第165話 仮想敵
俺は道に従って薄く光る洞窟の中を進む。光が届かないはずの洞窟の中だが、この薄く光る苔のおかげで、なんとか進むことが出来ていた。といっても、俺は“夜目”があるから真っ暗でもそこまで問題は無い。
「ほぉ・・・。これは綺麗だな」
しばらく進むと開けた場所に出た。そこにはこれまで以上に一層光る蒼い苔が壁一面に広がり、その中央にはその光を反射して煌めく湖が広がっていた。
ただ、残念なことにここで争ったあとなのか、瓦礫が所々に散乱している。ここまで進んでくる道にも洞窟が軽く崩れたあとがあったので、この洞窟全体で戦闘があったのかもしれない。
「——ごくっ。ふぅ・・・」
澄み切って透き通っている湖の水で水分補給をする。ここまで湿度の高い場所にいたため、そこまで喉は乾いていないように感じていたが、思いの外、体は水分を欲していたらしい。
それから、しばらく体の汗や汚れを拭き取りながら休息を取る。すっかり体も落ち着きを取り戻したところで改めて俺の黒い右手に握られた長刀を見下ろす。
「やっぱり刀はかっこいいな。俺のうろ覚えの作製じゃここまでの精錬さは発揮できない」
俺は刃紋の優美さや刀身の艶やかさ、切先の淫靡さなど己の持つ刀を隅から隅まで眺める。
一応、こいつが俺の懐に収まるまで使っていた、あの即席の刀も出来は気に入っていた。即席で造ったにしては我ながらいい出来になったし、自分の扱いやすいように製作したため、使い勝手もよかった。
しかし、こうして見比べて見ると、やはりきちんとした刀鍛冶、(おそらく)が造ったものと比べると大きく見劣りしてしまう。
「ふっ、はっ」
俺は握る『久沙薙剣』を正中線にて構え、見様見真似の素振りを行う。だが、“剣術”スキルを有しているためか、割とサマになっていると思われる。
「ひゅ!!はぁっ!!」
そこからさらにこれまでの戦いで身につけた剣技を用いて、刀を振るう。
——仮想敵は【色欲】の魔王。
二度の邂逅を経ていながら、ほとんど敵の素性が探れていない魔王。そして俺の仲間であるラミー、さらにはキノをも手に掛けた因縁の仇敵。
「ふっ!!くっ!ぁあ!!」
知らず、剣速がが上がる。掠った瓦礫を粉々にし、剣圧に触れた水面が弾ける。その度に視界の端をチラつく黒いモヤが踊るように蠢き出す。俺はそれすらも裂かんとさらに刀を握る手に力を込める。
「・・・ダメだ、こんなのじゃ」
刀を振り切った状態で、体が脱力するのに任せて地面に腰をつく。俺は拭ったはずの汗が頬を流れるのを感じながら刀を鞘に戻した。
そして、綺麗な湖に不釣り合いなほどに荒れた周辺を見回す。
「・・・ん?」
すると、瓦礫の隙間から周りにある蒼い苔が放つ光とは別種の光が漏れていることに気づいた。俺は湖のキンキンに冷えた水で濡らした布で体を拭き、急いで支度をする。
荘厳な蒼光に混じるその光は、なぜか俺を強く惹きつけた。
「・・・行くか」
俺はその光を目指して瓦礫を押し除けながら突き進む。崩落しているからか、体を横にしないと通れないほど狭い。しかし、俺は体がその光を欲するまま瓦礫の山を突き進んだ。
それから数分もしないうちに出口が近づく。それにつれてどんどん光も強くなり、自然と口角が上がっていくのを感じる。
光に誘われるまま通路を抜け出た先には、上層でも見た森が広がっていた。しかし、爽快感はあの霧魔の森を遥かに凌駕する。
清廉な空気、森に囀る小鳥の声、木々の隙間から刺す太陽の光。それら全てが俺の来訪を心待ちにしていたかのように感じる。ここまで出てきて、ようやく自分がこれほどまでに外の光を欲していたかに気づいた。
思い返せば、ここまでまともな日の光を浴びてこなかった。もちろん、今浴びているこの光もダンジョンによって出来た、疑似太陽であることは分かっている。それでも嫌気が刺すほど薄暗い場所にしか居なかった俺からすれば、この太陽の光でさえくすんだ魂を浄化していくように感じた。
心なしかここまで視界の端にチラついていた黒いモヤも消えていくように感じる。それに合わせてさっきまで抱えていた刺々しい感情も洗い流されていくようだ。
「いつぶりだ?こんなに気持ちのいい森の中は」
俺は体の赴くまま、森の中を駆ける。するとそこまで森自体は広くないのかすぐに森の果てが見えてきた。それと同時に妙な匂いが鼻につく。
「あっちか・・・」
緩やかに頬を撫でる風の中に、この場には似つかない血生臭い匂いが混ざっている。俺はこの清々しい気分に水を刺す愚か者を一目見ようと、匂いの元を辿る。
すると視界の先に黒く大きな死体が目に入った。
「あれは・・・動物だな。でも、にしてはデカすぎる」
もう少し近づいて見てみると、それは大きな猪と思われる死体だった。俺自身、実際の猪を見たのはこれが初めてだったが、物語やテレビなどで紹介される猪の顔そのものであるため、そこは間違いないだろう。
しかし、その死体が異様だった。
何せ、頭から突き出るツノはそのままに、巨体を支えていたはずの巨木のような足は捻れ、すり潰されており、そして、腹から背中に渡る部分に至っては大きく食い荒らされているのだ。それも一口で。
「どんな巨人が食ったんだよ」
俺は悪態を吐きながら死体を見る。当然、すでに魂も消えており、“全鑑定”を使ってもスキルはおろか名前すら判別できない。しかし、死んでなお放つこの威容は、生前、さぞ強力な魔物だったのだろう。
「ま、いいや。行くか」
一頻り満足した俺は、元来た道を戻る。先程見えた森の先を目指して。
————動かないはずの骸が蠢くのに気づかないまま。




