第170話 深森の大社
「早く!!こちらです!!」
「あ、ぎ、ぎゃぁぁぁ!!!」
「やめろ!離れろ!!あがぁぁ!!」
魔物たちが動き始め、新たな戦いが始まってから一時間が経過した。私たちは今、大社に向けて先行した護送車を追いながら、魔物の襲撃を退けていた。……いや、これまでは退けられていた。
「くっ!走れ!!脱落した者は間に合わん!」
「でもっ!」
「お主らも死にたいのかっ!!」
「……っ!」
私たちは、悲鳴を上げながら魔物の波に飲み込まれていくエルフたちから視線を切り、一目散に目的地へ向けて走る。しかし、魔物の波は勢いを増すばかり。追いつかれるのも時間の問題だった。
——事態が急変したのはそんな時だった。
「村嶺様!!近くに先行の護送車がいます!なんでこんなところに…!?」
「な、なんだと?!…ちっ!皆の者!ここで奴らを食い止め……なに?」
先行していた護送車と連絡を取り合っていた一人のグリーンエルフの報告は想定のものと異なっていたのだろう。急遽、決断を下した村嶺は魔物たちを護送車の元へ辿り着かせないよう、ここで食い止める方向に作戦を転向した。その判断の迅速さはさすが、長を務めてきた成果によるものだろう。
だが、それだけでは終わらなかった。
またしても魔物たちが唐突に動きを止めたのだ。
いっそ不気味なほどにピタっとその侵攻を止めた魔物たちは、波がいずれは引き返すようにその体を元来た道へと向け、ゆっくりと戻っていった。
「な、何が…」
「…疑問は残るが、今は彼らだ。なぜ護送車がこんなところにいる?」
「分かりません。先行の者からの報告を受けてから応答が無く……」
「…これは、血の匂い!」
「あぁ、お主も気づいたか。随分と鼻がいいな」
「いえ、私の場合は…」
「かまわん、詮索しようなどと思っておらんよ。それよりも今は向こうだ。行くぞ」
「はい!」
私たちは血の匂いを辿って森の奥へと進む。引き返した魔物が、いつまたこちらを襲ってくるか不明なため、何人かに殿を任せ、私たちと村嶺、そして数人を連れてやってきた。
「こっちです!!」
すると私たちと共にやってきたうちの一人が、同胞の生き残りを見つけた。すぐさまその声の元へ向かうと辺りには護送車と思しき、馬車のような乗り物の残骸が。そしてそれを護衛していたと思われる男たちの死体が転がっていた。
「なぜ、こんな場所へ……」
「まだ、息のある人が…!!大丈夫ですか?!私の声は聞こえますか?!」
「…うっ、ゴホッ!……あな、たは…?」
村嶺が顎髭を撫でながら考えに耽っているのを横目に、見つけた生き残りの元へ走り寄る。するとなんとか意識はあったようだ。
「私はテミスと言います!今あなたを回復させますからね!」
「……いや、いい。それより、ヤツを…。あの、仮面男、を」
「仮面男、だと?」
「…その声、は、村嶺、様。はい、ヤツの、せいで、同胞を…うっ!」
「どんな特徴だった?人数は?なぜ、ここに?」
「喋らないで!回復が先です!」
「ヤツは、黒いローブに、白い仮面を、つけて、います。おれが確認、できた、のは、一人、です…ゴホッゴホッ!…ここ、とは…?…我らは、大社に、向けて…進んで、いました…」
血に塗れたエルフは私の声など無視して村嶺の聞かれた内容に答える。私は私で必死に傷を塞ごうとするが、エルフの息は細くなっていくばかりだ。
「ヤツは……、あっちへ、逃げた……仲間を、追って……、どうか、娘を…たす、け、て……」
そう言って、目の前の男の体から力が抜けた。
「くっ!間に合わなかった……」
「……」
私は救えなかった自分の不甲斐なさに情けなくなりながらも、せめて、と生き絶えた男の見開いた目を手のひらですっと閉じる。ミユはただ口元を押さえて辺りの惨憺たる様子を目に焼き付けていた。
「よくやった。しばしの別れだ。ゆっくりと体を休めよ」
「……」
私はやりきれない思いに拳を強く握りしめる。喋ることに体力を使わなければ、救えたかもしれない。しかし、それが限りなく難しいことが分かっていた二人は、敵の情報を共有することを優先したのだ。
私だってそれくらいは分かる。だが、頭では分かっていても、なかなか納得できるものでもない。
「皆の者、聞いたな。どうやら我らの敵は魔物だけではないらしい。それは我らと同じ人型のようだ。……だが!!我らに恐れる理由はあるか?!同胞をむざむざとやられ!!見逃す理由はあるか!!いや、ない!!!」
「ウォォォォ!!」
…私は自分の顔を殴り飛ばしたくなった。なぜ、彼らの気持ちを考えなかったのだろう。辛いのは彼らも同じ、いやそれ以上だ。今の今まで仲間だった者の死が辛くないはずがない。
「テミスさん…」
「もう、大丈夫です」
私は改めて拳を握りしめる。それは後悔と怒りではなく、今度は決意と希望を持って。
「しかし、不可解な点がいくつかある。今のうちに洗い出しておこう」
「はい」
私は村嶺といくつかの疑問点を洗い出していく。といっても内容を改めて認識する程度だ。
一つは魔物とその親玉と思われる猪の魔物も纏う黒い瘴気。二つ目が魔物の急増。三つ目が護送車の進路だ。一つ目について、詳細は不明だが、私自身その可能性は低いとは思うものの、二本角の猪について思い当たる節はあったので話しておいた。
二つ目については全く不明。村嶺曰く、この森の全ての魔物を集めなければ、あれだけの数は揃えられないと思われるが、こんな一朝一夕で集められるほどこの森は狭くはない、と言う。
三つ目の進路が急変している、とのことだが、村嶺たちが目指す大社はここから北方面に位置している。しかし、そこから大きく外れたこの位置に護送車は破壊された状態で転がっていた。
もともと私たちは村から見て西方面、なんなら北西よりの方向に進んでいた。しかし、魔物の波に襲われ進路を真っ直ぐ北西方面に取ることができず、仕方なく迂回をしながら進んでいたのだ。
そんなところに入った報告では、私たちの進んでいた道から少し外れた場所で護送車からの報告が途絶え、その先から漂ってきた血の匂いを頼りに進んだ結果が、これだ。
そもそも護送車がこんなところにいるのがおかしいはずなのだ。そのため村嶺は「なぜ、ここにいるのか」を問うたのだろう。しかし、その回答は「大社へ向けて」であった。
「同胞は自分たちがまっすぐ大社に向けて進んでいることを疑わなかった、ということになる。もちろん、我らは森の民だ。森で迷うことなどほとんどない。…まぁ確実にない、とは言い切れんが、それでも全てのエルフがそれに気づかないのもおかしな話であろう?」
私たちは改めて大社へ向けて走りながら状況の整理を行う。護送車とその護衛の者たちは『生みの祠』と呼ばれる、死者を埋葬する場所まで連れて行く時間がない、ということで、しぶしぶその場で埋めることとなった。
ミユの提案で、帝城でも行っていたように手を合わせて死者に祈りを捧げる。エルフの中にいた“大地魔法”の使い手に頼んで、ミユの世界で言う『ハカ』というものを作ってもらった。
「それは…そうですね。私もエルフには知り合いがいますが、森を居住地としています。その彼らが、庭と呼んでも差し支えないこの場所で、一斉に迷うなんてことは起こり得ないと思います。…誰かに術をかけられていない限り」
「…やはり、か」
どうやら村嶺もその可能性に行き当たっていたようだ。だが、それでもまだ信じられない気持ちの方が大きいか。それも仕方ないだろう。何しろ庭と豪語できるだけの関わりがある森で相手に上を行かれてしまったということになるからだ。
「……いや、今はその可能性すら頭に置いておかねばならんだろう。ミユ、テミス、もうすぐ大社へと続く道が見えてくる。そこに入れば、ひとまずは大丈夫だろう」
それからしばらく走っていると白い石で出来た鳥居が見えてきた。その鳥居の奥には同じくらいの大きさのものが三つほど並んでいた形跡があり、その最奥には森の木々より少し背が低い社が一つ半壊した状態で建っていた。
「ここが…?」
「……あぁ、ここの地下が我らの目指す場所、の、はずだ。まさかここも見つかったと、いうのか……?」
「村嶺様…」
「…すまぬ、先へ進むぞ。扉を開けよ」
村嶺の言葉に従って社の裏に周る。そこには木々が倒され、地面が捲れ上がり荒らされた跡があった。そしてその中に鉄で出来た扉が半開きになっている。
「まさかっ!」
血相を変えて半開きの扉を勢いよく開き、扉の中に飛び込む。最悪の想像が過ぎった私たちも部下に続いてその扉の中に飛び込んだ。




