第152話 螺旋織りなす骨を語れ
「何だったんでしょう?今の・・・」
「さぁ・・・」
私たちはすらりとした美しい体躯を備えた銀に煌く狐が消えていった森の奥を眺める。その奥で何かの叫び声が聞こえたが、何があったのだろうか。
それにしても未だに私は身体中を走る悪寒が止まらない。ミユもぶるりと肩を震わせていることから彼女も同じなのだろう。彼の魔物がこちらへ向けた敵意は一瞬だけだったが、その一瞬で死を覚悟した。
ここまで危険な場面はいくつもあったが、生を投げ出したのはこれが初めてだった。命を自ら諦めたのだ。あれ以上敵意を向けられていたら私は自ら首を掻き切っていたかもしれない。
「ミユさん・・・」
「うん、忘れよう。うちもあんまり思い出したくない」
私たちは出来るだけ気分を切り替えて、次に進む階層のことに意識を傾ける。これ以上彼の魔物について考えていると、気がおかしくなりそうだった。
「ここから下行けるかな?」
「行けそうですけど、けっこう高いですよ?」
彼の魔物が現れた地面の穴を覗き見る。その下には地面がうっすらと見える。おそらくなんらかの部屋のような形をしているようだ。そしてその部屋の中心から少し外れた位置に、おそらく下へと続く、周りより一層濃い暗闇が固まっている。
地面は見えるが、推定でも10メルほどあるだろうか。飛び降りられないこともないが、飛び降りるには勇気のいる高さだ。
「そうだけど・・・この穴、どんどん閉じていってるよ?」
言われて見るとダンジョン特有の機能である壁や床の自動修復機能が働いており、その穴は徐々に塞がっていっていた。
「くっ、迷っている暇はありませんか・・・っ」
「先行ってるよ!・・・ほっ!」
「ミユさん?!」
そう言ってミユは軽く穴の中に飛び込んでいった。結構高いのだが、怖くないのだろうか・・・。だが、そんなことも言ってられない。
「ぅぅぅっ!えいっ!!・・・いやぁぁぁぁ!!」
私は深く深呼吸をして気持ちを整え、飛び込む。流石に下を見ていると飛べないので目を瞑った、が、どれくらい飛べばいいか分からずすぐに目を開いてしまう。その瞬間、近づく地面が怖すぎて思わず叫んでしまい、また目を瞑ってしまう。
「よっと」
「・・・あ、ミ、ミユさん。ありがとう、ございます」
「いいってことよ。そんなに怖かった?顔真っ赤だよ?」
「も、もう!!そうですよ!怖かったですよ!」
「怒んないでよぅ」
プリプリしながら私はミユの腕から抜け出る。タイミングよくなのかそれとも最初から考えていたのかは分からないが、着地の際にミユが私を受け止めてくれた。
結構な高さから人1人が落ちてくる時の衝撃は相当なものだと思うのだが、そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。けれど不格好な私の姿を見られるのが恥ずかしすぎて、つい柄にも無く悪態をついてしまう。
「それにしてもここはどういったエリアなんでしょう?」
「うーん、敵も見当たらないよねー」
私は話題を切り替えるために辺りを見回す。部屋の中は薄暗いが、入ってみると周りが全く見えないほどではない。
そして、先ほど上から見た際に見えた一層暗闇が濃かった場所には下へと続く階段があった。だが、その階段はこれまでとは様子が違い、螺旋状に渦を巻いている。
「これ、螺旋階段だね」
「そのままですね・・・。でも、これまでと違いますけど、大丈夫ですかね?」
「いや、階段にも種類があるだけで、特に何かあるわけじゃないと思うけど・・・」
私もミユも歯切れが悪くなる。というのもただ、階段の形状が違うだけではなく、その長さがとてつもなく長いのだ。
先はどの部屋は暗くはあるものの周りを見ることはできた。しかし、この螺旋階段の下は全く見通せない。しかも、階段といってもその大きさはこれまでの比ではなく、この部屋と同じくらいの幅の中にこれでもかと広げた螺旋階段がひたすら下へと続いているのだ。
まさしくこの螺旋階段こそが次なるエリアと言われても納得できる。
「とりあえず降りてみよ」
「そ、そうですね。それしかないですよね・・・」
「・・・・・・・・・」
「な、なんですか?」
「もしかしてさ、テミスさんって高所恐怖症?」
「な、なんですか?それ。初めて聞きましたよ」
私は初めて聞く言葉に首を傾げる。ただ、意味はそのままなのだろうが、なんとなく認めるのは勇気が必要だった。
「そのまんまの意味だよ?高いところが苦手な人のことを言うの」
「ち、違いますよ。何言ってるんですか」
「えー、そうかなぁ?」
「そうですよ!ほら早く先に進んでください!」
「え、うちが先なの?まぁいいけどさ」
そう言いながらミユはニマニマと笑いながら階段を降りる。ちらちらとこちらを振り返りながら。
「こっち見なくていいですから!」
「はぁーい」
私は左右を見ないようにミユの後頭部をひたすら凝視する。ふとした拍子に左右を見て下を見たくないからだ。なぜか下を見ていると体が吸い込まれるような、何故かこの下までふわっと飛ばなければならないような、そんな感覚に陥るのだ。
自分の体に力を入れていないと制御ができないのが恐ろしすぎて、自分の身に起きていることなのに、未だに信じられない。今までこんな経験はなかったのだ。それこそここまで高い位置に来ることすらなかったくらいだ。
それからどれほど経過しただろうか。数秒にも数時間にも感じられる螺旋階段を降りていると、一つの扉を見つけた。だが、その扉の側にはこれまでと同じく下へと続く螺旋階段がまた伸びている。
「どうする?テミスさん」
「そうですね、一度中に入ってみましょう。何か有用なものがあるかもしれませんし」
「単にこれ以上階段に居たくなーー」
「ミユさん?」
「よしいきましょー!!!!」
私はここまでとは打って変わって何の変哲もなく、通常使われているような石の扉を押して開く。
「うっ」
「まぶし!」
するとここまでの部屋よりかは少し狭く感じるもののそれなりに広い部屋に出た。しかし、そこはここまで暗いところに慣れた目には些か苦しいほど明るく、部屋の中央には私たちの腰の高さほどの、石でできた台座が立てられてあった。
「他には・・・、パッと目につくものは無いですね」
「そうだねぇ、となると逆にこれがすごい怪しく感じるんだけど・・・」
ミユが中央に立てられた台座を指差す。確かにミユの言う通り、あまりにも何もなさすぎてこの台座が罠なのか。もういっそそれら全て飛び越えて罠なんか何もなかったという可能性なのか。
「あ!そういや、今テミスさん“鑑定”使えるんだよね?一回、あの石像を“鑑定”してみてくれない?」
「あ、確かに!それはいい考えですね!早速やってみます」
私は片眼鏡に魔力を流して起動する。基本的には必要な時以外はかけているだけなのだが、使うときはこうして魔力を流せば、片眼鏡をかけた方の目に映るものは基本的にすべて鑑定する。
その場合、脳に入ってくる情報量が多すぎて頭がパンクしてしまう。そのため、普段は魔力を流さず、必要な時に必要なだけ流すようにしているのだ。
「何か見えた?テミスさん」
片眼鏡に流した魔力を用いて部屋、天井、そして目の前にある台座を調べる。すると部屋、天井には何も反応はなかったが、案の定台座には反応があった。
「なるほど、どうやらこの台座に嵌められている石板を取り出さなくてはいけないみたいですね」
「え、取り出すの?罠とか大丈夫だった?」
「はい、調べた様子では罠の類は仕掛けられていないみたいですね。ただ、台座から石板を外すために何かしないといけないみたいですが・・・」
「何かって?」
「それが書いてないんですよね・・・」
そう、この片眼鏡で台座を調べたところ台座に組み込まれている石板を獲得すればいい、とは書いてあるのだが、その石板の取り方、それからどこにあるかまでは書いていない。
また、ご丁寧なことに『破壊不可』と書いてある。試して見なければしょうがないが、本当に破壊できないのなら、ノーヒントでその祠にある石板を持っていく方法を考えなくてはならない。
「でも、ここでいろいろ言っててもしょうがないし、罠がないなら地道に探すしかないかなぁ」
「そうですね、運良く部屋を探すのではなく台座から探せばいいですからね」
「そうそう!!」
私たちは早速この台座のどこかに埋め込まれているであろう石版を探し始めた。
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