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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第6章

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第143話 歩く災厄

「くっ・・・だらぁ!!」

「ブルァ?!」


 かれこれうちは数十メートルほど引きずられ続けていた。その間も互いの攻防は続いていたのだが、刀を持てないうちとツノを握られているイノシシではまともに争うこともできず、膠着状態が続いていた。


 そうして一向に戦況が動かず、さらにイノシシも止まる気配がないこの状況に焦りを覚えたうちは、一瞬死に物狂いで地面を蹴り付け、イノシシの顎を思い切り膝蹴りする。


 すると突然の反撃に驚いたのか、予想していないダメージだったのかイノシシは情けない鳴き声を上げながら首を振り回す。


「わっ!とと!」


 ギリギリで手を離したため、放り投げられることはなかったが、いきなり暴れたせいで少しバランスを崩した。だが、こちらの様子を見る余裕もないのか、イノシシは痛みに喘いでブン!と鼻息を荒くする。


「ほら、こっからが本番よ!かかってきなさいよ!」


 うちはようやく懐から刀を抜き、まっすぐ構える。そして人語を解するかは不明だが、しっかりと煽るのも忘れない。


「ブラァァァァァ!!!」


 その甲斐あってか、イノシシは怒りの雄叫びを上げ、イノシシらしく前足で地面を蹴りながら突進の準備をする。そして少し後ろに下がり突進の構えを取った。


「ふぅー・・・」


 うちは深く息を吐き、呼吸を整える。彼我の距離は約5メートル。イノシシがトップスピードに乗るには些か短いが、決して安心できる要素ではない。


 このままではあの健脚でそれなりに勢いのついた頑強なツノで、うちの体など豆腐のように貫かれるだろう。


 うちは刀を自身の正中線に合わせ、構える。そして動き出したイノシシの一挙手一投足に意識を集中させる。すると周りの環境音が消え、自身の呼吸音とイノシシの地面を駆ける音がやけに大きく聞こえる。


(ここっ!)


 だが、意識を没入させたうちにはもはや耳に入る音などなく、灰色がかった世界には刀を構えるうちと目の前のイノシシしかいなかった。


 そのイノシシがあと数十センチでうちの体を刺し貫く瞬間、うちは体を左に流してその突進を躱す。そして返す刀でイノシシの首目掛けて、絶対切断の刃を振り上げた。








 ーーーーーーーーーーーーーー







「早く加勢しないと!」


 私はイノシシとミユが作り出したと思われる歪な轍を追って森の中を駆け巡る。森の中では途切れ途切れにイノシシとミユが戦う音が響いていた。


 そうして薙ぎ倒されている木々を抜けた先では、黒い体のイノシシがミユを吹き飛ばしていた。


「ミユさんっ!!」


 私はイノシシの挙動に注意を払いつつ、飛ばされたミユの元へと走り寄る。幸い、ミユは受け身も取り意識を失うようなこともなかった。


「っつう・・・。何今の感触・・・?」

「ミユさん、すぐに傷の手当てをしますね」

「ありがと、テミスさん」


 口に一筋の血液を垂らし、右脇腹を抑えるミユは動揺を混じえた瞳でイノシシを睨みつける。どうやらミユは今のイノシシの攻撃で肋骨を2本折ってしまったようだ。


「どうかしたのですか?」


 私はそれを癒しながら、ミユに違和感について問う。


「うん。今あいつが馬鹿の一つ覚えみたいに突進してくるから、それを躱して首を落としてやろうと思ったの。で、あいつが絶対に避けられないタイミングで、突進を躱した瞬間に首に斬りつけたんだけど・・・」


 と、そこで歯切れ悪くミユが口籠ってしまう。どうやらミユ自身も何が起きたのかあまり把握していないようだった。釣られて私もイノシシを見やる。


「ブルッ!ブルルッッ!!」

「まずいっ!」


 するとすでに再度、突進態勢を整えていたイノシシが助速もなく突進してくる。私はミユの回復もそこそこにイノシシの突進を躱す。なまじ距離が近かったからか突進速度は遅く、それ自体は躱しやすかった。


 だが、速度が遅い、ということは調節もしやすい、ということで。


「ミユさん!まだ回復がっ!」

「大丈夫!ある程度は治った!」


 忙しなく4本の足を動かして巧みに方向転換したイノシシは先ほどまでのスピードを落とさず、またもミユへと突き進む。それを受けたミユも対抗してイノシシへと走り出した。


「くっ!私も・・・そうだ!」


 執拗にミユを狙うイノシシとそれに応えるミユに加勢しようと背中から槍を構えた私は、新たに手に入れた力を試すことを思いついた。


(と、言っても借り物ですけど)


 そんな心の声は置いておいて、私は新たに装備した片眼鏡に魔力を流し、ミユと衝突するイノシシを覗き見る。




 名前:アストラノトゥス

 種族:闇猪王族

 Lv:800

 ステータス: 軀力80000

  咒力0

  剛撃80000

  堅禦80000

  閃煌80000

 スキル:不侵之闇皮Lv.- 不癒之剛角Lv.- 猪突猛進Lv.- 傲岸不遜Lv.-

 称号:『歩く災厄』『反守護神』『不侵(おかせず)の衣』『不癒(いやせず)の角』『猪突者』『不遜者』




 スキル 不侵之闇皮 全ての斬撃を弾き逸らす闇属性を帯びた毛皮。また、闇属性を帯びているため闇属性の攻撃を打ち消すが、聖属性に弱い。


 不癒之剛角 貫いたものに消えない傷跡を残すツノ。細胞の活性化を阻止するため自己再生でも癒すことは不可能。


 猪突猛進  まっすぐ突き進む行動に強く補正が掛かる。障害物を物ともしない健脚が備わり、攻撃力も増加するが、側面からの攻撃に弱い。


 傲岸不遜  自らより下位に位置するものと定めたものからの攻撃に強固な耐性がつく。ただし、5回以下の攻撃で、体力を半分以上削られた場合は発動しない。



「な、何このスキル?!異常すぎる!」


 片眼鏡によって見えたイノシシのスキルは異常の一言だった。有するスキル全てがレベル表記なし。レベルも800と高く、ステータスも魔力を除いてレベルに準拠した数値だった。


「ミユさん!闇雲に攻撃してはダメです!一度下がって!」


 私はなんとか見えたスキル内容を頭で整理しながらミユに伝える。だが、ここまででミユがどんな戦いを行なってきたかが不明なため、想像するのは最悪のものばかりだった。


 だが、スキルが判明したことで先程のミユの疑問点が晴れたことは大きいだろう。先ほど、ミユは奴の突進を躱して首へと斬撃を与えた、と言っていた。


 しかし、イノシシ、『アストラノトゥス』のスキルから考えれば、おそらくこの“不侵之闇皮”による効果なのだろう、と推測できる。


「やっぱり、斬撃が入らないっ!で、どうしたの?テミスさん!」


 ミユが私の声に応じてイノシシの攻撃を躱しながら戦線を離脱する。


「まずいことが分かりました・・・。詳しい説明は省きますが、あのイノシシを“鑑定”しました」

「え?!“鑑定”スキル獲得したの?!すごいじゃん!どうだった?」

「質問を返すようですみませんが、ミユさんは何回ほど奴に攻撃しました?」

「へ?うーん、数えてないけどもう20回くらいかなぁ?」

「・・・そうですか。奴の体力を大きく削れている感じはしますか?」

「いや、斬撃は全部変な方向に逸らされるからまともに入ったのは・・・最初の膝蹴りくらいかなぁ?」

「・・・」


 ミユの言葉を聞いて最悪を想像する。欲、あるいは望みを言えばあの闇皮に逸らされる斬撃を攻撃の一つと換算しないのであれば、まだ勝機はあるかもしれないが、それは甘く考えすぎだろう。


「ミユさん、今から奴のスキル構成と能力を伝えます。場合によっては・・・撤退しなければいけません」

「そんなにやばいの・・・?」


 私の言い回しに少し慄くミユだが、情報は正しく伝えなくては。対してイノシシはまるでこちらの出方を見計らっているように地面を擦るだけで、こちらを襲う気配はない。


 私は出来るだけ簡潔にミユへと奴のスキル構成と能力、そして状況を伝えた。


「・・・ほんとに言ってる?いや、テミスさんがこんなとこで嘘つくわけないか。ってことはほんとなんだね。さすがにまともに入ったのが、膝蹴りくらいしかなかったから、打撃の方が効くのかなぁとは思ってたけど・・・」

「先ほど言ったように、ミユさんの斬撃も攻撃の一つに入るのであれば、おそらくミユさんに奴を倒す手立てはない、と考えたほうがいいと思います。それに・・・」

「それがテミスさんでも同じってことか・・・」


 そう、もしそれをミユの代わりに私が攻撃役として動いても、槍も斬撃のうちに入る可能性がある。そうなればいよいよまともな攻撃手段が“神聖魔法”のみになってしまう。


 だが、それもいい手ではなかった。


 一応私も“神聖魔法”を使えるし、レベルも最高ではあるため攻撃を与えることはできるのだが、何せ回復に重きを置いて使用しているため、あまり攻撃力のある魔法を使えないのだ。


 それに奴に対して“神聖魔法”がどの程度効くのかも分からない上、下手に探るために攻撃してしまえば、私が奴のスキル“傲岸不遜”の格下対象に入ってしまう可能性が高くなるのだ。


 そのため無闇に奴の耐性などの確認が出来ず、八方塞がりに陥っていた。


「なるほどね、それなら確かに撤退も考えた方がいいかもしれない、けど、逃してくれるかなぁ?」

「ブルルッ!ブルルルァァァ!!」


 何を考えて奴がこちらへの攻撃を渋っているのかは不明だが、怒りを抑えられない子供のように地面を擦る頻度が増えていた。


「テミスさん、来るっ!」

「はい!」


 だが、それも束の間の平穏だった。


 イノシシはまるで金縛りが解けたかのようにいきなりトップスピードでこちらへと突っ込んでくる。今回はそこそこ距離が離れていた上、常に奴の行動を確認していたので躱すことができたが、次はうまくいくかわからない。


 だが、奴のツノの攻撃を一度受けてしまえばどうあっても癒すことができないなら、死に物狂いで躱さなくては。


「・・・まさか!?」


 そこまで考えてようやく遅すぎる可能性に気づいてしまった。イノシシは相も変わらず、ミユを執拗に狙っているが、それさえも遠く感じる。


 それというのも、ここに来るまでにあのツノに刺されたものがいなかっただろうか。


 だが、その者は私の魔法で回復させたはずだ。


 けれど、あのツノに突き刺されたものは癒えない傷を負うという。


 ならば、ならば彼は今どうなっている?


 頭の中でいろんな可能性が浮いては消え、浮いては消える。けれど行き着く結末はどれも同じだった。


「ブルァァァァァァァ!!!!」


 その時、ミユを追うイノシシが一際大きく吠えた。それはそこそこ離れている私でも耳を押さえてしまうほどの大音声で、私の頭が掻き乱される。近くにいるミユなど耳を押さえて倒れてしまっていた。



 ーーまずい。



 私は反射的にミユの方へと視線を投げる。


 突進をメインに使う奴の攻撃を真正面から受けることはすなわち、死を意味する。


 私は痛む鼓膜を無視してミユの元へと走る。だが、当然目の前にいるイノシシのほうがミユへと辿り着くのは早い。


「ダメっ!!!」


 意味がないと分かっていながらも、静止の声を上げ、手を伸ばす。


 今はたった数十メルの距離が果てしなく遠い。


 全てがスローモーションに感じた。


「ブルオァァァァ!!!」


 しかして雄叫びを上げながら疾走するイノシシは目の前に蹲るミユを無視して森の奥へ奥へと走っていく。まるで、先ほどまで戦っていたミユが見えなくなったかのように。


「え・・・?」


 その時の私の顔はきっと、過去考えられる限りで1番呆けた面をしていたことだろう。何せ、目の前のミユですら見たことない表情をしていたのだから。


「助かった・・・の?」

「みたい・・・ですね」


 私たちは未だ飲み込めない状況を呆れつつ、ひとまずは、と胸を撫で下ろす。だが、状況が少し落ち着いたことで、先ほどまで脳内を埋め尽くしていた出来事が再び浮上してきた。


「ミユさん!タイシィさんが!タイシィさんがっ!」

「え?どういう・・・そんなっ?!」


 私の子供のような言葉を聞いたミユは、最初戸惑ったもののすぐに私と同じ答えへたどり着く。そしてとりも直さず、すぐに洞窟前の池のほとりへと走る。



「あぁ、そんな・・・」

「くそ・・・」



 思わず膝から崩れ落ちる。イノシシと戦っていた場所からそう離れていないため、その場所へはすぐにたどり着いた。しかし、現実は非情だった。


 彼の胸に数カ所開いた穴からは今も絶えず血が流れる。それなりに時間が経ったはずなのに凝固する気配はなく、彼の周りはもはや新たに小さな池ができているようだった。


「穴は閉じたはずだったのに・・・どうして・・・」


 確かに私が“神聖魔法”で傷の手当てをしている時、タイシィが意識を取り戻してから目を見張るような再生力を見せた。


 しかし、実際はどうだ。


 安心しきったような顔からは想像もつかないほど体は赤黒く染まり、そんな中でもはっきりと場所がわかるほど綺麗な穴が空いている。


「ちょっとごめん。・・・やっぱり」


 腰が抜けて立てない私の横に立つミユは、彼に一言断りを入れると彼の体を動かして背中を見て、何か分かったような顔をしていた。


「タイシィさん、背中の穴がありえないくらい広がってる」

「え、ど、どういうことですか?!」

「うちも原理はよくわかんないんだけどさ。きっとテミスさんが治療してくれてた時には、タイシィさんは助からないことわかってたんじゃないかな?」


 ミユは訥々と語り始める。その内容はにわかには信じられない内容もあったが、なるほど。あの光景を見た私としては納得できる部分でもあった。


 ミユ曰く、意識を取り戻して早々に助からないことを悟ったタイシィは私に負担を与えないため、すぐに回復したように見せかけた。


 しかし、実際は筋肉をそこそこ自由に動かせる彼が腹に空く穴を塞ぐために背中の筋肉をも動かして力を振り絞った結果だった。その代償として、背中の傷が悪化、余計開くようなことになったのだろう、と。


 ミユ曰く、彼女の父親もそんなことができたらしい。彼女の一家は武術家らしいのだが、その中でも父親は頭一つ飛び出た天才、いや奇才だったらしい。


 全身ムキムキなのは当然として、そこからある程度筋肉を動かせるというのだ。例えば肩の筋肉を腕に、だとか胸の筋肉を腹にだとか。ただ、足の筋肉を首に、など無茶苦茶な動かし方は出来なかったらしいが。


 なぜそんなことをミユが知っているのか、というと、ある時、父親とでぱーとなる場所へと出かけた時に刃物を持った者に出くわしたのだとか。その時に彼女の父親は腹を刺されたらしいのだが、犯人はその刃物を父親の腹から抜くことが出来なかったらしい。


 その後、パニックになった犯人が父親に殴られて意識を失ってその事件は解決したらしいのだが、後からそんなことが出来た理由を聞くと、父親は刺された瞬間腹にその周りの筋肉を集めたらしい。


 その結果、本来の何倍もの圧力がかかったせいでその刃物は父親の腹から抜けなくなったらしいのだが、いかんせんその刃物の刃渡りが長かったらしく、背中まで届いていたのだとか。


 けれど腹で刃物を止めるため背中からも筋肉を集めたせいで、背中の傷が余計に開き、悪化したらしい。


 今回はさんな傷痕と似ていた、というのだ。



 全てを聞いてもなんとなく理解が及ばないが、それでも彼が私を心配させないために行ったことだけはわかった。






「ここに埋めるのが本当に正しいのか分かりません。本来なら何としてもあの村へと連れ帰るのが筋なんでしょう」


 だが、それは出来なかった。ここまで通ってきた洞窟が瓦礫で完全に埋まってしまっているのだ。


 そのため、せめてものということでその洞窟の近くに埋めることにした。


「本当にごめんなさい。そしてありがとう。あなたがくれたコレがなければ私たちもあそこで命を落としていたかもしれません」


 私は返す予定だった片眼鏡を再度、左目に掛ける。あそこで奴のスキルを見抜けたからミユに指示を出すことができた。あのままならいずれミユもツノの一撃を喰らい、回復させることが出来なかっただろう。


「ここをクリアした時にまた返しに来ますね。それまではどうか、私たちの道筋を見守ってください」


 私はミユの教わったように両手を合わせて目を瞑る。そして何度もありがとう、と。そして守れなくてごめんなさい、と唱え続けた。


 これが私たち生者から彼へ捧げられる祈りなのだと信じて。


「行きましょうか」

「うん、そうだね」


 彼に背を向け森の外へと向かう私たちを、暖かく柔らかな風が背中を押すようにふわりと流れた。

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