第156話 其を謳うは
薄暗い階段を下ること数時間、この間に2つの部屋があり、そこで一つずつ石版を入手した。それぞれの部屋では、同じような形の台座が違った形でパズルを挑んできた。
一つは壁一面に描かれた、最初の部屋にあった絵画と同じものがばらばらではめられたもの。それを正しい形に直すというもの。最初は苦労したが、竜と思われるものが完成するや否や加速度的に難易度は下がりそこまで時間はかからずクリアできた。
そしてもう一つは真っ暗な部屋でひたすら襲ってくるナニカを退けるというもの。これもミユの“予知”スキルのおかげで難なくクリアすることができた。
「これで4つめ、かな」
「そうですね・・・。一体いくつあるのか・・・」
私たちの目の前にはここまで何度も見た石でできた無骨な扉。その中にはこれまでと同じように部屋に見合わない小さな台座が立ってるのだろう。
「それにしても、これどう言う意味なんだろう?」
「続いてそうで続いてませんね・・・」
ここまでに獲得した石版に書かれていた文字はこんな感じだ。
『其は全てを有し、全てを放棄した強欲なりし傲慢なる魔』
『其は饗なる暴食を尊び、淫なる色欲を導き、懶なる怠惰を弄ぶ』
何かを指し示していることは分かるが、それが何かまでは分からない。私たちは頭を悩ませながら次の扉を開いた。
「待ってたよ」
「?!」
「あーそんなに構えないで!ごめんごめん、そこまで驚くとは思わなかったんだ」
「あなたは・・・」
扉を開けた瞬間に聞こえた声に驚きつつも私たちは咄嗟に戦闘態勢を取る。しかし、慌てたように制止を促す声は知っている声だった。
「確かレジギ○ス!」
「違うよ!レティクル・ヴァイス!最初と最後しか合ってないじゃないか!それになんか短いし!ボクそんなに大きくも遅くもないよ?!」
「え、何言ってんの?」
「ひどい!ボクも分かんないよ!」
「そんなことはどうでもいいんです。それよりもあなたはなぜここに?」
「うぅ・・・。どうでもいいだなんて・・・」
瞳以外総てが白いその人物はもじもじと地面に指を立てる。その姿はとても哀愁漂うものだったが、今重要なのはそんなことではない。
「ま、いいや。で、ボクがここにいる理由だっけ?まぁいろいろあるのさ。悪いけどあまり詮索はしないでほしいかな。・・・君たちに協力できなくなってしまう」
「「・・・!」」
狭い部屋の中に突然、身を潰すかのような圧迫感が迫る。それは紛れもなく強者の圧力で目の前の人物から放たれていた。
「冗談だよ!今回は君たちに朗報があって来たんだ!そういえばカイトくんとサニアちゃんがいないね?」
「彼らとは上層階で逸れてしまいました。今は彼らに会うため、別々にダンジョンを攻略しているところです」
「なるほどね、だからこっちのルートにいるのか・・・」
「というと?」
「うん?分かってきてたわけではないのかい?こっちは通称レッドルートと言って、普通のダンジョンより難易度が高いものになってるんだよ」
「そんな・・・」
「あ、でも安心して!カイトくんもサニアちゃんも生きてるからさ!それに・・・、とこれは言い過ぎかな」
「なんで!そこまで言ったならいいじゃん!教えてよ!」
「だーめ。・・・うーん、でも何も言わないのも可愛そうかな。じゃあ最後にひとつだけ教えてあげよう!なんでもいいよ!・・・あ、さっきのこととボクのこと以外ね!」
「なんでもじゃないじゃん・・・」
「そうですね・・・」
いまだミユとヴァイスは舌戦?を繰り広げているが、そのやり取りに私は口を挟まず、頭を悩ませる。
(1番知りたかった生存確認はできた)
カイトとサニア、逸れた2人が生きていることを知れたのはとても大きい。この先のダンジョン攻略へのモチベーションが変わってくる。
であれば、次の優先順位だが、個人的に気になるのは3点。一つはここが何階層なのか、二つ目がここまでで出会ったあの銀狐が何者なのか。そして最後が彼の言っていた“スキル統合”を有する敵について。
一つ目は現在地を把握することは探索において非常に重要だ。自分がどれだけ進んだか、あとどれほどの道のりがあるのかが分かるのと分からないのとでは心の持ち様に天と地の差がある。
二つ目に関しては、単純な興味。ただ、知ってしまうと後に戻れなくなりそうなのが厄介だ。もし、私の推測が当たらずとも掠っていれば、そしてそれが確信になってしまったら自分は生きていけるのだろうか、という不安もある。
そして三つ目はカイトと合流した時の情報源として・・・。
(いえ、待って?!なぜ、私はさも当然のように彼の言うカイトさんとサニアさんが生きている、と言ったことを信じているの?!)
その瞬間、途端に頭の中にいくつもの疑問が生まれる。まず、私たちが進んできた道のり、そしてルートの名称、まるで先読みや未来を知っているかのように私たちの前に現れた彼。それに見てきたかのように彼らの安否を語るその姿。
だが、質問は一つと言った。それが今思い浮かんだなぜカイト達の安否を知っているか、というものも質問の一つに含まれるのではないか、という不安が先行して声を出せない。
「ひとつだけじゃ足りないって顔してるね。いーよ!今回は出血大サービスさ。もともと君たちには外の情報を少し伝えに来ただけだけど、これも何かの縁さ。あともう一つだけ答えてあげよう」
私の心の中を読むように提案するヴァイス。これで一つは聞く情報が決まった。あとはもう一つだが・・・。
「ミユさん、何か彼に聞いておきたいことはありますか?」
「え?うーん・・・。このダンジョンについて、とかかな?」
「え、そ、それは・・・」
「何?これも答えられないの?なんでも答えるって言ったくせに・・・」
「うーん、そうだね。答えるって言ったし言うか。・・・それくらいなら大丈夫でしょ」
最後にヴァイスがボソッと呟いた言葉は聞こえなかったが、そこから訥々と話された内容は驚きしかなかった。
まず、今私たちがいる階層は66階層に位置するらしい。というのもこの先はもはやダンジョンというよりかは一つの国なのだとか。ヴァイスもこの中がダンジョンであることは間違いないため便宜上は階層と呼んでいるが、もはや特に意味はないらしい。
というのも、ここまでは縦に繋がっていたため『階層』という表現が的確だったが、今は『エリア』としたほうが表現しやすいらしい。
なぜなら、この地は昔たしかにいくつかの国だったのだとか。それが数えるのも億劫になる程昔にこのダンジョンに飲み込まれた。そうして幾年月が経過し、今のSランクダンジョンへと変貌したらしい。
ちなみにさらっと私の聞きたかった現在地を教えてくれた。さらにカイトがいるのが56階層、サニアがいるのが78階層であることもわかった。
「サニアは結構先に言ってるんだね・・・」
「では、私から。なぜあなたは彼らの所在地やこの土地の歴史、それから“スキル統合”なるスキルを有する者がいることをご存知なのですか?」
「うわぁお、纏めてきたね。一個じゃないじゃん。ま、いっか」
少し賭けだったが、特に深く反応することもなく語ってくれた。まず、カイトたちの居場所がわかることに関しては、単純に彼の能力であるとのこと。それ以上は流石に教えてくれなかった。
そして歴史に関しては方々を渡り歩いている最中に聞き及んだらしい。それは“スキル統合”に関しても同様。
「ですが、あなたは以前カイトさんにこの場所を教えた時にーー」
「じゃあ君たちの質問にも答えたことだし、ボクの用件を伝えるよ!」
私が重ねて聞こうとした途端、無理やり話題を変える。これ以上は答えない、という意思表示だろう。
「【色欲】が動き始めた。黒髪の男を片っ端から探してる。同時に戦の用意もしてるときた。これはもうカイトくんとの戦いではなく、蹂躙を望んでるね」
ヴァイスは至極真面目な声で外の世界の情報を語る。私たちは動揺を隠しきれなかった。外を疎かにしているつもりはなかったが、まさか戦争の準備までしているとは予想出来なかった。
「それじゃ、ボクは要件を伝えたからこれで失礼するよ!また会える日を楽しみにしてるよ。あ!カイトくんによろしく言っといて!今ちょっと会えないからさ!じゃね!」
「あっ!まっ・・・。消えてしまいましたか・・・」
そう言って逃げるようにヴァイスはその身を白い光に溶かした。聞きたかったことはまだあったのだが、無理やりはぐらかされてしまった。
「・・・あれ?これテミスさん・・・」
するとミユが何かを見つけたように台座へ近づく。するとそこには無理やり外されたように縁が削れている石版があった。
「これは・・・」
まさかと思い台座の下にある簡易的な扉を開くと、そこには鍵のない縁から無理やり外されたようにボロボロの傷跡がついた外郭があった。そこは今もなお何かに侵されるように白い煙をプスプスと上げている。
「なぜ・・・?」
ますます疑問しか湧かない。私たちの求めていたものを把握していたのだろうか。確かに先ほどまでの話を聞いているとその可能性も否定できなくはないが、何せ理由が不明だ。
「まぁいいじゃん!もらえるものはもらっとこ?」
「うーん・・・」
私はいまいち腑に落ちず、また最初の時のように何かが現れないかとヒヤヒヤしながら辺りを見回す。しかし、周りには死体や瓦礫の一つもなく、争った形跡がひとつもなかった。
「なんで書いてあるの?」
「そうですね・・・」
私はもう見慣れた文字で書かれた石版を見る。今この時ばかりは能天気なミユが羨ましい。私の頭には確証の薄い疑念や推測が浮かんでは消える。
「えーと、・・・『其は天下を満ちる憤怒で覆い、枯れぬ嫉妬で燒いた』ですかね」
「また繋がらないなぁ」
ミユはうんうんと唸っているが、繋がっていないように見えて文の形状は似通っている。その点から言えば繋がっていなくもないと言えるだろう。
するとガチャと何かが外れる音とともにギギッと入ってきた扉が軽く開いた。
「これで謎解き出来たってこと?」
「おそらくは・・・」
私たちはなんだかモヤモヤが晴れないまま、石版を持ってさらに階段を降りていった。
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