第173話 白亜の尖塔
前回の内容を少し(ほんとに少しだけですが)追記しています。まだの方はそちらもどうぞ!
「フギュルガァァ!!」
「なっ?!」
俺の振り下ろした刀は虚しく空を切り、砂を裂く。そのすぐ隣には歪に凍りついた地面とそこに張り付いた魔物の腕と足が残っている。
「ちっ!追うぞ!」
敗北を悟ったのか、サメの魔物は自身の腕と足を自ら切り離して早々に逃げの姿勢を取り、砂の中へ姿を隠してしまった。しかし、自らの流した血の匂いは消せるわけではなく、姿は見えないが血臭によって逃げた方向は分かる。
それにしても砂漠の魔物はどいつも敗北を悟ってから逃げるまでの判断が早い。先程戦った二本角の魔物もツノが折られた瞬間から逃げ腰になっていた。
「ある意味生きるためなのかもしれないけどな」
「・・・主さま?」
「いや、気にするな。匂いはこっちだ!」
サニアが胡乱気な視線を向けてくる。しかし、今は逃げた魔物を追うことに集中しよう。
そこで、はたと気づいた。ここまで、なぜ魔物が近づくのに気づかなかったのか。それは大抵、近づいてくれば魔物の匂いで接近が分かるのだが、この砂漠の砂がそれを分からなくさせていたのだ。
俺は地球にいた頃の、ペットに使うトイレ用の砂を思い出していた。まさにあんな感じだ。匂いを吸収する砂。それはこの砂漠の砂全てがこの性質を持っているようで、今もなおあの魔物が流したと思われる血臭がどんどん薄くなっている。
「あまり離れると見失う!急ぐぞ!」
「うん!」
俺はなぜここまであの魔物に執着しているのか分からないまま、血臭を辿って足を早めた。
「くそ!見失った!」
あれから十数分ほど血の臭いを辿って魔物を追っていたが、相当泳ぐのが早かったのか砂が臭いを吸収するのが早いのか、ついぞあの魔物を見失ってしまった。
相も変わらず、このダンジョンの魔物のスキルを確認できない俺は、あの魔物がどんなスキルを有していたのか確認できなかった。【魂界】の容量が残り少ないことは分かっているが、やはり知らないスキルがあると欲しくなるのはコレクターの性だろうか。
「ねぇかいと!あれみて!!」
「ん?……これはいったい……」
そんなことを思っているとふいにシルフィが俺の背後を指差す。それに倣って振り向いて見てみると、そこには高さ2メートルほどある赤褐色の壁が何かを囲うように建っていた。
さらに広さはここからでは全体が見渡せないほど広く、奥にもこの壁が続いているであろうことが容易に想像できる。
「こんなもの…あったか?」
「ううん、きゅうにでてきたよ」
「・・・わたしも見てたわ。いきなりスーッと霧が晴れるようにこの壁が現れたの」
二人が言うには何もない場所から急にこの建造物が現れたらしい。サニアの言うように霧が晴れるように現れたのであれば、その霧でこの建造物を隠していたはずだ。それがなぜここで俺たちの前に姿を見せたのだろうか。
「あれ?そういや……」
俺は周囲を見渡す。“千里眼”も使って見える範囲全てを見たが、これまで追って来ていた塔の蜃気楼はどこにも見あたらなかった。そして、その代わりと言わんばかりに出現したこの赤褐色の壁、そしてその壁の中にあるものはなんなのだろうか。
「・・・入りたいの?」
「え?いや…」
「・・・主さまが行きたいならついてくよ?」
「……」
考えが顔に出ていただろうか。サニアは俺を完全に信用した目で見てくる。シルフィも俺の意見を聞くような素振りをしていた。
「…正直、行ってみたい。あの中に何があるのか、どんな奴がいるのか気になる。でも——」
「・・・じゃあ行こ。行きたいところに行くのが一番だよ。それに、このまま砂漠を永遠と彷徨うわけにもいかないでしょ?」
「うぐっ」
確かにここまで目印と言えるのは、あの塔の蜃気楼だった。それ以外はどこまでも続く地平線と絶えず遭遇する多種多様な魔物。そいつらも自分が劣勢になればすぐに身を翻して逃げてしまい、フラストレーションばかりが溜まっていた。
「……行ってみるか」
「・・・うん!」
俺の言葉に嬉しそうに頷くサニア。何がそんなに嬉しいのか分からないが、サニアとそれにくっつくシルフィが上機嫌ならいいだろう。
俺たちは目の前の赤褐色の壁の内部へ入るための場所を探すために動き始めた。
「やっぱりここが入り口になる…のか?」
「いりぐち…にはみえないね」
俺たちはあれからぐるっと赤褐色の壁を回るように探した結果、広さは野球場より少し大きい程度。とは言っても野球場がそれなりに大きな場所のため、一周するにも結構な時間がかかった。
そして時間をかけて入り口を探した結果、入り口や門と呼べるものは無く、どこまでも接合部の見当たらない壁が続いているだけだった。そんな中で唯一見つけたのは、誰が開けたのか人一人がギリギリ通れそうな大きさの穴。
ちなみにジャンプして中に入ろうとしたが、何故か入れず、壁の高さは飛び越えているはずなのに、透明な何かに遮られて中に入ることはおろか、中の様子を確認することすら出来なかった。
そのため他に壁の中へ入れそうな場所を探したがそれすらなく、ここに戻ってくるまでにまた、それなりに時間を要してしまった。
辺りはすっかり暗くなり、俺たちは光源を片手に入り口とも呼べない穴の中へと入る。
「おぉう…、暗くてよく見えないな」
「・・・でも、外にいる時より魔物の匂いが分かる」
「あぁ、確かにな。ここも砂漠のはずなんだけどな」
踏みしめる地面の感触は確かに砂だ。しかし、ここは外の砂漠とは性質が違うのか、壁の内側にいる魔物の匂いを判別することが出来る。
「でも、かいと。ここからまっすぐいったところに、またなにかのたてものがあるよ!」
「本当か?」
「うん!」
シルフィの言葉に従って小さな光源を頼りに歩を進める。時折、カニのような魔物やもはやどんな形かも分からない四足歩行の魔物を退けながら、ついにシルフィが言っていた建物であろう建造物の前に辿り着いた。
「……これもダンジョンから生成されているのか?」
その建造物は白亜の建物だった。辺りは完全に闇に飲まれているためか、建物の天辺までは照らせなかったが、それなりの高さはあるだろう。
形は壁が六面の六角形をしており、上にいくにつれ細くなっているように見える。そして、壁のうちの一つには等間隔に窓と思われる穴が空いており、その1番下に取手のない扉がある。そしてその前には扉へと伸びる階段が続いていた。
「シルフィ。この近くに他の建物らしきものはあるか?」
「うーん、ちょっとまってね。……ううん、さがしたけど、ここいがいにはたてものはないよ。かんじとれるのはさっきのかべだけだった」
「そうか、ありがとな」
俺は階段の前に立って改めて白亜の塔を見上げる。夜闇であってもうっすらとその存在を示す白亜の塔は、これまでに見ていた蜃気楼のものではないだろうと思われる。
というのも塔の蜃気楼で見えた建物は黒褐色だったからだ。少なくともここまで色を見間違えることはないと思いたい。それにそもそもあの赤褐色の壁の外から内部を見ることが叶わなかったのだ。そのためあの蜃気楼に映る可能性も限りなく低いだろう。
「けどなぁ…、あまりにも似すぎてるんだよなぁ」
外から見ていた塔の蜃気楼、そして目の前に君臨する白亜の塔。色はほぼ正反対でありながら、形がほぼ同じなのは何か意味があるのだろうか。
何か作為的なものを感じざるを得ない感覚に肌を掻きむしられながら、俺たちは唯一の扉へと続く階段を登る。階段を登り切った瞬間、取手のない扉はひとりでに開いた。
——まるで、誰かが俺たちの来訪を歓迎しているかのように。




