第160話 最低の遭遇
「......んゅ」
暖かい日差しを浴びてわたしは自然と目が覚める。森の中だからか、暑すぎることはなく、近くに小川もあるおかげでちょうどよく眠れた。
さすがに無警戒で寝ているわけではなかったが、それでも寝る前に貼っていた、音のなる警戒網が鳴らなかったことは大きかった。
「.......お腹すいた」
昨日の段階でわたしの倍ほどもある豚の半分ほどの肉を平らげていたが、それでも朝になれば自然とお腹が空く。わたしは消えて燃えカスになった木々を捨てて、新たな木に火をつけた。
「......魚もいいな」
ここの辺りの木々は水分が多いせいでなかなか火が付きにくいものの、格闘の結果ようやく火をつけられたわたしは、目の前の小川を泳ぐ魚影を見かけてさらにお腹が鳴る。
幸い、昨日小川に入ってからのままのため、ほぼ全裸だった。もちろん、大事なところは隠しているが、それを気にする人目もなかったことから気が緩んでいた。人の気配にさえ気づいていれば、いや、そもそも自分の格好に気をつけていれば防げたはずなのだ。
「........あいつおっきい!」
ザパンッと水しぶきを上げて小川に飛び込む。小川と言ってもわたしの身長より深いその川には、見るだけでも数十種類の魚が泳いでいる。その中でも一際大きな魚影を見つけたわたしは、火を起こしている間に取ることに決めた。
「.....くっ、追いつかない」
かれこれ30分ほど、自分のテリトリーから離れすぎないところでその魚を追いかけ回していたのだが、途中からは捕獲ではなく追いかけっこ、いや泳ぎかけっこになっていた。
というのも、その魚はわたしが追いかけ始めると、最初は驚いて全速力で逃げていたのだが、次第にわたしが追いつかないことに気づいたのか、わたしを煽るように同じ場所をぐるぐるとし始めた。
一応、わたしが狐だからかそこまで泳ぎは得意ではなかったのだが、それなりに泳げるつもりではいた。村にいた時もみんなで川に入って手づから魚を掴み取っていたこともあるくらいだ。
さすがにこの辺りでその魚がただの生物ではなく、魔物であることにも気付いたのだが、生来の負けず嫌いが発動し、ずっと追いかけ回していた。
「........くっそ」
今も水中では疲れて泳げなくなったわたしを尻目にその大きな尾鰭をひらひらと揺らしてわたしを煽ってくる。わたしはその揺れる尻尾から放たれる如何ともし難い誘惑に耐えながら、川の浅瀬で体力を回復させていたところーー。
「なんじゃ、もう終わりなのかの?」
「.......?!」
わたしは突然、後ろから聞こえた声に驚きながらも振り返る。
そこにはどういう原理なのか、仮面の上からくっちくっちゃとわたしの残しておいた豚の肉を焼いて食べる1人の人間がいた。
「......いつからそこに?!」
わたしは驚きのあまり体が固まり、定型文のような問いかけしかできない。そもそも、ここは泳ぎながらでも何度も通っていた。その間、確かに人の気配はなかったのだ。
なんなら今目の前の人物を視界に映していても、存在自体が希薄なのか、目を離した瞬間、見失いそうなほど気配が薄かった。
「ホホ、昨日からなにやら楽しそうなことをしておるでの。気になったから来てみたのじゃが・・・。ふむ、わしはもうちょいふくよかなほうが好みじゃが、お主のその筋肉質な細身の体も悪くはないのう!」
「.......っ!」
わたしは咄嗟に自身の体を抱くようにしゃがみ込む。わたしの顔は羞恥と怒りで燃え上がるほど熱かった。
「ホホホ、その顔を見れただけで、わしには充分じゃの」
そう言うと、謎の人物は焚き火の側から立ち上がり、わたしの服を置いてある簡易テントへと促すように紳士的に振る舞い始めた。
わたしは口も聞かず、真っ先にテントに潜り込み服を着る。そして籠手とレッグガードを装着して、テントから出た瞬間、謎の人物へと蹴りかかった。
「.......記憶を消せ!」
「ホホ!お転婆なお嬢ちゃんじゃ!じゃがなぁ、存外、いいものを見られたし、忘れるのはちともったいないのぉ?」
「......うるさいっ!」
わたしは左から右から上から蹴りと拳と刃を織り混ぜて連撃を加える。顔の前で火の玉の小爆発を、蹴りには氷の刃を、籠手の刃では鋭く断ち切る鎌鼬を振るった。
「ホホ!面白いもんを持っとるのぉ!じゃが使いこなせてはおらんなぁ!」
「.......っ!」
だが、いくら攻撃を加えてもフェイントを織り混ぜての重撃も全ていなされる。それもわたしの体を傷つけないように体に負荷がかからない方向へ逸らされるのだ。
次第に言葉を発する余裕もなくなったわたしは、一刻も早く目の前の人物の首を落とさんと斬りかかった。しかし、その爪の刃はなんの装備もつけていない仮面男の手によって止められた。
「ホホ、そんな怒ることもなかろうて。別に実までは見ておらんじゃろ?」
「........っ!!!!」
わたしは怒りで目の前が赤くなる、というのを初めて経験した。それは目の前の人物への怒りもそうだが、強敵だった豚を倒したことで気が緩んでいた自分に対してもだった。
わたしはその怒りを全て目の前の人物にぶつけるべく、体内の底から無尽蔵とも思えるほど溢れ出るナニカを一点に集約させて膝蹴りを放った。
「........ァア!!!」
「む?!」
ここで初めて謎の仮面男は腕を交差させて防御態勢を取った。しかし、わたしの膝蹴りはそれをも貫通させて、仮面男の体を浮かせる。わたしはその流れのまま、威力を殺さないように回し蹴りを放って仮面男を吹き飛ばした。
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