第155話 過去より受け継がれるもの
「ん・・・」
「あ!テミスさん?!うちが分かる?!」
「ミユ・・・さん?」
「!!よかったぁ・・・」
私の顔を見て安心しきったように胸を撫で下ろすミユ。私はその側で毛布の上に寝かされていた。
「ここは・・・」
「あ!まだ無理しないで!寝てて!」
私はジクジクと痛む頭を押さえながら体を起こす。周りは見覚えのあるあのスケルトンが襲ってきた部屋だった。ミユは焦ったように私を毛布へと押し戻す。
「テミスさん、何があったか覚えてる?」
「・・・えっと、あのスケルトンが合体して、それで・・・」
「テミスさんがなんか新しい技使って倒したと思ったらそのまま倒れたんだよ!」
そうだった。あの戦いでは、ずっと戦っている私を上から俯瞰しているような感じだった。そして最後は体の内から溢れるような魔力を吐き出したくなり、私はそれを槍の形として放出した。
その瞬間、まるで体の中から全て流れ出してしまったかのように引き戻され、気づけば今のように寝転がっていた。
「そう、でしたね。ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですよ、少し魔力を使いすぎたみたいです」
「ほんと?無理してない?」
「はい、それにあまりゆっくりもしていられませんから」
「でも、それでテミスさんが体壊してたら意味ないでしょ?!」
「そうですね」
ふふ、と思わず吹き出してしまう。私は私以上の自分のことを心配してくれるミユに肩を借りながら起き上がった。確かにミユの言う通り、焦った結果、自分を壊してしまっては意味がない。もしかすると今回の出来事はその予兆だったのかもしれない、と益体のないことを考えてしまう。
「そういえば、私はどれくらい眠ってました?」
「そんなでもないよ、だいたい30分くらいかな」
「そうですか」
私は未だ力が入らない体に喝を入れながら、辺りを見回し、スケルトンが消えてから何か変わった箇所がないか確かめていた。
すると、ミユが徐に何かを手渡してきた。
「テミスさん、そういえばテミスさんが倒れてからしばらくしたらこの台座からコレが出てきたんだよね」
そう言って手渡してきたものを受け取ってみると、なんとあの石版だった。大きさは掌を二つくっつけたほどで厚さは指の第一関節ほど。重さは思ったよりも軽かった。
「やはりあのスケルトンがキーだったのでしょうか?・・・いや台座に備えられた緊急事態対策でしょうね・・・」
「う・・・」
私は八つ当たり気味に台座に攻撃をしたミユをジトー、と横目で見る。ミユはバツが悪そうな顔でスッと視線を逸らした。
それを見てはぁ、と息をつく。終わったことを言っても仕方がない。それに最終的には私も助けられたのだ。あまりミユばかりを責めるわけにもいかないだろう。
「あれ・・・?これはいったい・・・」
私は受け取った石版をバッグにしまおうとしたところ、裏に何か描かれていることに気がついた。先ほどまで持っていた面を表面とするならば、だが。
ちなみにその表面には絵も文字も何一つ描かれておらず、台座にはまっていた時にも一切描かれていなかった。
「文字・・・かな?」
「そうですね、おそらくこれは伝承文字ですね」
「伝承文字?」
「はい」
伝承文字とは、簡単に言ってしまえば古くから伝わる物語に使われる文字だ。実際に昔もこの言葉が使われていたかは不明だが、普段、私たちが話している言葉とは若干、文法や言い回し、言葉も違ってくる。
そしてその文字は物語や伝記、歴史書など、他者に伝えることを目的とされた書物に多く見られたことから伝えるための文字、つまり伝承文字と言われる様になったらしい。
「へぇ、ちなみにそれはテミスさん読める?」
「はい、読めますよ。何せ父がこう言った本を読むのが好きでしたからね。昔は教えてもらいながら読みました」
「そっかぁ。いーなぁ、お父さん」
「えっと・・・ミユさんは・・・」
私はもしやまずいことを言ってしまったかもしれない、とミユの顔を覗き見る。
「あ!いや、私もお父さんはいたよ!さっき話したでしょ!・・・けど、仲良くはなかったからさ。毎日毎日稽古ばっかりで辞めたいっていっても全然やめてくれなかったんだ。『女であるだけですでに男より不利なのだから、何千倍も修行しろ』ってよく言われてた」
「それは、なんというか・・・」
「あはは、ひどいよねぇ。昔はほんとにお父さんが嫌いだったんだ。男尊女卑にも程があるよねー。けど、今はそれがあったからこうしていろんな武術を使えるのかなぁなんて思うと、あの日々も悪くないのかなって思ってさ」
「そうなんですね。でも、私もよく言われていました。普段はそうでもなかったんですが、修行になると厳しくて。私が立てなくなっても『隙を見せるな』って攻撃してくるんです。ひどくないですか?」
私たちは互いの父親の話で笑い合う。けれどだからこそあの日々が美しく、胸に刺さる。
「でも、今はもう父は・・・」
「・・・うん、聞いた。悪魔族のせいで・・・」
「えぇ、村のみんなも・・・。あれ、ミユさん。お父さんがいたって・・・」
「うん。私もね、こっちに来る少し前にお父さん亡くしてるんだ。交通事故だった」
ミユは自らの父の死に際を語る。
それは例年に比べて珍しく土砂降りの日だったらしい。ミユは『こうこうせい』で『こうこう』というところから帰る途中だったそうだ。
その日もミユはいつもと変わらず友達と談笑しながら帰宅していた。その日はいつもより雨が強いくらいで普段と変わらない日常が続くものだと思っていた。
母から泣き腫らした声の電話を取るまでは。
「お母さんはね、お父さんにはもったいないくらい優しい人で、お父さんに泣かされた日はずっとお母さんの膝に抱きついてた。それをお母さんは優しい声で『よしよし、あなたは強い子だよ』って慰めてくれるんだ。それにお父さんが帰ってくるとその優しい声音でお父さんを叱るから、お父さんもしょんぼりしてうちに謝るの。だから家の中ではお母さんが1番強かった。そんなお母さんがうちは大好きだった。お母さんの泣いたところなんて、慌てたところなんて一度も見たことなかったの」
けれど、その日は違った。
初めて聞く声に驚いたミユは母に言われるがまま『びょういん』と呼ばれる治療を一手に引き受ける施設に向かった。
「けど、もう遅かった。というか、即死だったんだって。死因は交通事故。よそ見運転してた車に突っ込まれた。けど、普通なら当たるはずがなかったんだよ。だって他に犠牲者はいなかったんだもん。それならうちより圧倒的に身体能力の高い、それも筋肉を動かせるような人がよそ見運転の車を避けられないはずがないんだよ」
だって、刃物で刺されても平気な人なんだよ?と笑うミユ。確かに以前聞いた話から推測するに相当強い人物だったのだろう、と予測がつく。
けれど、その後に続く言葉を聞いて納得した。してしまった。
「その車が突っ込んだ先にはね、『かっぱ』ていう雨を凌ぐ服を着た小さな姉弟が、2人手を繋いで歩いてたんだって。2人のもう片方の手にはケーキと買い物袋があったって」
ミユは思い馳せるように遠くを見る。
「それを聞いてさ、あぁ、お父さんらしいや。って思ったの。前話した刺された時のやつもね、最初はうちが狙われたんだ。それをお父さんが庇ってくれたの。あの時、それをふと思い出してさ。悲しいはずなのに涙が出なくて、なぜか誇らしくなって笑っちゃったんだ。最低だよね」
ミユは自虐するように嗤う。場所も悪かったらしい。父が目の前で眠る病室で、家族も、そして声を上げて泣く母もいる前だったそうだ。
「それからはもう酷かった。お母さんは人が変わったみたいに荒んで、うちの顔を見るなり物を投げてきたり罵声を浴びせてきたり。他の兄弟もそこまでじゃなくても無視されたりね」
「そんな・・・」
ミユがそんなつもりで笑ったわけではないのに、それが分かるのに何も声をかけられない。こういう時に彼女の背負っているものを少しでも軽くさせられる言葉を言えないのがもどかしい。
「でも、そのすぐ後にこっちの世界に来たからある意味ちょうど良かったのかも。ごめんね、話だいぶ逸れちゃった。それにはなんて書いてあるの?」
ミユは努めて空気が悲しくならないように笑顔で明るく振る舞う。私はそれが無性に愛おしくなり、ついミユを抱きしめてしまった。
「ちょ?!テミスさん?!」
「私は、私たちは味方ですから」
「・・・うん」
私たちはしばらく、気が済むまで2人して互いを慰めるように抱き合った。
「またここを降りるんですね・・・」
「降りないと始まらないでしょ〜。ほら行くよ、テミスさん!」
私たちはスケルトンの部屋から出てさらに下へと続く階段を降りていく。部屋の開放条件だと思われる石版を手にしたからか、すでにあの部屋の扉は開いていた。
ちなみに石版にはここ書かれていた。
『其は地を削り、空を闢く天上の獣。古来より連綿と続く全にして一の系譜』
書かれていたのはこれだけ。他にも書かれていないか隈なく探したのだが、長文で書かれていた割に訳してみるとこの程度の内容だった。
「でも、これなんか続きありそうだよね」
「はい、それは私も思いました。もしかするとこの先にもこのような石版があるのかもしれません」
「そっかぁ、だとするとやっぱり集めた方がいいのかな?」
「うーん、集めた方がいい気はしますね」
「やっぱそうだよねー。うちの直感も集めた方がいいって言ってるし」
そう話しながら私たちは螺旋状の階段を降りていく。下層の暗闇の中で朧げに揺らめく炎が私たちの行き先を暗示するかのように灯っていた。
ブクマと感想、YouTubeのチャンネル登録よろしくね!




