第176話 黒纏う仮面
——さぁ、神と一つになりましょう。
ランディは空虚な瞳でこちらを見つめながら、何かに陶酔したような声で宣う。いつの間にかランディの周りには、非戦闘員たちの護衛として連れて来たはずの各部隊の隊長達が並んでいる。
「……貴様ら、いったい何のつもりだ?」
「なんてことはありません。私は、命に代えても惜しくはない主と天命を受けたのです。それは彼らも同じこと。…その理念はとても崇高でした!それは、私程度ではいくら時を過ごしても到底辿り着けない、悠遠の境地!!」
ランディは興奮したような口調で大きく手を広げながら熱弁する。そしてその周りにいる部隊長たちもそれに呼応するように熱い視線を向けていた。
それはもはや一種の宗教じみたものとなっており、自分たちには理解できない存在となっていた。
「た、隊長……?」
「ランディ様は何を言ってるんだ?隊長たちまで……」
すると私たちの後ろから異変に気づいた者たちが訝しむように集まって来た。どうやら一向に進んでこない私たちを怪訝に思ったらしい。
「さぁ、村嶺様。いえ、ドルトン・ジクィアード!私たちと共に来い!あのお方のため、身命を賭して地表を滅するのだ!」
「貴様……。ただ死ぬだけでは足らんらしい。その足りない頭に、今一度礼儀というものを叩き込んでやろう……!」
ランディが哄笑を上げ、ドルトンが自らの槍を構える。今にも戦闘の火蓋が切られる、と誰もが思った瞬間、私たちの遥か後方で悲鳴が轟いた。
「ぎぃやぁぁぁ!!」
「今度はなんだ?!」
「分かりません!ただ、人が、同胞が…飛んで…うわぁぁ!!」
ドルトンへ報告をしていた男の目の前に誰のものか知れぬ腕が飛んで来た。その腕は成人男性のものにしては色が白く小さい。それだけで子どもの腕であることが予想できた。
「私たちが行きます!」
「頼んだ!」
私はドルトンに短く伝え、ミユを伴って人波をかき分けて奥へと進む。そして見えた先には、護衛部隊や非戦闘員の別もなく無差別に次々と切りつける少女の姿があった。
「や、やめて…。友達でしょ……?」
「し、正気に戻れ!!!」
「なんで、なんでなんだよ!ネィミヤ!!!」
「…………」
ネィミヤと呼ばれた少女は両手にそれぞれ握ったナイフから血を滴らせながら、じっとこちらを睥睨する。仲間から掛けられた言葉には一言も返さず、人波から現れた私たちを警戒しているように留まっていた。
「みなさん、あの少女は私たちが相手をします!そのうちに転移陣の元へ!」
「あ、あぁ」
「……!」
「行かせないよ!」
ギャインッと硬質な音を響かせながら、護衛の一人を狙ったネィミヤとミユが鋼を擦り合わせる。そこから目にも留まらぬような剣戟の嵐が繰り広げられた。
「さぁ!!早く!!」
私はミユとネィミヤが戦っている間に非戦闘員たちを転移陣の方へ押し進める。もともと村嶺たちの目的はこの場所から転移陣で逃れることだった筈だ。その先がどこに繋がっているかは不明だが、ドルトンの言だと向かう先にサニアもいるらしい。
偶然、その場所に居合わせるようなことはないだろうが、近くまで行けるのであればそれに勝ることはない。
そうして非戦闘員を連れながら一本道を進んでいくと、先ほども見えた広い空間に躍り出た。そのフロアには床を埋めるように円形の陣が描かれており、奇形な紋様が所狭しと描かれている。
「これが、転移陣……」
「えぇ。ですが、これを起動できるのは代々起動式を受け継いでいる村嶺様のみとなります。しかもその行き先や用途については我々でさえ知り得ぬ事柄なのです」
「そんな大事なものがここに……っ?!」
護衛の一人と会話していると、突然降り注ぐような殺気を感じ、咄嗟にその方向へ槍を振るう。すると手のひらにしっかりと鉄の武器を弾いた感触を得た。
「誰……っ?!」
——どうして、あなたが。
目の前に現れた人物へその言葉が咄嗟に出てこないくらい衝撃を受けた。しかし、どこかで想像していたことが現実になった奇妙な納得もあった。
その人物は右手に柄に木彫りの飾りが付いた剣をだらりと持ち、半身を黒いローブに包んでいる。……いや、よく見るとそれはローブではなく、ローブに見える黒い瘴気だった。そして、頭には謎の仮面を掛けており、顔を隠していない。
そのため、彼が誰だかはっきりと分かった。
「どうしてなのですか、フクセトさんっ!!」
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「くっ強い!」
「……!」
うちは短刀でネィミヤの二振りのナイフをどうにか捌いていく。しかし、縦横無尽に奔るナイフを防ぐのに手一杯で、反撃に出る隙がない。
さらに【天剱】を抜く暇もなく、距離を取って弓に持ち替えることすらできないほどの攻撃速度は、とてもではないが、目の前の少女が行っているとは思えないほどだった。
ただ、たとえ【天剱】については抜けたとしても、使うことはないだろう。なぜならここが狭い通路であることと地下であること。そして、抜いてしまえば目の前の少女を殺してしまうからだ。
いくらうちには面識がない者とはいえ、ここまで守って来たグリーンエルフたちの仲間と思われる者を殺してしまうわけにはいかない。その思いがうちに手加減を強要していた。
——その結果、この惨劇を呼んだ。
「このっ!ネィミヤ!いい加減に——」
「…まずい!今近づいたら……っ!」
うちとネィミヤが互いの武器を削り合わせている背後からネィミヤに向けて、剣を振りかぶる男の姿が見えた。彼は南からの魔物の進軍を共に食い止め、ログハウスで戦勝を語り合った者だ。
その者の首があっさりと斜めにずれ落ちた。
ネィミヤの視線、意識は絶えずこちらに注がれている。しかし、右手のナイフは後方へ振り切られていた。背後の男の首からは、まるで切られたことを今、思い出したかのように一拍遅れて血が吹き出した。
「お前っ…」
「……」
思わず喉まで出かかった悪態の言葉をすんでのところで飲み込む。なぜ、どうして、何が目的だ。問いたいことはいくつもあるが、目の前の少女は決して口を開かないであろうことは容易に想像がついた。
「……私たちはあのお方を地上へお連れする。そのためには、まず地上への道を作り上げないといけない。その障害となるものは全て切り伏せる。だから、邪魔をするならお前も…」
その想像に反して、目の前の少女は彼らの目的を語り始めた。それと同時に彼女の体を黒い瘴気が覆い、次第にその身を丸ごと隠せそうなほど大きなローブの形を取る。そして顔の側面には二本角の鬼のような仮面を掛けていた。
「あのお方って?それに地上に行きたいんなら、なんでこんな地下まで来てるのよ!おかしいでしょ!」
「……」
「ちっ!」
一方的にしゃべったらそれで満足したようで、うちの問いに答える気はないらしい。うちは八つ当たりも込めて素早く弦を引いた長弓を打ち放つ。
ネィミヤは放たれた矢をナイフで弾くが、これだけ近距離でも長弓で放った矢だ。ネィミヤの予想を上回る威力だったようで、矢に力負けして少しバランスを崩した。
「シッ!!」
うちはその隙を縫って【天剱】を抜き、斬りあげる。その剣閃はネィミヤの左腕をナイフごと斬り落とした。




