第159話 不可視の魔刃
「......また変わってる・・・」
わたしは怒りの声を上げながら猪のように地面を掻く豚を穴が開くほど見つめる。思い返せば最初に籠手の刃を突き込んだときもあのような肌の色をしていなかっただろうか。
「ピギュァァァ!!」
「.......!!」
だが、深く考えに落ち込む前に怒りに任せてわたしに向けて突っ込んできた。わたしはまたも頭から転がるように豚の突進を躱す。
そしてわたしの後ろを駆け抜けていったことを確認して、わたしの推測の検証をするため、先ほどと同じくらいの威力の火の玉を豚へとぶつける。
「プン!!」
「......やっぱり」
すると豚はこちらを見ていないにもかかわらず、わたしの放った火の玉が豚の皮膚に触れた瞬間、パシュン、と音を立てて消えた。
そしてゆっくりと振り向く豚は得意げな顔をしている。けれど、先ほどまでのわたしであればそのむかつく顔にも苛立っただろうが、今は全く気にならない。
すると豚はわたしの反応が気に入らなかったのか、再度馬鹿正直に突進の構えをとる。流石に3度目だ、いくらわたしの足が負傷しているからと言って擦りもしない技を連発するのはどうなのだろう、とも思ったが、バカであるならこちらに得だ、と思い直す。
そして、これまた素直に地面を掻いて発進準備を行なっている豚の鼻目掛けて今度はそれなりに威力を高めた風の刃を放つ。
「プギャ!!!」
しかし、それは豚の皮膚に触れた瞬間またも霞と消えた。豚の皮膚の色が薄緑色に変わったのと合わせて。
「.......なるほどね」
「プギュギュギャギャ!!!!」
何度も色んな技を当てられた豚は流石に頭に来たのか地団駄を踏み始め、そのままの勢いでわたしに向けて突進を始めた。わたしはそれを先ほどまでと同様に前転して回避する。
そしてわたしを通過したその後ろから5発の氷の弾丸を豚の背中に向けて放った。それには貫通力と威力を高めるため、カイトから教わった工夫がなされていた。
弾自身には細い彫が螺旋状に刻まれており、先端が鋭く尖っている。そして着弾までの間に自壊しない様に魔力で硬度を上げ、さらに弾自体を高速で回転させた。
「プギャァァァァァ!!!???」
その5発の弾丸が着弾した瞬間、豚はこれまで聞いたことのないような悲鳴を上げる。それはその声を聞くだけで森の木々が揺れるほどの大音声だった。
わたしはその大声に少し怯みながら、痛む足を圧して豚へと走り寄る。痛みで振り返り、わたしを視界に収めた豚の皮膚はすでに薄い青色になっているが、その視界を眩ませるため、わたしはわざと煙が発生しやすい火の玉を豚の顔目掛けてぶつけ、豚の視界からわたしを見えなくさせた。
「ブギュァ?!?!」
そして、わたしは再度、籠手の刃に魔力を流して風の属性を付与する。しかし、実際には刃に風の魔法は備わらず、魔法は発動しないで魔力をそのまま纏っている状態だった。
おそらくここまでに休む暇なく連戦してきたからか、魔力が少なくなっているせいでしっかりと風の属性を付与できなかった。
「.......間に合えっ!」
わたしは魔力欠乏で少しボヤける視界を無視して豚目掛けて刃を首に突き立てる。うまく風の魔法を纏えていれば、このままこの太い首も落とせるはずだが、今はうまくできていない。
「.......はぁ!!!」
わたしは一か八か、力の限り豚の太い首へと刃を差し込む。踏み込んだ左足から嫌な音が聞こえた気がするが、今は1分1秒が惜しい。わたしは自身の体の悲鳴も無視して、そのまま一息に刃を真下へ振り抜いた。
「ピギャァァァァ!!!!」
豚は断末魔の叫びを上げながら、ボトッ、とその大きな首を落として絶命した。太い血管から溢れ出る血液がへたり込んだわたしの体を生暖かく濡らしていく。
「.......勝てた、っう」
わたしはもはや触るだけでも痛みが走る左足へ魔力が回復する端から氷へと変え、足を冷やす。しかし、自身の体を血雨が染めていくのをみて、ここから先に移動することを決めた。
「.......他の魔物が来る前に・・・」
今のわたしは格好の餌だろう。満身創痍な上、魔物の血で濡れている。そして側には他の魔物が欲しがって倒せなかったご馳走があるのだ。狙わない理由がない。
わたしは足の袖を引きちぎって左足に当て、その上から足首を一周する様に氷を貼る。そして左手の刃で豚の首を突き刺して持ち上げ、右手で大きなその体を引っ張りながら、森の獣道を進んだ。
「.......いっ、つぅ」
わたしは開けた場所にあった小川で血で濡れた体と服を洗い流しながら左足をさする。自分で巻いた氷のおかげで腫れは引いたが、まだジンジンとした痛みは残る。今ほど“神聖魔法”が使えないことを悔やんだことはない。
「.......あ、そういえば」
そう嘆いていたが、ふとドルトンにもらった小包を思い出した。そういえばあの中には少しの食料の他に塗り薬やポーションなどが入っていたはず。
わたしは血で濡れた服を洗うのもそこそこに小川を出て小包を探ると、予想通り回復効果のあるポーションを見つけた。
「......ご飯前の方がいい」
わたしは意を決してポーションを一気に飲み干す。まだカイトとミアといる時、何度かポーションを飲んだことがあったが、相も変わらず苦いため、わたしもミアも苦手だった。
それに今はさっき獲得した豚を焼いている途中だったため、食後には飲みたくない。ならば早いうちに飲んでおくしかなかった。
「........ゔぇ」
だが、味の割に効果はお墨付きで、川に浸かったことで冷えた体がポーションのおかげで少し暖まり、ジンジンと痛んでいた足も心なしか和らいで来ていた。
「.......あとはお肉!」
わたしは肉を焼く焚き火に枝を放り込みながらジュワジュワと焼ける豚の匂いを嗅いで幸せに浸る。それに服を乾かしているせいで地肌に当たる風が冷たいが、それも目の前の焚き火が癒してくれる。
やはり元々森に住んでいたためか、森の空気や焚き火の熱など、懐かしいものばかりだった。最初一人になった時はどうしようかとも思ったが、この森に入ってからとんでもない速度でレベルが上がるし、なんならさっき体を洗っているときに気づいたのだが、さらに尻尾が増えていた。
名前:サニア・バードレイ
種族:狐獣人
Lv:649
ステータス:軀力66340
咒力64071
剛撃67312
堅禦64749
閃煌68258
スキル:Up極氷魔法Lv.10 Up閃爪Lv.10 Up瞬動Lv.10 Up狙撃Lv.7 Up硬化耐性Lv.4 Up覇轟Lv.9 Up崩天Lv.5 Up覇墜Lv.10 Up崩撃Lv.7 Up断脚Lv.10 Up剛力Lv.10 Up軀力特自動回復Lv.8 New咒力特自動回復Lv.6
称号:『氷の寵愛』『速の寵愛』『闘技覚者』『力の寵愛』
尻尾はついに9本となり、なぜか体がとても軽くなっている。体力が万全ならどこまでも走っていけるのではないかと思えるほどだった。
「.......焼けた!」
その時、ジュワ、と豚の油が焚き火に落ちる音が鳴り、同時にわたしのお腹も限界を告げる。わたしは堪らず枝に刺している豚の肉にかぶりついた。
「.......今日はもうここで休もう」
わたしは草場の上で横になる。空にはいくつもの星が細かく光っており、遠くでは鳥の鳴き声や魔物同士の喚きあいの声が聞こえる。
結局、火の元の近くで服を乾かしていたのだが、乾き切らなかった。その上、辺りも暗くなってきたので、今回は一度、ここで野宿することに決めた。
幸い、ドルトンは野宿用の小さなテントも入れてくれていたようなので、雨風を凌ぐことはできた。
それにしてもここ数日は色々なことがあった。
カイトたちと逸れたと思いきや、ミアと同じような姿をしたエルフたちと出会い、その後、彼らの助けを得てこの森を進み、連戦の最中、あの得体の知れない銀狐と出会った。
そして最後にはあのよくわからない豚。わたしは“鑑定”スキルを持っていないため、実際のところはどうか分からないが、あの豚はおそらく視界に含めた魔法か自身が食らった魔法の耐性を得る魔物だったのだろう。
その上、素で筋肉が分厚い上肉も厚かったため攻撃が通りにくいときた。けれどその耐性も一度に複数纏うことはできないことが分かった。それからはあの通り、念には念を入れて3種類の魔法を駆使して倒した、というわけだ。
ただ、最後の最後で魔法がうまく纏えなかったことには焦ったが、目で見て耐性を張っているのならば、あの魔力だけを纏う刃は都合が良かった。
そんなことを考えながら徐々に目蓋が重くなってきたわたしは、いつの間にか意識が夢へと旅立っていた。
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