第146話 八岐大蛇『中編』
耳を劈く轟音と共に白い光の柱が巨大なヘビを丸ごと飲み込む。光に対してヘビも小癪!とばかりに歯向かっているようだが、如何せん分が悪い戦いだろう。
それからいくら時間がたっただろうか。俺が全魔力の半分近くを使って溜めた一撃だ。それなりに効いてもらわないと困る。なんなら倒してしまっていてもいい。
魔力を使い切ったのか、ヘビを襲っていた光がどんどん細くなる。それに合わせてヘビがその姿を再度現すが、その肌は茶黒く焼け焦げており、離れているここからでも臭うほどの異臭が辺りに漂う。
(やったか・・・?)
俺は基本的にはフラグは立てない主義なのだ。ありきたりな罠になど引っかかるはずがない。
声には出さず、焼け焦げたヘビの様子を観察する。見ている限りはぴくりとも動かないが、敵を倒したアナウンスが流れない以上、安心はできない。
(といっても、あのことがあった以上コレも信用できないがな)
過ぎた日の光景を思い出し、胸が痛む。俺にとって当たり前だった出来事が当たり前ではなかった。それは多少なりとも俺に衝撃を与えていた。
今、俺に残っている信頼できるものなど、仲間と自身の魂に刻まれたスキルぐらいだろう。
知らず、物思いに耽ってしまっていると、目の前で塊になっていたヤマタノオロチが身動ぎをする。どうやら死んだわけではなく、体力を回復していただけのようで、ボロボロと外皮が剥がれていくのを見て俺の認識が甘かったことを痛感した。
「ギシャァァァァァ!!!!」
「ちっ!回復する隙を与えちまったか!」
焦げた外皮の下から綺麗なヤマタノオロチが顔を出し、俺に対して怒りの雄叫びを上げるように叫び出す。
そして今度はこちらの番だとでも言うように、8本の首のうちの6本が天を剥く。そしてその隙を狙われないように他2本の首が、伸縮自在の特性を活かして俺へと牙を向く。
「今度は何をする気だ?!」
俺は噛み付いてきた1本を躱して、続いて向かってくる2本目を切りつける。堅い外皮を斬りつけても先の二の舞だ。ならば、と大口を開けて迫ってくる口内目掛けて、俺は刀を突き込んだ。
「なっ?!」
するとまたもガィィン!という硬質な音を立てて、ヤマタノオロチの上下の牙が、真剣白刃取りのように俺の刀を掴み取る。だが、それだけなら驚きはするもここまでではない。
俺が真に驚いたのはその次だった。次の瞬間、さも当たり前のように俺の自家製の刀は脆く崩れ果てたのだ。
「くっ!」
そしてヤマタノオロチはそれを当然のことのように、刀を砕いた牙はそのまま俺へと矛先を向ける。俺は焦りのあまり魔法とはお世辞にも言えないような規模と威力、精度で反射的に雷を発動させる。
だが、さしものヤマタノオロチもこれには驚いてくれたようで一瞬、俺を狙う首が後ろへ引っ込んだ。俺はその隙に左から迫る首を躱して掴み、渾身の膝蹴りを顎に叩き込む。
「グギャァ?!」
「ちっ!堅ぇ!!」
堅い外皮が僅かに砕けるような感触と共に俺の膝も砕けた。膝が割れて骨と肉が傷の間から覗いているが、俺はそれを“自己再生”で即座に癒す。
すると、先程俺が顎を軽く割った首にも白色の魔力が纏わり付き、割れた部分を癒していく。それはほんの数秒ほどだったが、たしかに癒しの魔法“神聖魔法”だった。
「こいつも魔法を使えるのか?」
浮かんだ疑問は即座に返ってきた。当の本人、いや本蛇の手、いや首によって。
「なんだ・・・っ?!」
急激な魔力の高まりに反応して天を見上げる。すると天を向いていた6本の首の頭の先に各色の魔力の玉が浮いていた。
赤、青、黄、緑、茶、黒。
それぞれ、火、水、土、風、樹、闇だろう。
側から見れば単なる魔力の玉だが、その大きさは相当なものだろう。何せ、俺を数人丸ごと飲み込めそうな口をしたヤマタノオロチの頭の2倍ほどの大きさをしているのだから。
「何をする気・・・ちっ!」
だが、おちおち眺めてもいられない。奴のあの魔力の玉を用いた魔法に時間がかかるのか、他2本の首があの魔法の玉から意識を逸させるように攻撃を仕掛けてくる。
それも同時にではなく波状攻撃のように連続して噛み付きや叩きつけなどを行ってくるため、どうしても防戦一方になってしまう。さらに所々で奴の口内に魔法は放つのだが、傷を負った瞬間、どこからともなく癒しの魔力が奴らを覆い傷を癒す。
「シャァァァァ!!!」
その時、1本が鋭く鳴き声を上げる。すると先ほどまで休む暇なく俺に攻撃を仕掛けてきていた2本の首があっさりと後退した。だが、それは決して気の休まる行動ではなく、反対に奴の魔法の準備が整ったからに他ならない。
「なんだよ、あれ・・・!」
思わずそう悪態をついてしまうのも無理ないだろう。先ほどまでもそれなりに明るい部屋だったが、今は見上げるのも辛いほど明るくなっている。
というのも、先ほどまでは各色それぞれの玉が浮かんでいるだけだったのが、今はそれが混ざり、溶け合うように回転して、一つの玉へと変化しようとしていた。
色は白を通り越して無色に近い。かろうじて、そこにあることくらいはわかるが、目を離せば見失ってしまうかもしれないほど。だが、多少なりとも魔力へと感受性があれば、アレを見失うことはないだろう。
やがてそれは完全に溶け合い、一つの球体へと変化した。大きさは6つの玉が融合したようには見えない大きさ。何なら先ほどまでの各色の玉の半分ほどしかないだろうか。
しかし、単純に考えても圧縮すれば威力は上がるもの。小さいからと決して侮れず、むしろ警戒心は上がりっぱなしだった。
ヤマタノオロチはまるでそれを8本の首で慎重に支えるように持ち上げる。そして、ふわり、とまるでシャボン玉を弾くような柔らかさでその透明な球体を俺に向けて投げる。
「く・・・そっ!!」
それはまるで俺の体までスローモーションになったかのようだった。俺の“予知”スキルが過去最高にアラームを鳴らしている。
俺は本能に促されるまま後ろを向いて扉に向けて走り出す。一度入った扉が開かないことなど頭にない。まずは少しでも安全な場所へ。それしか頭になかった。
そうして扉まであと少し、というところでキュボ!という思いのほか気の抜けるような音とともにソレは炸裂した。
意識が保ったのは一瞬。
全身を灼くような熱さと自身の体に存在する全細胞が分解されるような感覚を最後に俺の意識は途絶えた。
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