第140話 失ったもの、これから得るもの
「あれは・・・ミユさん?!」
ミドルゥの後を追って行くと見慣れた背格好で見慣れた刀を扱う仲間が、ミドルゥの仲間と思われるモノラージュと戦闘していた。
「ミユさん!待って!」
しかし、戦いに集中しているのか、ミユはこちらの声に気づくことなくモノラージュの一体を膝蹴りで吹き飛ばす。勇者だからかその力は凄まじく、巨体のはずのモノラージュの体が浮くだけでなく、はるか後方へと吹き飛ばされた。
そのままミユは流れるように刀を振るい、怪我したモノラージュを看病する一匹の首へと狙いを定め刀を振るった。
「止めなさい!ミユ!」
流石に私を受け入れてくれた者の仲間をみすみす殺させるわけにはいかない。それも私の仲間の手によってなど、関係が一気に瓦解すること間違いなしだ。
最悪、私自らミユの手を止めることも考えたが、ギリギリで私の声が届いたらしく、看病するモノラージュの首が胴と分かれることはなかった。
「テミスさん・・・?」
ミユは驚いた顔でこちらを振り向く。すると今度は体の止まった隙を狙って、看病していたはずのモノラージュが動いた。片手に持っていたナニカを放り捨て、そばに置いてあった剣をミユに向けて振り上げる。
「しまっ?!」
「グガァァーーー!!」
あと一歩でミユの体が両断されてしまう、というところで今度は私の隣に立っていたミドルゥが大声を上げた。それにどんな意味が込められていたかは状況を見れば一目瞭然だろう。
剣を振り上げていたモノラージュが驚いた表情でミドルゥを見る。それは周りの者や怪我をしていた者さえ同様の表情をしていた。
「グガ、ガァァ、ガギャルゥ」
「ググギュ・・・」
なんと言っているかまでは分からないが、確実にミドルゥによって彼らが説得されていることは理解できた。それをみてひとまず落ち着いたところで私はミユへと振り返ると、ミユが慌てた様子で駆け出した。
「ミユさん?」
「うちのバッグ!」
見ると確かにミユの背中にはいつも背負っているバッグがなかった。もしや落としたのか、とも思ったが、それならミユのセリフがおかしい。
「ミユさん、私も探します」
「ありがと、テミスさん」
ひとまず疑問は置いておいて、まずはバッグを探すことにした。と言ってもバッグ自体はすぐに見つかった。怪我人が寝かされていた少し奥に転がっていたのだ。
「あ、あぁ・・・」
ミユは拾ったバッグの中身をぶちまけるように引っ張り出す。中からは服や拭うための布、それから小物や袋に包まれた硬質な音を立てるものが出てきた。
「これはある、これもある。あぁ、でもあれがない。あれも・・・」
ここまでくれば流石にわかる。おそらく彼らにバッグを奪われたのだろう。そして中身を気にしているということは中もいじられたのかもしれない。ふと、私は寝かされている怪我人を眺めると、傷口に巻きつけてある血に染まった布が見えた。
「あれは・・・」
赤黒い血に染まっているため遠目からはすぐに分からなかったが、あれはミユと私で歓楽街を歩いていたときに買った服だった。カイトに見せると言ってウキウキで買っていたレースのついたスカートは、傷口に巻きやすいようにビリビリに破かれ、見る影も無くなっている。
「ミユさん・・・」
いたたまれなくなった私は思わずミユを後ろから抱きしめる。するとミユは咳を切ったように涙を流し始めた。
「まだカイトくんに見せて無かったのに!それにカイトくんとお揃いのやつも無くなった!」
私に抱きついて泣き叫ぶミユの気持ちがわかる私は、ひとまずミユが落ち着くまでさせたいようにさせた。
それから私たちは少し落ち着いたミユと合流したミドルゥの仲間を連れて彼らの拠点に戻った。多少の禍根はあれど、今は状況整理などのために一度安全な場所へ戻らないければならない、と説得してなんとかミユを連れてきたのだ。
ミユは彼女にとっての敵であるミドルゥたちと私が一緒にいたことに関して、なにも聞いてこなかったが思うところはあるのだろう。拠点に着いてからも居心地悪そうにしていた。
「それじゃとりあえず、私はミユさんから。ミドルゥは彼らから話を聞いてください」
「ワカッタ」
今も互いに睨み合う彼ら。この状態では話し合いも何もない、と考えた私はとりあえず話を聞くことにした。私としては味方はいないと思っていた中で出会った者だ。可能な限り協力を依頼したいし、おそらく向こうとしても私と関係を深めることで何かしらのメリットがあるのだろう。でなければ先ほど、ミユへと向けた仲間の攻撃を止める必要などないからだ。
あのタイミングなら確実にミユを処理できた。そして合流した仲間と私を襲えば、難なく私も処理することができただろう。それをしなかったということは、私たちに何かしらの利用価値を認めたはずなのだ。
私は彼らの拠点の一室を借りてミユと向き合う。そしてこちらからこの状況の説明をしようとしたところ、2人きりになるタイミングを待っていたかのようにミユが口を開いた。
「テミスさん、今なら逃げられるよ!テミスさんも何か弱みを握られてたんでしょ?見張りもつけないでうちたちを会わせるなんてやっぱり頭は猿並みなのね」
「待って、ミユさん。説明させてください。私は別に弱みを握られたりしていません。望んで彼と一緒にいたんです」
「えっ?」
私の言葉を聞いたミユが心底驚いたような表情をする。その表情の中に少しの不信が混じるのが見えた。
「とりあえず話を聞いて、ミユさん」
私はいそいそと逃げる準備を整えようとするミユを押さえ、私がこの森で目を覚ましたところから話し始めた。
「そう、だったんだね・・・」
そう言ってミユは目を伏せる。確かにあの場にいては想像できないだろう。この森にいる他の魔物さえ残らず吸い尽くす大量の虫から私たちを守っているこの霧は、彼らが作り出しているのだから。
何ならあの場はすでに彼らの警笛によって虫は追い払われた後。一匹もいなかったのだ。そもそもそんな虫がいることすら想像できないかもしれない。
「でも、うちだって・・・!」
「はい、分かってます。だからといって全てを飲み込め、なんて言いませんよ。でも、そのためにはミユさんのこれまでの戦いも聞かせてください」
「うん、わかった」
ミユはポツポツと話し始める。目が覚めたのは暗い洞窟。バッグには一つも食料がなく餓死寸前だったところで見つけた空に浮かぶ廃墟と猪。なんとかお腹を満たして眠った夜、彼らに襲われたこと。
陽が登る前に退却されたため正体は不明だったが、その後見つけた新たな洞窟内で再会、そこでまた一悶着ありその際にバッグを奪われた。そしてその後を追っているとここまでたどり着いたのだとか。
「そうでしたか・・・」
「テミス」
そうしてミユがちょうど話終えたあたりでミドルゥが壁の外から声をかけてきた。聞くと、向こうも大方互いの状況把握が済んだらしい。
「わかりました。こちらも終わったので今行きますね」
「テミスさん・・・」
「大丈夫ですよ、悪いようにはしませんから」
意図せず互いの主張をぶつける論争のような雰囲気を醸し出しているが、事はそんなに大事ではない。だが、ただ話してはいおしまい、ではミユだけでなく向こうの気も治らないだろう。
どちらの事情もある程度知っており、どちらの気持ちもわかる私としてはどちらの味方も出来ないのが心苦しいが、今は仕方ない。
「テミス、コッチモハナシキケタ」
「はい、私もですよ」
ーーでは、最後の話し合いといこう。
やはり私の想像通り、彼らはさらに下の階層まで食料を探しにいっていたらしい。そして昼のうちに仕掛けた罠にかかったか確認しに行くと、その罠の側には横になるミユと狙っていた獲物らしき動物の皮。
それを見た彼らは、自分たちの獲物が横取りされたと思ったらしく激怒、さらに見たこともない魔物(と思ったらしい)であったため、危険の芽を除くためにも攻撃を仕掛けたらしい。
だが、不意打ちは外し、その上思いの外ミユが強かったため一旦退却。そうして別の獲物を狙おうと森を彷徨っていたところ、猪とは別の四足歩行の黒い獣を見つけたらしい。
そこで彼らは獲物を取れなかった焦りと別の魔物に横取りされた挙句仕返しも出来なかった怒りで、八つ当たり気味にその黒い獣へと攻撃を仕掛けた。だが、その獣は圧倒的硬さと力で以って瞬く間に彼らを蹴散らし、同族の1人に大怪我を負わせたのだとか。
そうしてその傷を回復力のある水が溜まる洞窟の湖で回復を図っていたところ、またミユと遭遇した。つけられたと考えた彼らは仲間を守るためにも即座に反撃態勢に移行。それがミユとの2度目の戦いとなり、結果的にここまで移動してきたのだとか。
「なんとも・・・、すれ違いがここまで」
「ヌノ二ツイテハスマナカッタ。カエシタモノハナイガナニカカエソウ」
「えっ?」
「怪我人に使ったミユさんのスカートについて謝っているみたいですよ。同じものは返せないけれど、代わりに何かそれに見合うものを渡すって言ってますね」
「・・・よく分かるね」
「まぁなんとなくですけどね」
互いの状況や仕方なかった部分があったことはミユも分かってくれたようだが、やはりバッグの中身を荒らされたことや服を裂かれたことは未だに許せないようだ。
「ユルサヌデイイ。ワルイコトヲシタノハコレダ。ノゾミヲイエ、デキルノダコタエヨウ。ダカライノチダケハタノム」
そう言ってミドルゥは深く頭を下げた。まるで人間の作法を知っているかのように。そして隣に座っている彼らはミドルゥのその姿を見て驚きを隠せない表情をしている。だが、振り返ったミドルゥが彼らの頭を強制的に下げさせた。
「ソノトオリダ」
「あ、いや」
先手を取られ、怒りのぶつけ先を失ったミユはしどろもどろになりながら私へと視線を投げる。私は少し助け舟を出すことにした。
「ミユさん。許してあげて、とは言いません。女の子のバッグの中身を勝手に漁るなんて最低ですし、何より好きな相手との思い出の品を勝手に捨てられたのです。私でも怒ります。でも、こうして彼らは非を認めています。であればその謝罪を受け入れることくらいならいいのではないでしょうか?」
「う、うん」
「それに思い出はこれから作れます。また今度、一緒に服を見に行きましょ?」
「うん、わかったよ。テミスさん」
ミユの顔にようやく笑顔が戻る。ここに来て初めてミユの笑顔が見られた。
「でも、きっちりそれに見合うものはもらっていくからね!」
「アア、オボエテオケ」
「え」
相変わらず言葉はおかしい、けれどミユにも思いは伝わったのだろう。ミユは少し憑き物が落ちたような表情をしていた。




