第169話 繋がる道
「ふっ!」
「ハギャァァァ!」
黒い瘴気を纏う魔物を鋭い剣閃が断ち切る。しかし、その後ろからさらなる魔物が仲間の死体に一瞥もくれず、踏み越えながら突き進んでくる。
「これじゃキリがない!!」
「ミユさん!左から!」
「分かってる!」
うちはテミスの声に答えながら、左から飛びかかってくる魔物を右手で殴り飛ばす。するとその後ろから続いて襲い掛かろうとしていた魔物がもろとも吹き飛ばされていった。
しかし、それでも魔物の猛攻は止まらない。なんなら片腕が折れ曲がり、首がねじ曲がっている魔物さえ立ち上がり同様に襲いかかってくる始末。
「くっ!もう抜くしかない……っ?!」
魔物の大群を押し返すことも出来ず、押し留めることさえ難しくなってきたうちが、【神創武具】を抜こうとした瞬間、周囲にとてつもなく重い、強大な圧が放たれた。それはほんの一瞬だったが、それだけで呼吸の仕方を忘れてしまうほどだった。
「な、何が……」
「今のは、あっちから……」
その圧はうちたちだけでなく、一緒に戦っていたグリーンエルフたちも感じたようで、皆がその圧が放たれた方向を向いている。
「ミ、ミユさん。あれ……」
「え?」
しかし、放心していたのはうちたちだけではなかった。先程まで一心不乱にうちたちを轢き殺そうと襲いかかってきていた魔物たちの全てが、その行動を止めていたのだ。
「下がれ、少しずつだ」
それに気づいたテミスが、うちとその近くにいたグリーンエルフに伝令する。するとすぐに意図を理解したグリーンエルフのリンドウは、動きを止めた魔物を刺激しないように慎重に部隊を後退させる。
そして、ついにはうちたち全員がその激戦区を離れるまで、魔物たちが動き出すことはなかった。
「おぉ!生きて帰ってきてくれたか!!…改めてご助力感謝する。私はランディ、村嶺様より今この瞬間は全権代理を任されている者だ」
「私たちこそ自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。私はテミス、彼女はミユと申します。人族と魔族ではありますが、乗りかかった船です。あなたたちさえ良ければ、ぜひご一緒させていただければ」
「あぁ、もちろんだとも!あなたたちがいてくれれば心強い!…そうだ、何かと入用だろう。うちのリンドウを付ける。ぜひ使ってやってくれ」
「ええ、ありがとうございます」
「だが、まだここは戦場だ。非戦闘員だけでなく我々も移動することとなった。後ほどまたリンドウを使って声をかける。それまで短い間だが、あちらの家屋を使って英気を養ってくれ」
そう言うなりランディは傍にもう一人控えさせていたエルフを連れて行ってしまった。
「テミスさま、ミユさま。どうぞこちらへ、広い部屋ではありませんが、休むことは出来るでしょう」
「え、あぁ、ありがとうございます」
私たちを先導するリンドウが崩れかけている家屋の中でも、かろうじて被害を受けていない建物の一室へと入っていく。思ったよりもあっさりと私たちを受け入れ、部屋まで用意してくれると思っていなかった私は、少し動揺して声がうわずってしまった。
「行こ、テミスさん。部屋用意してくれるって言うんだし」
「分かりました。でも、『ミユさん、声は出さないで聞いてくださいね。私たちは今監視されています』」
『え?!』
『周りを見回したりもしないで!……直接見られているわけではありません。でも、さっきから風が不自然な挙動をしています』
『不自然な挙動?でも、うちの“予知”には何も反応しなかったよ?』
私たちは“念話”をしながら不自然にならない程度の会話をして、リンドウの後ろについて行く。
『おそらく、直接私たちを見ているわけではないのでしょう。さっき言った風の不自然な挙動というのは、風の吹く方向とは、違う方向に一部分だけ流れたり、滞留したりしていました。ですが、それにしては風系統の魔法を使っているようには感じませんでしたし、何か固有のスキルを使っている魔力も感じませんでした』
ただ、魔力を使わないで風を操作するスキルなどがあれば話は変わってくるが、それならば先ほどの魔物戦で使っていないのはおかしい。
なぜなら明らかに風の挙動がおかしいのにもかかわらず、その風が魔物を攻撃している様子は一切なかったからだ。
『そして、その風の挙動は私たち以外のグリーンエルフたち、彼ら彼女らの周りに幾度も渦巻いていました』
そこから考えられる可能性は、彼らが固有に契約している魔物や精霊で、純粋に私たちに見えないか。それとも私たちの知らない方法で何かしらのやりとりをしているかのどちらかだ。
だが、もし前者ならやはり何かしら攻撃に転じてもおかしくないはずだ。戦闘中だったため見落としもあるかもしれないが、少なくとも主要人物の元へは、その風の滞留が行き来していた。
ならば、何かしらの連絡を取っているものと思った方がいい。そしてそれを私たちに寄越さないと言うのではあれば、単純に出来ないか、何か私たちに知られたくないことなのだろう。
『じゃあ頃合いを見てここから抜け出す?』
『いえ、今抜け出すのは得策ではないでしょう。あの魔物を手引きした、と思われたくありませんしね』
そう、監視する理由は想像がつくのだ。村々の危機に突然現れた謎の二人組。あの様子から察するにグリーンエルフたちにとっても、この魔物の襲来は予想外のものなのだろう。
ならば、外から来た人物を警戒するのは当たり前だ。むしろなぜあっさりと戦線に加えてくれたのかが分からないほど。もしかするとそれで見極めるつもりだった可能性もある。
『今は大人しくしておきましょう。私たちが無実と証明するには時間が足りないかもしれませんが』
『うん、分かった』
「こちらになります。ここは階段になっていますので、お気をつけて」
「えぇ」
「それでは、私はここで。何か食事などお待ちしましょうか?」
「いえ、今はお腹ぎ空いていないので大丈夫です。また、何かあればすぐに呼んでくださいね」
「えぇ、かしこまりました」
そう言ってリンドウは元来た道を戻って行った。部屋の中に入ると、先程まで前線で戦っていた同志たちが傷の回復に勤しんだり、たわいない会話で盛り上がっている。
「君たちは!!先程は助かったよ!強いんだねぇ、外から来たのかい?」
「君の援護で命拾いしたよ!あの回復がなければ、今ここに俺はいないだろうな!ありがとうよ!」
「見たよ!あなたの剣!あんなに短い刀身なのに、遠くまでスッパリ切れるなんて驚いたわ!」
「いやいや、やっぱり彼女は何と言っても弓の腕だろう!あんなに激しく動きながら離れた魔物の眉間を撃ち抜くなんざ、なかなか出来ないね!」
「あ、あはは…ありがと、ありがと……」
部屋に入ってきた私たちを見つけた一人が声を上げた瞬間、気づいた時にはすでに部屋のほとんどの人に囲まれ、矢継ぎ早に声をかけられる。流石のミユもこれにはたじろいでいるようだ。
「おいみんな!!村嶺様が帰ってきたぞ!!!」
そんな風に前線メンバーにもみくちゃにされていたところ、外からそんな声が聞こえた。すると今度は興味が私たちから移ったようで、勢いに流されるまま外へと出てきた。
「村嶺様!!…腕がっ?!」
「何、心配いらんよ。腕の一本無くなろうと死ぬわけじゃあるまい。それに奴は退けた。倒せてはおらんが、しばらくの猶予はあるだろう。…して、ランディ。避難状況は?」
「はっ!現在、大社へ向けて非戦闘員を護送中。その1両が最後の護送になります。その他は警戒しつつ殿を努める形で、後を追う予定です」
「そうか。では、彼女らは?」
いつのまにかやってきていたランディから報告を聞いた壮年の男性が、唐突に私たちは向けて視線を投げる。
「はっ!彼女たちは南の防衛に協力してもらった外の者でございます」
「……ふむ、係累か。お主ら、『サニア』という名に心当たりはないか?」
「?!」
「サニアを知ってるの?!」
村嶺と呼ばれる男からの予想外の問いに思わず体が強張る。ミユも驚きを隠せないまま、固まっている。
「やはりか。あぁ、知っているとも。彼女も一度この村に来たのでな」
「サニアはどこにいるの?!」
「ふむ……」
村嶺が考え事をするように自らの顎髭を撫でる。精悍な顔つきに映える無精髭には、戦いの苛烈さを表すように所々血が付着している。
私たちは答えようによっては容赦しない、という意思表示のため、いつでも戦闘に移れるように自らの武器に手をかける。
「お主らは揃いも揃って……。安心せい、すでに彼女はこの村を発っておる。彼女と仲良くなった者もおるのだ。邪険になどしておらんよ」
フッと村嶺の顔に優しさが現れる。その顔を見た私たちは、なぜか『サニアは大丈夫』という謎の安心感を抱いてしまった。しかし……
「村嶺様、ネィミヤは……」
「……ふむ、そうだったな。……気を悪くしたのなら謝ろう。我らの恩人には誓ってお主らの考えるようなことはしていない」
「えぇ、そうだと思います。今はそれを信じるしかありませんしね」
「話が早くて助かるな。して、お主らは何を求める?」
「逸れた仲間の元へ馳せ参じること。そしてこのダンジョンの攻略です」
「……フ、フハハハハ!!お主らもか!よい、気に入った!!こうも物品を要求せん奴らに出会うとは、なかなか良いものよな!!ならば——」
「村嶺様っ!!奴らが!魔物どもが動き始めました!!」
「そうか、あまり悠長なことはしてられんな。お主ら、名は何と言う?」
「私はテミス、彼女はミユと申します」
「……テミスにミユ、か。良い名前だな。よし、お主らさえ良ければ、大社へ案内しよう。そこから別のルートへ進めるだろう。おそらくその先でサニアに出会えるだろうさ」
「本当?!」
「あぁ。だが、その前に我らと共にこの佳境を切り抜けてはくれんか?」
「この後、その別ルートについて詳しくお教えいただけるのであれば、いくらでも力になりましょう」
「フフ、いい返事だ。よかろう、ならばまずは目の前の敵だ!!——皆の衆!こちらにおわすは強力な助け人!これで我らに敗北は無くなった!!ならば後は『瘴魔』の残党を屠るのみ!ゆくぞ!!!!」
「ウォォォォ!!!!」
目の前の森から黒い瘴気を纏った魔物が多数押し寄せてくるのが見える。私たちはその魔物の群れに向かっていくエルフたちに倣って、自らの武器を取り再度の戦いへと身を投じた。




