第158話 森の食糧庫
「ブボォァァァ!!!」
「.......くっ!」
わたしは力任せに頭を振り回す豚から距離を取り、体勢を整えるため近くの木に飛び移る。その間に少しでも相手を観察しようと豚を注視するが、やはり豚だからか足は短く遅い。
さらに自分の体の重さに振り回されているのか振り回した頭を制御しきれておらず、フラフラと体を揺らしながらこちらへとのっそり迫ってくる。
だが、先ほどの籠手の感覚を思い出すと、その分厚い肉の壁の奥にはみっちりと詰まった筋肉があった。ここまでそれなりに皮膚の硬い敵もいたが、それらを遥かに凌駕する硬さだった。
「.......どうしよ」
思わず呟くが、ここまで風を纏わせた籠手の刃の鋭さのみで戦ってきたと言っても過言ではないわたしは、早速戦略に困る。
一応、これまで信頼して使ってきた“極氷魔法”や籠手に宿った炎の力などがあるが、せいぜいが刃の補強をする程度の氷や皮膚を焼ける程度の炎では何の意味もない。
もっと熟達すれば中の肉まで燃やせるのだろうが、わたしはそこまで魔力の使い方を覚えていなかった。
「.......できるかな」
だが、考えていても仕方がない、ともうわたしの立つ木のすぐ下まで歩いてきた豚を見て覚悟を決める。
「.......ふっ」
わたしは軽く息を吐いて魔力を籠手に流す。そしてここまで幾度も使ってきた“極氷魔法”で爪の長さを伸ばして強化し、硬度を上げる。それを先ほどよりも薄く鋭い風で覆い切れ味も上げる。
「......これなら」
先程それなりに力を入れて突き込んだ攻撃で少しなら首の肉を切れたのだ。魔力で硬化させ切れ味も上げ、さらに奴の頭上から飛び降りながら重力も味方につければ落とすことは出来ずとも大ダメージにはなるだろう。
「ブビヤォォォォ!!!」
「......はっ!!」
わたしが木から飛んで奴に飛びかかるのと、奴がわたしの立つ木の幹へと頭突きをするのはほぼ同時だった。
「.......くら・・・えっ!」
「ビギャァァァ!!!!」
ドスッという肉を切ったとは思えないほど鈍い音がなり、元の倍ほどまで伸ばした籠手の刃が深く豚の首へと突き刺さる。
「........うぁ!」
しかし、カイトに教えてもらった重力の重要さと自身の体重を乗せて突き刺した一撃は豚の背中へ深く刺さったものの抜けなくなり、豚が暴れた拍子にバキッと氷で作った部分が折れ、そのままわたしは振り落とされてしまった。
「ブビャブビャァァァ!!!」
痛みと驚きからか豚がダンスをするかのように暴れ回る。それも行く先々で頭を木にぶつけ、時には木の幹さえもぶち折るほどの勢いで頭突きを続ける。
「......っ・・・?!」
それを好機と見たわたしは追撃をするために、さっきまでののっそりとした動きから想像できないほど猛烈に動き回る豚へと追いすがる。
そしてタイミングを見計らって、未だ背中に突き刺さる氷の刃へとかかと落とし、武技“覇墜”を浴びせようとした瞬間、狂乱に咲いていた豚の視線が突如像を結び、わたしへと焦点を合わせた。
「プギャァァァァ!!!!」
「.......はぁ・・・くっ!」
その瞬間、ここまで暴れ回っていた勢い全てを使う様に“覇墜”が当たる直前のわたしへ突進を仕掛けてきた。
わたしはそれを避けられないどころか当たりどころによっては重傷を負うと判断し、背中の氷を狙う“覇墜”の軌道を無理やり修正して、突進を仕掛けてくる鼻先を狙う。
しかし、攻撃途中の武技を力技で修正するのは至難の技である上、そもそも出来るかどうかなど完全な思いつきだ。そのためかミシミシッと左足があげてはいけない音を上げる。
「........うぐっ!!」
「ギュァァォォォ!!!!」
その上、不運は重なるのか、タイミングが少しズレたせいで豚の鼻先へと攻撃は当たったもの、わたしの足首が変な方向で当たり、本来曲がらない方向へと曲がってしまった。
けれど、あの体勢から反撃されるのは豚にとっても予想外のことだったらしく、一瞬正気を取り戻した豚の視線は、また狂乱の渦に埋もれ木々へと突進を始める。
わたしは飛びそうになる意識を拾い上げながら、勢いよく飛ばされたのを利用して無事な足で着地する。
「.......痛い」
斬られたような鋭い痛みではなく、体の中に蠢く悍しい鈍い痛みにわたしは思わず泣きそうになる。刀傷などの痛みは強いものの一瞬なため、もうすっかり慣れたのだが、ズグズグと体を蝕むようなこの鈍い痛みはどうしても慣れない。
「......このやろ・・・え?」
わたしは痛む左足を抑えながら八つ当たり気味に睨みつけると、暴れ回る豚の体に異変が起きていることに気付いた。
先ほどまでは普通の豚よりかは幾分か白に近い色でありながら、森に隠れられるようになのかどことなく緑がかった体色をしていた豚が、今はその体をどんどん白みがかった薄い水色へと変貌させていく。
また、不思議なことに背中にあれだけ深々と刺さっていた氷の刃はすでに跡形もなく消えていた。
「ブブブギャギャギャギャァァ!!!」
そしてついに正気を完全に取り戻した豚はわたしを見つけて怒りの雄叫びを上げる。さらに猪の如く地面を掻いて、再度突進の構えを取った。
「......!!」
これをまともに受けては流石にまずい、と危険を悟ったわたしは急いで豚の射線から外れようとするが、思った以上に左足にダメージが入っていたようで少しも満足に動かせない。
それならせめて少しの時間だけでも、と発動し慣れた氷の弾丸を精製し放つ。だが、約5発の氷の弾丸は豚の皮膚に触れた瞬間、パァンッと弾けた。
「.......!?」
「プギャァァァァ!!」
そして豚は目の前で弾けた氷の弾丸など気にも止めず、その体を発進させる。豚はこれまでのことなど児戯かの如く、その体に見合わない速度で迫ってくる。
否が応にも躱さざるを得なくなったわたしは、無様に転がりながら豚の突進を回避する。幸い完全な直線しか走れないことがわたしの命を拾った。
「プギュ!!」
しかし、猛攻は止まず、豚は潰れたカエルのような声を出しながら急制動し、その体を反転させて再度こちらへ突進する準備をし始めた。
「........んのっ!」
わたしは痛む左足を庇いながら立ち上がる。そして少しでも時間を稼ぐため、障害物のある深い森の中へと逃げ込みながら目眩しの要領で炎の玉を豚へとぶつける。
「プギャァァァァ!?」
「.......ん?」
すると豚はここまでの怒りの声とはどこか違う声を上げた。少し気になったわたしはそれなりに太い木の影から豚を覗き見ると、小さな黒い煙から少し白にピンクがかった皮膚とそこから覗いた眼が、わたしへと激怒の視線を投げていた。
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