第147話 八岐大蛇『後編』
ごめんなさい!ちょっと遅れました!ぜひどうぞ〜!
「いったい・・・何が・・・?」
俺は虚な意識のまま辺りを見回す。一面には白い炎が所々で残っており、壁や床を舐めるように燃えている。
確かに俺はこの白い炎に焼け殺された筈だ。だが、体のどこを探っても傷一つ見当たらない。
いや、違うところは一つだけあった。
俺の体の一部が昏い闇に覆われていた。右脇腹、左胸、左足、それから左肩。全体的に左側の傷が多かったらしい。
「守ってくれたのか・・・?」
俺は思わず声に出してしまう。俺がこの闇を出した覚えはない。そもそもこの力の使い方さえ不明なのだ。まだ、自分の意思では使用することもままならない。
そんな『闇』があたかも俺を守るように絡みついている。恐る恐る、それに触れてみると確かにジクジクとした鈍い痛みが走る。ならば、やはりそこに傷口があるのだろう。
「にしても、とんでもないな。たぶん原理的には同じようなものなんだろうが・・・、まさか自分で食らうとは」
俺は目の前で白い炎に覆われているヘビの塊を見る。さすがに自慢の堅牢な鱗でもダメージは免れなかったらしく、今はまた回復に専念しているのか丸まったまま動く気配がない。
「ま、それはこっちとしてもありがたいが・・・くっ」
闇が傷を覆っているから少しは回復しているかと思ったが、そうでもないらしい。立ち上がろうとすると痛みが走るし、力も入らない。そのため、さらに“自己再生”を使って傷を回復させた。
「でも、考えてみればおかしくないか?」
最初は『闇』が俺を守って行くれたのかと思っていたが、考えてみるとそれはおかしい。なぜなら守ってくれたならこの『闇』の下に傷などないはずだからだ。
もし、単にあのヤマタノオロチの攻撃に耐えきれず受けた傷なら分からなくもないが、なら多少なりとも他の場所に傷が残っているはずだろう。だが、この『闇』で覆われているところ以外には、一切の傷がない。
先ほどのあのヤマタノオロチの攻撃は生身で耐えられるような生易しい技ではなかった。意識が飛ぶよりも先に体が蒸発するあの感覚。血が煮えたぎり、俺という肉体を構成する全てが崩壊していくようなあの感覚は確かに俺の体に残っている。
疑問に思った俺は、何か可能性がある方法を考えた、といってもすぐに答えだろう、と思われる可能性を思いついたが。
ーー“身代わり”。
スキルレベルの数だけ致命傷を無かったことにするスキル。正確にはこのスキルが肩代わりをしてくれるというもので、原理はよくわかっていない。
インターバルに1年が必要というぶっ飛んだスキルだが、“あんな窮地以上の窮地を凌ぐ手段など、これしかないだろう。
おそらく意識がなくなるより先に体が崩壊したせいで、『死』ではなく『致命傷』と捉えられたのか。
もし、早々に意識を失うような、いやもっと言えば一瞬で俺の存在自体を消し去るような攻撃であれば今の一撃で死んでいたかもしれないのだ。
そう考えるとゾッとした。
「ギィグゥゥゥルルル」
「ちっ!もう起きやがったのか!」
ボロボロと未だ白い炎に舐められる鱗を落としながらヤマタノオロチが身動ぎをする。体の隙間から、息のある俺を睨みつける紅い瞳が見えた。
俺は急いで他の傷を癒そうと“自己再生”をするが、“身代わり”や闇に持っていかれたのか魔力がほとんど残っていないせいで、まともに傷が回復しない。
そうこうしているうちにヤマタノオロチは回復を完了させたらしく、その巨体をのっそりと持ち上げた。
「ギャラァァァァァァァァ!!!!」
8本の首が同時に吠える。その声だけでそこらの人間は殺せそうな雰囲気だ。そこには隠しきれない怒りの声音が溢れんばかりに込められていた。
「こっちはまだ回復してねぇってのに・・・!ちっ!」
俺は脇腹を押さえながら自身の得物を探す。だが、周りを探しても見覚えのある刀はなかった。そりゃそうだ。あの高音の中に晒されて無事なはずがない。特殊な素材でできているわけでもないのだ。考えてみれば当然だった。
「ちっ!どうすれば・・・」
いよいよ後がなくなった。得物はなく、魔法で闘おうにも魔力も素寒貧。現在進行形で魔力は回復し続けてはいるが、あの巨体に通用するような魔法を放つには程遠い。
あと数時間もすれば魔法の一発も放てるだろうが、あの怒りに侵されたヤマタノオロチがそんな時間を待ってくれるはずもない。
だが、尻尾を巻いて逃げ去ろうにも、後ろに佇む扉は開く気配もないし、回ってヤツの後ろに回ることも不可能・・・。
「ん?あれは・・・」
俺は“千里眼”でヤマタノオロチの後ろの壁を凝視する。先ほどの炎で焼き削られたようで、壁の一部が崩れていた。そして今、その奥で何か光るものが見えた気がしたのだ。
「GYARARARARARARARARAAAAAAA!!!!」
「うっくっ?!」
その光るものに意識を移した瞬間、ヤマタノオロチが再度吠えた。それは僅かにあの毒の唄を含んでおり、剥き出しになった俺の肌を爛れさせる。だが、そこに焦りの色も感じられた俺は半ば確信に近い思いを抱いた。
「それが、お前の弱点か!!」
俺は少し回復した魔力を足に集めて速力を高め、一気にトップスピードまで乗せてヤマタノオロチへと、そしてその後ろに向かって走っていく。
「グルゥァ?!GYA、GYARAAAAAAAAA!!!」
「あぐっ?!」
それに対してヤマタノオロチは、なんとかしてそれを遮るように毒の唄を唄う。“熾天魔法”を使う余裕もなく、さらに近づけば効力が上がるその唄は、少しずつ、だが、確実に俺の体を蝕んでいく。
だが、ここに来て突破口が見えたのだ。今はあれ以外にこの場を打破する方法はない。
俺は爛れいく体を犠牲にしながら、さらにスピードを高めてヤマタノオロチの後ろを目指す。するとヤマタノオロチも唄だけでは止まらないことを悟ったようで、4つの首が俺の進行を食い止めるために俺へと食らいついてくる。
「邪魔だぁぁ!!!」
「ギャラァ?!」
俺は食らいついてくる首を躱すため、壁蹴って飛び上がり4本のうちの一つの頭を蹴り超えていく。そのままその首を走り降り、ついにヤマタノオロチのすぐ側まで来た。
すでに体は満身創痍だ。体は毒で爛れてもはや痛みはなく熱しか感じない。さらにヤマタノオロチの鋭利な鱗を走ったためか、足裏がさっくりと割れているのが分かる。
「止ま・・・れるかぁ!!」
「ギィリャァァァ!!!」
だが、それでも止まらない。俺は側で聳えるヤマタノオロチにさえ目もくれず、視線の先に光る物体のみ目掛けてひた走る。そしてヤマタノオロチはそれを阻止せんと残った4本の口から、赤、青、茶、黒の光を放つ。
次の瞬間、その光はレーザー砲のようにタイミングをずらして、俺を射貫き、焼き払おうと発射する。
「ずっ?!」
走る俺の後ろから赤の光が俺の右肩を貫く。俺の行く末を阻むように青の光が降り注ぐ。満身創痍であることを理解しているかのように茶の光が地面を刺だらけに変える。そして、まだ完全に回復していない左足を黒の光が灼いた。
「ぐぁ!!」
傷を覆うように絡みついていた昏い闇がヤマタノオロチの黒い光によって引き剥がされていく。そのせいで俺はバランスを崩し転んだ。その下から現れたのは肉が焼け焦げ、骨が崩れかけた足だった。
「うわぁぁ!?!?」
俺は垣間見えた自分の足から咄嗟に目を逸らす。
ーーあれは本当に自分の足なのか?
ーーまるで、ゾンビみたいじゃないか。
闇が隠していた傷痕は俺の想像より何倍も酷いものだった。
「あっ・・・」
目を逸らした先には満身創痍で求めたもの。そこには一振りの刀が剥き出しの状態で、石で出来た台座に刺さっていた。
刀身は長く、軽く1メートルは超えるだろう。いわゆる大太刀と呼ばれる類のもの。柄は藍色で、鍔は深い緑。刀身には刃文が入っており、光に反射して長年ここにあったとは思えないほど洗練されている。
「あぁ・・・」
ーーけれど、それはもう届かない。
あと数メートル。この距離が今は何よりも遠かった。ヤスリのようにギザギザになった床の上では這うことも出来ず、ゾンビのような足のせいで立ち上がることもできない。
ふっと俺の体を影が覆う。反射的に見上げるとそこには一本の太い首が俺を見下ろしていた。その顔には秘密を見られた怒りと寸前で届かなかった俺へと侮蔑と嘲笑が込められていた。
ーーもはや、言葉すら出なかった。思い浮かべるのはサニア、ミユ、テミスの笑顔。そして、感謝と・・・謝罪。
こんなところに連れてきたこと。不安にさせたこと。
ーーそして、また会う前にここから去ってしまうこと。
俺はせめて心までは屈してなるものか、と俺を嘲笑うその顔を睨みつける。今、この時ほど視線で敵を殺せたら、と思ったことはない。
「へ・・・?」
その時、自分でも聞いたことないほど間抜けな声が出た。なぜなら、ついさっきまで、いや、今この時まであったヤマタノオロチの頭が消えていたのだから。
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