わりか?所詮、貴様もその程度だったということだな。同胞はおろか自分の身すら守れんとはな!」
「お前っ……?!」
今にも倒れそうなドルトンに手を貸し、体を支える。その後ろから嫌みたらしく手を叩きながらランディが仲間を引き連れて歩いてきた。その中にはランディに熱烈な視線を向けていた各隊の隊長の他に、入り口で殿を務めてもらった隊長たち。そしてその最後尾には——。
「なんで、あのイノシシが……」
「ん?こいつのことか?はっはっはっ!こいつも我らと同じように我らが神の身許へ集められた同志さ!……ま、何故かこいつの傷は我らが神にも修復出来なかったらしいが」
「どういう……まさか、あなたたちみんな……一度死んだ、の?」
「ははははは!!!今更気付いたのか!!お前もなかなか愚かだなぁ!だが、いいものだぞ?生前の俺はこんな使えんやつに従わざるを得んかったからなぉ。
だが、今の私は違う!!この地に眠る神の竜がその眼を覚まされたのだ!!……我は、我らはとても運が良かった。神竜様が目覚められたのは千年ぶりだと言うからな。俺たちはその歴史的瞬間に立ち会うことができただけでなく、その当事者にもなれたのだから!!
あ、ちなみに貴様らはもう無理だぞ?『死徒』は全て揃ったそうだからな」
ランディはうちたちに知らしめるように饒舌に語る。ドルトンを痛めつけられたのが、よほど楽しかったのだろう。頻りに手を叩きながら爆笑している。
「ご丁寧にどうも!うちだってそんなものになりたくもないわよ!!」
「ふふっ、強がらなくともいい。確かに哀れではあるが、それは単に貴様に運が無かったというだけ。あの世で自らの不運を呪うといい」
「このっ……」
「ミユ!こっちへ来い!」
怒りに任せてランディに攻撃を加えようとしたうちをドルトンは後ろから呼び止める。うちはそのどこか鬼気迫る声に驚きながら、ドルトンの元へ駆け寄った。
「な、なに?」
「いいか、よく聞け。奴らの目的は転移陣、そして我だ。どうやら外へと向かう手段を探しているらしい」
「はい。それはあのネィミヤとかいう少女も言っていました。でも、外に行きたいならなんで地下へ向かうんですか?」
「……ネィミヤまでも、か。……いや、今はいい。地下へ向かう理由、それは単純だ。ここはおそらく80階層に位置する。そんなところから地上を目指せば、純粋に遠い上、外へ出るまでに魔物やダンジョンなどのさまざまな障害がある。
だが、ダンジョンには必ずあるものだろう?クリア後の外へと通ずる転移陣が」
「あ!なるほど!それを使うために地下に向かってるのか!……でも、それなら尚更自分たちで行った方が早いんじゃないんですか?神竜とやらの力を借りて」
「聞くに神竜は動けんらしい。だから奴ら『死徒』が造り出されたのだろう。おそらく、神竜のメガネにかなう死体を見つけてそれを自身の傀儡にする、といったところか。
あとは、我らは少々特殊でな。これは本来村嶺になる者しか知らんはずなのだが、ダンジョンに呑まれた時、魂をこの地に束縛されたのだ。そしてその解除が出来るのは村嶺のみ。だからこそ奴らは我を狙うのだろう」
「は、はぁ」
一気にいろんな情報を提示されたせいか、頭が回らない。ただ、奴らが地上へ行くためには村嶺の力で地下へと進まなければならないことはうちの頭でもなんとか理解できた。
「ミユよ、長くなってしまったが本題はここからだ。我の作戦を伝えるぞ。まず——」
「え、あ、はい!」
うちはドルトンに矢継ぎ早に伝えられる内容を必死に頭の中に入れていく。これをテミスに伝えるため、一つ残らずインプットしていくのだ。
「作戦会議は終わりかい?なら、ドルトン。改めて聞こう。我ら『黒之死徒』に協力してくれるかい?」
「はっ、自力で世界も見れん根性なしに使われてやるほど、我は行儀のよいたちではないのでな」
「ふん、浅ましい」
「行け!!」
うちはドルトンの言葉が出るや否や、奴らに背を向け、再度転移陣のあるフロアへと駆けて行く。抱えたモノ、そしてネィミヤを今度こそ討伐するために。
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「あんな雑魚はどうでもいい。……さて、ドルトン。またさっきと同じ状況だが、オレたちに勝てる算段はあるかね?」
「そうコロコロ話し方を変えても意味などないだろう。どうせ貴様には威厳ある話し方など出来んよ」
「……ハッ。負け惜しみのつもりか?せっかく腕を返してやったのに、また別のやつに持っていかれては、それこそ意味などないだろう」
「……フフ」
「……何がおかしい」
「さてな。我を甚振り、刃向かえんようにするのだろう?まだ出来ておらんようだが……もう音を上げたのか?」
「……やれ」
ランディが短く指示を出す。その瞬間、イノシシ以外の8人の隊長が一斉に襲いかかってきた。
それは左右からの風を割る剛撃と音を裂く閃撃。
それは一本に見える複数本の極技の矢。
それは灼熱の炎と氷点下の氷柱。
それは大地を潰す重撃と核を潰す柔撃。
それは極光纏い闇天坐す白黒の群れ。
そのどれもが、一つでヒト一人など容易く破壊出来るであろう攻撃。それがたった1人を再起不能にするためだけに使われた。
「ふん、たわいもない。……死んだか?流石に死んでもらっては困るのだが……」
もはや音すら殺されたその場所に、生き物などカケラを残すことすら不可能だろう。
それほどの破壊がもたらされた。なんなら今の一撃でダンジョンの素材で造られたはずのこの通路が崩落しかけているほどだ。
「——シッ!!」
「ぐぁぁ!!……な、なん……だとっ?!」
爆煙の中から一本の槍がランディの肩を貫く。それは黒衣の瘴気すら貫いてランディの肩を貫通していた。
「はぁ!!!」
「やめ、やめろっ!!」
ドルトンは素早く槍を引き抜き、倒れ込んだランディの頭目掛けて槍を再度振り下ろす。しかし、二撃目は後方に待機していたイノシシにより防がれてしまった。
「ちっ!」
「ぐっ、くっ!な、なぜあの攻撃の中で生きていられるのだ!!」
「…死んでほしくはなかったのではないか?だから生き残ってやったというのに。薄情な奴め」
「きさ……きさ、まぁぁ!!!」
怒りに顔を真っ赤にしながら吠えるランディ。その怒りに任せて多重の魔法陣を宙に描く。その魔法はどれも属性が異なる。しかし、その魔法陣一つ一つが連結し、さらなる魔法を発動させるための魔法陣を形成していた。
「ふっ、やはり手強いな」
嘯くドルトンも消耗が激しかった。左目は潰され、足も腱が切れ筋肉が断裂しているせいで、まともに力が入らない。腕ももはや槍を持ち上げる力はほとんど残っていないだろう。それに加え、ここまで連戦してきたことで体力も限界を迎えていた。
「だが、せめて。彼女たちが転移陣を起動できるまでは」
本来、転移陣の起動そしてグリーンエルフの束縛を解くには村嶺の許可が必要となる。しかし、どのような事柄にも例外、裏道はあるものだ。
「転移陣の起動……だと?」
どうやらドルトンの小さなつぶやきが聞こえたらしい。ランディは魔法陣の奥から怪訝な声で尋ねてきた。
「あぁ、転移陣の起動なら既に許可している。そろそろ——」
その時、ドルトンの後方から眩い碧色の光が迸った。その光は徐々に輝きを増し、ついには直視できないほどの明るさを放っている。
「な……、まさか、本当に?」
「やり遂げてくれたようだな。これで我の役目は一つ完了した。ようやく心置きなく戦える」
「ドルトン、貴様ぁぁぁぁ!!!!!!」
ランディの咆哮と共に七色の光を放つ魔法陣が廻天し始めた。その速度は徐々に上がっていく。
「これが最期の懲罰だ。重く受け止めよ、痴れ者」
——絶技『螺旋空碧穿』
「貴様には最上の死をくれてやる!!愚か者がぁ!!」
ーー七天魔法『万色喰らう宵闇の竜!!!!!』
七色と碧色がぶつかり合う。荘厳な破壊の嵐は瞬く間に広範囲へとその影響を与え、全てを喰らい尽くしていく。それはドルトンやランディ、各隊長たちやイノシシも同様に呑み込んで行った。
しかし、その嵐も長くは続かなかった。
あとに残ったのは、体が石のように砕けバラバラになったドルトンと、体の中央に大きな穴が空き、上半身と下半身が分かたれたランディが転がっている。
「ぐぐっ、ごの、やろ…、ドルどんめ、ざいご、まで、足掻きやがって!この私をここまで、コケにするとは!!」
ランディは立ち上がってバラバラになったドルトンだったモノを蹴り飛ばす。それだけでもともと手のひらサイズだったドルトンの体の破片はさらに砕け散った。
「この私が!!どれだけ!!手間をかけて!!ここまで来たと!!思っている!!……ん?」
ランディは地団駄を踏むように砂状になったドルトンの体をこれでもかと踏みつけていく。その中に、一つ石になりながら不気味に胎動している破片を見つけた。
「ふ、ふふふ、ふはははは!!!!無様だなぁ!!ドルトン!!こんな大事なモノを野晒しにしておいていいのかなぁ?!!」
ランディはその胎動するモノを拾い上げた。
それはドルトンの心臓であった。
ランディはこれまで以上に楽しそうにその心臓を掲げ、そしてあっさりと握りつぶしてしまった。それによって石の心臓は真っ赤な液体をたっぷりと吐き出し、ランディを色付けていく。
「な、なんだ?!体が、熱い!!」
するとランディの体が燃えるように赤熱し、身体中に螺旋状の紋様が現れた。体の赤熱はすぐに止まったが、螺旋状の紋様は今もなお赤く脈動している。
「これは……まさか、村嶺の力が宿ったのか?!……は、はは、ははははは!!!甘かったなぁ!ドルトン!!これで我らも神竜様の元は行ける!!」
高らかに嗤うランディは右手の心臓だったモノを投げ捨て転移陣のあるフロアへ向けて歩み出す。それに続いて各隊長たちやイノシシも歩き出した。その体には今も黒い瘴気が纏わりつき、崩れた体を修復していた。




