第139話 再びの邂逅
ーー時は数日を遡る。
「なんだろう、ここ?」
うちは汚れた体と乾いた喉を潤すため、猪の後ろを追って辿り着いた池で一休みしているとその池に流れ込む滝の裏に人1人がギリギリ通り抜けられそうな隙間を見つけた。
うちは好奇心のままバッグの中から麻布を取り出して体を拭き、荷物を持って隙間を通る。入ってみると中は意外と広く、高さもそれなりに高い。だいたい4メートルほどはあるだろうか。幅も動き辛いほどではなく人3人くらいなら並んで立てるほどだった。
「どこかに繋がってるのかな?」
結構奥行きがあり、どこかから陽が漏れているのか洞窟内も明るい。それにそこそこ使われているのか誰かが通った跡もある。うちは慎重に奥へと進んでみることにした。
「ここにも・・・!」
それから道なりに歩いていくと拓けた場所に出た。そこは陽の光はあまり差さないが、周りに生える苔が発行しているようでそこまで暗くない。そしてそこにはその光に照らされるように、青く光る湖があった。
近づいてみると中に魚が泳いでいるのがわかる、それもはっきりと。よほどこの湖の水が澄んでいる証拠だろう。うちは湖の水を手で掬ってみる。
「冷たっ!」
陽の光が差さないからかとても冷たい。だが、それも心地よくまた脱いで潜ってしまいたい欲に駆られる。しかし、それは叶わなかった。
「誰っ?!」
うちはスキルに依らない直感に従って暗闇に向けて誰何する。いつの間にか“予知”スキルへと進化していたこのスキルに助けられたことも多いが、それでも自身の経験に裏付けされた直感も侮れない。これまで何度もそれに助けられてきたのだ。
「グギュオゥゥ」
すると観念したのか暗闇の中から数匹の白い猿が現れた。
「あんたたちはっ・・・!」
リーチが取れるように伸びる腕は長く、手には振るえれば問題ないと言わんばかりの錆び付いた剣、そして毛むくじゃらの下には隆々と盛り上がる筋肉。そんな闘うことに特化したような猿が暗闇から一体、また一体と現れる。
そんな彼らは、今朝眠っていたうちを襲ってきた者たちだった。
うちはすぐに戦闘態勢を取る。幸い、うちの確認していた狙撃者と思われる数人も今は固まって集まっている。どうやら彼らもここで休息を取っていたようだ。内心、背後からの攻撃をあまり警戒しなくて済んだことに胸を撫で下ろした。
「グガァァーーー!!」
するとうちの殺気を感知したのか先頭に立つ猿が一際大きな叫び声を上げた。それに合わせて錆びた剣を持つ数匹が一斉にうちへと飛びかかってきた。
運がいいことにこのエリアは湖が広く、その側は道と言えなくもない程度の広さしかないため、相手が複数でもうちを挟み込むように広がれない。
「はっ!」
うちはそれを逆手にとって、あえて一歩踏み込んだ。そして飛びかかってくる最初の一体の首を撥ねんと刀を振り払う。だが、さすがSランクダンジョンの魔物というべきか空中にありながら、自らの筋肉のみで体をねじ曲げてうちの一撃を躱す。
その代わり変な体勢で捻ってしまったため、その猿はうまく受け身をとることが出来なかった。うちはこれを好機と捉え、振るった刀の速度を止めずに体を回転させるようにして、今度は倒れた猿目掛けて振り下ろす。
しかし、それは左右の猿が許してくれず、うちは息の合った2匹の蹴りで吹き飛ばされてしまった。しかも刀を振り下ろしていた隙を狙われたためうまく避けることも出来なかった。
「ぐっ・・・」
無様に倒れ込むようなことはせず、なんとか気合で立ち上がるが、うちの口の端から血が一筋流れ落ちる。思わず右腹を押さえると鋭い痛みが走った。肋骨が折れたかもしれない。
「グルギャ!!」
すると今度は倒れ込んだ猿が反撃とばかりに、身を低くして剣を体で隠しながら疾走してくる。猿とは思えない知能の高さに驚きながら、うちは刀を構える。刃を合わせてしまえば、断てないものはないこの刀なら相手の剣を切り裂いた瞬間、返の刃で相手の体を断ってしまえる。
うちは集中力を眼に集めて来る瞬間を待つ。そうして猿が体に隠した剣を振り上げうちの刀に触れる瞬間、唐突な高音が耳朶を打った。
「キュィーーーー!!!」
「うっ・・・くっ!」
うちは鼓膜を破られてしまいそうなほどの爆音に思わず耳を塞ぐ。しかし、この閉じられた場所で放たれた爆音は反響して塞いだ上からも襲いかかってくる。
だが、そんなあからさまな隙に対して、猿は追撃を仕掛けることはなく、あろうことか全員がうちに背を向けて元の集団へと走っていく。
「な、何を・・・」
かろうじて開いた目で彼らを見ると、数匹が仲間を囲う中に一匹が横たわっているのが見えた。そして、その集団の左端に立つ猿の右手にはうちのバッグ。
「なっ・・・?!」
うちは驚きのあまり言葉を失う。そしてすぐにうちの周りを確認するが、案の定バッグはない。
「お前らぁーーー!!!」
うちは脇腹の痛みなど無視して猿目掛けて走る。あのバッグの中にはうちの服や諸々が入っているのもそうだが、中にはカイトくんとの思い出のものも入っているのだ。
一緒に露店を回って買ってもらったもの、カイトくんとお揃いにしたもの。そして密かに拾っておいたカイトくんの刀の残骸。
他人から見ればその程度、と思われるかもしれない。けれどうちにとっては大切なかけがえのないもの。
そのどれもがこの世界に来てから初めてできた大切な人との思い出の品で、誰にも触られたくなかったもの。それを今、言葉すら交わせぬ猿が何を探しているのかバッグの中を無遠慮に漁っている。
「生きて帰れると思うな」
うちは生まれて初めて、本気でキレた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「待てぇ!!殺す!!」
うちのバッグを持って逃げる猿を全速力でもって追いすがる。これがまた腹の立つことに怪我をしているのか倒れた一匹を抱えたまま走っている癖に、その速度は尋常じゃない。
うちは内臓に傷を負っているとはいえ、速度にはそれなりに自信があった。しかし、怪我人を抱えたまま集団で走る猿に追いつけない。うちのその自信は彼らを前に脆くも崩れ去った。
それからひたすら彼らの後ろをくっつき虫の如く追いすがるが、一向に距離が詰まる様子がない。うちは今猛烈に遠距離攻撃の手段がないことを歯噛みした。
さまざまな武術スキルを使えても、今この場で最適な技が使えないのならば意味がない。
気づけば辺りは洞窟ではなく森となっていた。気色の悪い虫が辺りを飛び回り、視界は霧で覆われて見づらい。少しでも気を抜けば目の前の奴らを逃してしまいそうなほど。
そんなとき、殿を走っていた一匹が急に立ち止まった。それに伴って怪我人を背負っていた者たちも一斉に立ち止まった。怪訝に思ったうちは少し距離を詰めていつでも斬りかかれる位置で立ち止まる。
「何の・・・」
つもりだ、その言葉はまたしても鳴り響いた高音にかき消された。唐突な出来事にまた一瞬、立ちくらみのようなものを起こしてしまうが、今はそれさえも腹立たしい。うちの何もかもを馬鹿にされている気分になる。
「アァ!!!」
うちは音も鳴り止まないうちに怒りに任せて殿にむけて斬りかかる。だが、猿は先ほどまでの激情をどこに置いてきたのか、というほど冷静にうちの刀を流し、返す刃で攻撃を放つ。
うちはそれをすんでのところで躱して、猿のガラ空きの腹へ膝蹴りを放った。
「グギュ?!」
まともに入った膝は軽く猿を持ち上げ、それでもまだ勢いは収まらず、後方へと飛ばされる。うちはそのまま流れを切らさず、バッグを持つ猿へと斬りかかろうとしたところで聞き覚えのある声に静止された。
「ミユ!止めなさい!!」
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