第174話 暗闇の街道
「暗いな……」
「みえな〜い…。……でも、うえにはなにもないよ!」
「・・・主さま。こっち」
白亜の塔の内部は非常に暗かった。そともそれなりに暗かったが、手元の光源があれば辺りはそれなりに見渡せた。
しかし、塔の内部では光源で周りを照らしても俺たち3人の足元くらいの範囲しか照らせないほど暗い。俺は光源をいくつか追加で浮かせることで、視界を確保した。
それに先んじて風の反響で内部の広さや障害物を探ってくれたシルフィが塔の上について教えてくれた。どうやら、結構な高さがあるはずの塔の内部には上に登る道はおろか、上階すらないらしい。完全な吹き抜けだそうだ。
その代わりと言うのか、今度はサニアが階下へ続くと思われる下り道を見つけた。
「やっぱり下に行くのか……」
その下り道は、まるで悪魔が広げる大口のように身の毛もよだつ暗黒に染まっている。ここまでずっとフロアを降りて来て、いきなり平面のエリアになったかと思えば、また下へと下ることになるとは。
だが、進まなくては求めるものも手に入らない。相変わらず俺の求める“スキル統合”なるスキルがどこにあり、誰が持っているのか定かではないのが不安だが、今は進める道を進んでいくしかないだろう。
「……様子が変わったな」
「くうきがおもいよ…」
暗闇の中、おぼつかない足元を光源で照らしながら、なだらかな斜面の下り坂を進んでいくと、白亜の塔と同じ材質で造られた大通りのような場所に出た。その広さは日本の国道の幅をちょうど二倍にしたくらいで、奥行きはどこまで続いているか検討もつかない。そんな広さの道が前にも後ろにも続いている。
「シルフィ、これはどっちに進めばいいと思う?エアソナーで感知出来るか?」
「……ううん、だめ。ひろくてかぜがかえってこないし、たぶんとちゅうでおもくてかぜがおちてる」
「風が落ちる?どういうことだ?」
「なんかね——」
シルフィが言うには、『空気が重い』というのは、その言葉の通り、物理的に重いのだそうだ。俺やサニアは実際に感覚で捉えられるほど重く感じないのだが、シルフィは違うらしい。
その結果、遠くまで飛ばした探知の風は、その空気の重さに邪魔をされ、徐々にその高度を落とし、最終的には反響すら返ってこなかったようだ。
それに空気が重いため、シルフィも浮かぶために地味に力を使うらしい。息切れはしないが疲れはする、みたいな。人間でいうと休みなく歩き続けるようなものだろうか。
そのため、いざというときにバテられては困るので、俺の肩に乗ってもらった。
「仕方ないか……。それじゃあ、こっちに進んでみるか」
俺は下りてきた下り坂から見て右の暗闇が沈む大通りを進む。こちら側を選んだ理由などない。ただ、俺の直感が、こちらを行け、というのに従っただけだ。
ここも上層と変わらず、光源で照らしても足元くらいしか照らせない。しかし、ここにも全くと言っていいほど魔物の気配が存在していなかった。
「…そろそろ休むか」
「・・・うん」
あれから1時間ほど歩いてみたが、魔物は一切気配を現さない。その代わり、所々に俺たちが降りてきたような下り坂をいくつか見かけた。
しかし、そこからも魔物が現れる気配はないため、夜も遅いということで一旦この辺りで休息を取ることにした。地面は砂や土のような材質ではないため、テントを張ることは出来なかった。
それでも魔物に襲われる心配が限りなく低い、というのはある種の安心感にも繋がったようで、寝袋を広げたサニアとシルフィの二人はすぐに寝息を立て始めた。
「見張りの話をする間もなかったな…。まぁいいか」
「んぅ」
俺は側で眠るサニアの髪を撫でる。リンスでも使っているのかと思ってしまうほど、サニアの髪はサラサラしていた。改めて無事に会えた嬉しさが胸を埋める。
この調子でテミスやミユも無事だといいが…。
「・・・ごめんなさいっ!」
「いや、いいさ。ゆっくり休めたか?」
「・・・うん」
「ならよかった。それに俺も少しは眠れたから気にするな」
「・・・こくっ」
結局、サニアとシルフィは朝の時間になるまで目を覚まさなかった。ただ、魔物の襲撃がないことをいいことに俺も数時間ほど仮眠を取らせてもらった。
「あさになったのにくらいままだね〜」
「そうだな、気が滅入りそうだ」
体内時計は朝を指しているはずなのに、視界は相変わらず暗いまま。時間の感覚と視界の感覚が違いすぎて、おかしくなりそうだ。それに昨日から随分と進んで生きているはずなのに、未だゴールが見えない。
「はぁ、はぁ。……なんだ、呼吸が……」
「・・・苦しい」
あれからどれくらい歩いただろうか。もう数日かかったような気もするし、まだ数分しか経っていない気もする。だが、確実に体に変調が起きていた。
「やっぱりくうきがおもいんだ!ごめん、もっとはやくにいってれば……」
「どういう、ことだ?」
「くうきがおもいってことは、こきゅうするためのくうきもすくなくなるんだよ!…えーっと、えっと、いきするためのくうきがおもくて、したにいっちゃって……」
「要するに、空気が足元に、集まるせいで、苦しく、なるってことか?」
「うん!だから、なんとかこのへんのくうきあつめてみる!」
そういうなりシルフィは俺の肩から飛び出し、両手を使って、宙を掴むような動作をする。それをそのまま俺たちに向かって投げつけてきた。
「うわ?!」
「・・・生ぬるい」
その瞬間、むわっとした生ぬるい空気が顔を埋める。しかし、それに反して呼吸は幾分か楽になった。おそらく足元に溜まっていた酸素などを集めてぶつけてくれたのだろう。…投げる前に言って欲しかったが。くさい。
「これでどう?!」
「あぁ、だいぶ楽になったよ。ただ、次からはやる前に言ってくれ。……覚悟がいる」
「・・・こくっ」
鼻の良いもの同士しか分からない、このなんとも言えない臭い。腐臭とまでは言わないし、ここまで歩いてくる中で気にも止めなかったが、集めてぶつけられるとそれなりにきつい。
「やめろーーー!!!!」
「なぜ?!なぜあなたが!!」
「?!」
その時、奥の方から誰かを呼ぶ声や叫び声が聞こえてきた。どうやらその声は一人二人などではなく、大勢いるようだ。
「行くぞ!」
俺たちは突如聞こえたその声を追って、走り出した。




