幕間〜血に揺らめく三ツ影〜
「あはぁ!もっと、もっと!……んぅ。ほら、もっと動くのですわ!!……あ、い、イク……あああぁぁああ!!!」
その女は左右で縦ロール状に結んだ金色の髪を揺らし、黄金比とも呼べるほど完璧な肉体とどこか幼いながらも妖艶さを醸し出す顔をビクビクと痙攣させながら、床に寝そべる男の体にしなだれかかり、恍惚とした表情で目を閉じていた。
そんな絶世の美女とも言える女とまぐわいながら、寝そべる男はその行為に何の反応も示さない。
それもそうだろう。なぜならその男はすでに真っ赤な血の海に沈んでいるのだから。
その男は首から胸にかけて骨が見えるほど深く縦に裂かれ、肋骨はいくつか姿が見えない。また、左右ともに腕は無く、切断面であるはずの肩はぐちゃぐちゃに潰されている。
さらに足に至っては二本とも繋がってはいるが、足の裏からトプトプと血を流し、骨だけが抜き取られたように力なく緩く曲がっている。
そんな上半身も下半身も惨憺たる様相でありながら、股間部分だけはとても立派に屹立している。
「ほらぁ、もっと……」
女はその白く透き通るような肌を血に濡らし、恍惚とした表情で、男の屹立したモノを再度握りしめる。そして、恋人に甘える彼女のように血走った目で眠る男の首に顔を埋める。
そのまま首に鋭く光る牙を突き刺した女は、ジュルジュルと淫靡な音を立てながら全てを平らげんと血をすする。
「終わったの?ライノ」
「ん、ふぅ……。んぁ、ぁあ、ああ」
「またおっぱじめないで!!」
「んんぁ、なんですのぉ?」
ライノと呼ばれたその女は、背後からの呼び声に気怠げに振り向きながらも腰を動かすのをやめない。その動きは次第に速くなり、被った血と汗を振り乱しながら嬌声も徐々に大きくなる。
「はぁ、ほんとなんで私が伝令なんかしなくちゃいけないのよ。しかもこんな色情魔のために貴重な時間を使って」
「ん、はぁ。最高……もう最っ高でしたわ!」
それから何時間経過しただろうか。ようやく満足したのか、床に寝そべる男から体を剥がし立ち上がる。見ると、血と汗を滴らせながら従者に体を拭かせているライノのその背中には、爪で力強く引っ掻かれた痕がいくつも残っていた。
「ソレ、痛くないの?」
「あら、るーちゃんじゃありませんの」
「るーちゃんって呼ばないで!!せめてコルキスにして!」
「この背中ですか?これはワタクシの愛すべき男たちがワタクシに縋って付けた傷なんですもの。この傷も含めて愛ですわ!」
「……ほんっと人の話聞かないんだから」
「それで?るーちゃんはなぜここに?」
太陽に向けて咲く花のように色鮮やかな黄色で縫われたシンプルなドレスに着替えたライノは、先程まで体に纏わりついていた血や汗をすっかり綺麗にし、こてんっと音が聞こえてきそうなほど可愛らしく首を傾げる。
「マリアに呼んできてって頼まれたからよ。女王様が私たちをお呼びだわ」
「まぁ!なぜそのことを早く仰ってくださらないの?!」
「言おうとしても聞かなかったのはあなたでしょうがっ!」
「こうしちゃいられない!早くこんなむさ苦しい場所から出ないと!あ、でも女王様に会うなら一度体を清めてから……。でもでも、この血の薫りを好むお方だし……」
「あ、ちょっと!ライノ!……行っちゃった。これどうすんのよ」
コルキスがいる場所は、とある国にある誰も使っていない倉庫。そこには夥しい量の血溜まりと、その海に沈む多種多様な種族の男の死体が転がっていた。
「……はぁ、知らないわ。ここはあいつの持ち場だし。私が考える必要なんかないわ」
むせ返りそうなほど溜まった熱気、そして血と汗と男の出す液体の特有の臭いが混ざった空気が肺を埋め、変な気分になる。
「早く出ましょ。気がおかしくなりそうよ」
そう言ってコルキスもライノの後に続くように倉庫を後にした。
「揃ったか、手間をかけたなコルキス」
「いいわよ、こいつの色狂いも今に始まったことじゃないし」
「それで?女王様が呼んでいるとはどういう意味ですの?」
「以前、通達しただろう。お前の狙っていた男を使って」
「あぁ!あいつは全然、ゴミ以下でしたわ。何せ数十回程度で音を上げたくせに○○○まで小さいんですもの。とんだ貧乏くじでしたわ」
「……伝達内容は聞いたのか?」
「何のことですの?」
「「……はぁ」」
呆れ果ててモノも言えないとはこの事だろう。私は思わず額に手を当ててしまう。
「仕方ない。では、改めて伝えよう。今、我々が軍を編成し、来たる戦いに向け備えていることは知っているな?」
「?」
「……そこからか」
マリアは呆れながら、先日起こった深い絶望をもたらす事件を伝える。私たちが仕えるべき主である女王様とその愛し女とされる『キノイル・ヒルディア』様が、【黒隻】カイト・ヒュウガに殺害された。
目の前で愛し女を殺害された女王様は、当然ながら怒りと絶望のまま【黒隻】に挑むも、死体と化した愛し女を盾にされ攻撃できず。そのまま逃亡を許してしまった、という事件。
「…………は?」
「お前の気持ちはよく分かる。我もこの話を聞いた時は怒りで目の前が真っ赤に染まった。なんなら今もその怒りは鎮まるどころか高まる一方だ」
幼さの残る端正な顔立ちを、これでもかと歪めながら怒りに体を震わせるライノ。握りしめた拳からは掌に爪が刺さっているのか、数滴血が滴り落ちる。
正直、あの場面に居合わせた私は今マリアがライノに話している内容が真っ赤な嘘であることは百も承知だ。なんなら怒りに堪えながらライノに語って聞かせているマリアも、実際がどうだったのか知っているのだ。
「……今すぐ殺しに行くのですわ」
「待て」
「何ですの?!ワタクシたちは女王様とあのお方への絶対忠誠を捧げたんですの!!その唯一無二の主を殺されたと言うのに黙っていろとでも言うんですの?!」
「そんなわけがないだろう、だから最初に言った。来たる戦いに向け軍を編成している、と。我らが向かえば確かに片はつくだろう。
しかし、そんな勝利では我らどころか女王様は納得しない。愛し女様が殺された報いは必ず受けさせる。それに生半可な勝利は認められない。圧倒的な力で蹂躙しヤツが生きた痕跡さえも残せないほど醜く、叩き潰さねばならんのだ。
そのために我らは女王様から勅命を受けた。
軍団を指揮し、絶対的なその『神血』の力で以って仇敵を弑せよ、とな」
「……うふ、うふふふふ。そうなんですのね、分かりましたわ。そういうことであれば、ワタクシもやることがありますので、この辺りで失礼致します。あぁ、もし今後何か伝達事項があるのでしたら男はやめてくださいまし。つい手を出してしまいますので」
そう言うとライノは背を向け、会議室から出て行ってしまった。後にはついていけない私と疲れた顔をしたマリアが残る。
「あんな出まかせを伝えていいの?」
「構わん。どうせあやつは詳しいことを調べようとせんしな。それより、女王様の容態はどうだ?」
「まちまちね。正気に戻る時もあるけど、やっぱりあの時の腕の感覚がまだ抜けていないみたい。たまに自らの腕を抱えて泣き狂っているわ」
「ふぅ、あまり侍女を殺されても敵わんのだがな。しかし、それも仕方のないことではあるか。なにせ——」
「ダメよ。どこに耳があるかも分からないんだから。……それよりあなたこそ例の進捗はどうなの?」
「うむ、こちらも芳しくない。すげなく断られてしまったよ」
「そう……。でも、あなたならアレを使わなくとも充分でしょう?」
「だが、あるに越したことはない。『神血』だけではどうも心許なくてな」
「あなたお得意の未来予知?」
「いや、これは純粋な直感だな。【黒隻】は強い。油断はせんほうがいいだろう。それにいざとなれば『誓約の首輪』を使えばいい。【強欲】からの賄賂にもようやく使い所が見つかったのだ」
「あら、契約者なのに酷いことするのね」
「なに、アレも我の性格など見抜いていようよ。それでも我の元にいるのだ。ならば使ってやるのが主人というものだろう?」
マリアは鋭く口角を歪めながら手にした首輪を弄ぶ。その首輪は床に染み付いた血に反射して、妖しく輝いていた。




