第157話 仮面佩く闘師
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
わたしは肩で息をしながら額を流れる汗を八つ当たり気味に拭う。というのも、森をもうすぐ抜けられる、というところである1人の男に道を塞がれていた。
ここまですでに何分、いや何時間戦い続けているだろうか。わたしの体力は底をつき、腕も脚にも力がなかなか入りづらい。
「ホホホ。息が上がっているようじゃが、これで終いかの?」
だが、目の前の男は違った。
声は明らかに男の声。そして剽軽な格好をして顔のわからない仮面をしているその男は、わたしと同じくらい動いて攻撃を繰り出しているにもかかわらず、全く疲れた様子がなかった。
「ふっ!」
わたしは相手の言葉には耳を貸さず、筋肉の使い過ぎで固まった脚に喝を入れ、前へと進む。そして仮面の男へ少しでも傷を与えようと左手を振るって炎を纏わせた氷の弾丸を数発放つ。
この籠手のおかげなのか、本来であれば相克するはずの炎と氷が共存して攻撃となす。単純に受ければ火傷と凍傷するほどの攻撃。仮にどちらを掻き消しても相克する属性を一瞬で消せるほどの使い手などそうそういないだろう。
パシュンッ!
しかし、その弾丸は仮面の男に直撃する前に自壊するように弾ける。だが、もう反応もしない。ここまで幾度も見たが、結果は分かっても原理が一切掴めない。
「はぁっ!」
わたしは爪に氷と炎の魔力のみを纏わせて切り掛かり、流れるように風を纏わせた脚で蹴りの連撃を放つ。
「ホホ、威勢はよろしい。鋭さや重さに資質が見える。じゃが、使いこなせてはおらんのう。自らのポテンシャルだけを武器に拳を振るっておるだけで、お主には『技』がない。ほれ、ここ」
「くっ!」
黒の虚な瞳と口に映える白で彩られた仮面を付けた男は説法でも解くようにゆったりと話すが、その声とは裏腹に、わたしの猛攻を柳のように受け流して、果ては掌底で反撃まで放つ。
ここまで幾度となくやらされた一連の動き。不意打ちも正面からの一撃も連撃も全て男の流れるような体術で受け流される。しかし、魔法だけは避けもせず、奇妙な力で掻き消すのだ。
そこに勝機を見出していた私は、男を格闘で攻めつつ隙を見て魔法を放つ、という作戦を決行しようとしているのだが、毎回魔法を放つ直前でこうして何らかの攻撃で無理やり距離を作られ、強制的に仕切り直しされるのだ。
「.......お前はなんなの?なんで邪魔するの?」
「ホホホ。いや何、ワシもちょうど暇をしててな?そんな時にあんなことをしておれば、気になるのも無理ないじゃろう!ホホホ!!」
「.......貴様っ」
わたしの脳裏にこの男に遭遇した時の、声をかけられた時のことがフラッシュバックした。
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「.........あれは・・・」
わたしは森の端に位置する崖から眼下を眺める。そこにはこれまでとは打って変わって見渡す限りの荒野が広がっていた。所々には木々と呼べなくもないものはあるが、基本的には岩と土、そして砂。ここから見るだけでも歩き辛そうだ。
そしてその砂地の中から時折顔を出す。長くクネクネした生き物は地上に顔を出しては潜り、また別の場所から出てきては潜りを繰り返していた。
その側では2つのハサミを持った蟹の縦歩き版のようなやつや三叉の槍を携えた人型の魔物も群れを為して荒野を闊歩している。
「........あそこが次の・・・」
ここまで鬱蒼と生い茂った森をひたすら歩き詰め、景色もへったくれもない場所が続いたからか、景色らしい景色はなくとも情景の違う荒野を見て、感嘆の息を漏らす。
おそらくも何も確実にあそこが次のステージなのだろう。疲れていたからか、もはやここまでとは違って外から次のエリアが見えることに疑問を持つこともなかった。
「........あそこに行くには・・・、あっちしかないか」
地図らしいものもなくひたすら自身の足で踏破してきたわたしは自分の感覚と記憶力のみで、まだ足を踏み入れていない方向へと歩を進める。
「キギャーーーッッ?!」
「.......邪魔」
わたしは木の上から襲ってきた8本の鋭い腕がある、猿とナニカが混じったような魔物を風を纏わせた爪で切り裂く。
ここまで来るのに幾度となく一人で戦い続けてきたからか、これまで以上に自分の体の使い方や魔力の流し方、そしてあのドルトンから貰った籠手とレッグガードの新たな使い方もある程度マスターした。
流す魔力の量や速度によって3種類の魔法が紡げるこの防具。そのどれも威力がとても高いと言えないものばかりではあったが、種類が一つから三つに増えた、というのはそれだけで戦術の幅が広がった。
これまではそれなりにすぐ様々なスキルを覚えられたわたしが唯一魔法だけは“極氷魔法”以外を覚えられなかった。そんな中で一気に二つも使える魔法が増えたのだ。
しかもここまで来るうちに各属性の魔法が発動しうる形式での魔力を流した状態で、しかしながら魔法へと成立はさせず、目には見えない『属性を持った魔力』という形で刃へと纏わせる手法を会得し、わたしは密かに『不可視の魔刃』と呼んでいた。
「.......ふふふ」
ちょっと気に入っていた。
そもそもこれを会得したのは完全な偶然だった。この森にはさまざまな魔物がいる。それは先ほどのような猿もどきから果てはあの流麗で、どこか惨烈な銀狐など。
「.......うぅっ」
未だに思い出すだけでゾクッと悪寒が走る。あの目を合わせるまでもなくわかる狂気的な銀狐は、わたしの戦いに手を出して、すぐにその場を去ったが、わたしはしばらくの間、恐怖で体を動かせなかった。
だが、その中でもとりわけ戦っていて厄介だったのが、わたしの攻撃を受けながら、何故かなかなか倒しきれなかった豚のような魔物。
奴は最初、のっそのっそと歩きながら敵を警戒する様子もなく、かと言って他の魔物のように隙あらば殺す、というような気迫もない魔物だった。一言で言えばカモ、この森における弱肉となる存在なのだろう。
レベルも技術も足りなかったわたしはとりあえずレベル上げのため、そして今後の食事確保のためその豚を狩ることにした。
しかし、これが厄介だった。
そもそもあの時気づくべきだったのだが、奴の周りにはわたしより強い魔物が何匹かいた。ここまでなんとかギリギリの攻防ともらった防具の力でなんとか勝てたような奴らだ。
普通ならそんな奴らが、丸々と太り捕まえればごちそう間違いなしの豚を逃すはずがないのだ。しかし、現実として誰もがその豚を目に留めるものの襲いはしなかった。その理由を考えるべきだったのだ。
だが、力不足へと苛立ちと肉への捕食欲、そしてレベル上げへの焦りが内包したわたしは意気揚々と豚の後ろへ回り込みその太い首に、風を纏わせ威力と切れ味をあげた爪を突き込んだ。
「ブモゥォォォォァァァ!!!!」
「.......えっ?!」
だが、刀の3分の1ほどもある刃が付いたわたしの籠手はその先数センチも刺さらず、首を振り回した豚に弾かれてしまった。
「ブヒィィンモゥゥゥゥ!!!!」
「.......くっ!」
首を振り回しながらそのまま顔を打ち付けてくる豚から一歩引いたわたしは仕止めきれなかった後悔を後にして本格的な戦闘へと入った。
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