第138話 霧森治める魔
「キュィーーーー!!!!」
また、強く笛を吹いたような高音が森中に響き渡った。私は目指すものが近いことに内心喜びながらも脳を揺らすほどの高音に思わず頭を抱える。
すると先ほどまで絶えず私の周りを飛び回っていた虫たちがとりも直さず、音から離れるように逃げていく。あっという間に私の周りには静寂が訪れた。
「冒険者かしら・・・?」
ここが何階層か未だ不明だが、こんなところまで人が来れるものなのだろうか。そもそも入り口を見つけることさえ難しかったのだ。さらにその下層まで潜ってこれるなら相当な実力者だろう。
「まぁここが下層であるならだけれど・・・」
虫の倒しやすさからしてそこまで深い階層ではないと思うが、だとしてもこれまで見ることが叶わなかった私たち以外の人物に出会えるかもしれないと思うと自然と心が踊った。
「わっ・・・?」
それからしばらく音の聞こえた方向へと歩き続けていると目の前の霧が急に晴れた。それまではここにくるまでと変わらずに濃い霧に覆われていたのだが、それが嘘かのように私の見渡す辺りには一切の霧がない。
空は曇天で今にも分厚い雲がそのまま落ちてきそうなほど。反してそれを支えるように高く高く生えた木々が青々とした葉を備えて生い茂っている。
そしてその周りには、そんな木々を支えとするようにいくつかの家が建っていた。あるものは太い幹を真ん中にし、その周りに家を建てているもの。またあるものは木々の分かれ目に挟み込むように家を建てている。
そのどれもに共通するのが、屋根に作られた煙突のようなところから絶えず白い煙が立ち上っているのだ。そしてそれは上空で滞留することなく四方八方へと流れていく。
肌に触れる風の流れなどまるでないはずなのに、白い煙は行くべき場所を把握しているかのように、その場に留まることなく消えていくのだ。
「ダレダ、キサマハ・・・?」
ふと、前方からかろうじて聞き取れるほどの片言で話しかけられた。
「は、はい!」
突然の誰何に声が上ずってしまう。あまりにも上空での出来事が自然に沿った出来事ではなかったため、ぽけーと口を開けながら見上げてしまっていたのだが、見られてしまっただろうか。
「ダレダ?」
「あ、えっと」
そうして視線を少し下げ意識を前方に移すと、木の上にはおよそ人とは思えない生物がいた。
腕が異常に長くだらんと伸ばした状態にもかかわらず、指先は地面に届きそうなほど。全身は真っ白な体毛で覆われているが、その下には強靭な筋肉が潜んでいるのがわかる。
「ダレダ・・・!」
「あ、私はテミスと言います!音を頼りにここまで来たのですが・・・」
全く問いに答えない私に痺れを切らしたのか、離れているところからでもわかるほど身長の高いその生物は語気を強めて言葉を発する。
「ナニヲシニ・・・コレタ?」
「あ、えっと。ここまで虫ばかりで他の方には出会えなかったのでお目にかかりたいと思ったのと、音を聞いた虫が逃げていったので、こちらは安全なのではないかと思いまして・・・」
「ン・・・ンン??」
木の上に立った白いけむくじゃらの生物は太い首をこれでもかと傾げる。離れていても頭の上にハテナマークが浮いてるのがわかる。こちらの言葉が聞き取りずらかったのだろうか。
「イマ、イク」
そう叫ぶとけむくじゃらの生物は木の上から飛び降りた。ドシーン!!という音が響くが、当の本人は痛くも痒くもなさそうな顔でこちらへと歩み寄る。
「あ、あの」
「ス、クルカ?」
近くで見るととても大きい。身長は二メルを超えているのではないかというほど大きく、気を抜くと飲み込まれてしまいそうだ。そして私の目の前まできたけむくじゃらは親指(?)をぐっと立てて後ろを刺した。
「え、あ、はい」
「ン・・・」
私の答えに満足したのか、それだけ呟くと彼らの住居らしき方へと歩いて行ってしまった。何を言われているかわからず、反射的にハイと答えてしまったが、もしかしてこれは歓迎してもらえているのだろうか。
「あ、待って下さいっ」
私はズカズカと先を進むけむくじゃらの後ろを急いで追いかけた。
「テャ」
「ありがとうございます」
私は差し出された木のカップに口をつける。中には赤色の果汁のようなものが入っており、とても甘い匂いを発していた。けむくじゃらは意外と紳士なのか、私にカップを差し出す前にきちんと私の前でその中身を飲み干した。
「ドウシタ、キタ?」
「はい、それではーー」
やはり先ほどの答えでは要領を得なかったのだろう。けむくじゃらは再度、私に同じ質問を投げかけてきた。私は半ば予想していたため、今度はゆっくりとこの森に来た経緯、そしてこの区画を訪れた理由を説明した。
「ということです」
「ン」
あれから時間をかけて説明したことでようやく理解してくれた。そして話の流れで聞いたが、彼らは「モノラージュ」という種族で、彼はミドルゥという名前らしい。今はいないが他にも仲間はいるようだ。現在、他の場所へ食料を探しに行っているらしい。
彼の話を要約するとこの森の霧を作り出しているのは彼ららしい。一週間に一回、この区画に住まう彼らのうち数匹が、交代制でこの霧を発生させる。どうやらこの霧は撹乱効果のある霧らしい。
それにしては私はそこまで迷わなかった、と思ったが、どうやら本能で生きるものにしか効果が無いようで、私のような魔族だったり、知性ある魔物だとこの霧はあまり機能しないのだとか。
だが、純粋に視界が悪くなるだけでも有用性はある。理性があるほど視界が効かず、ずっと同じ風景だけが続くと精神が蝕まれる。
逆に彼らの仲間はこの霧の影響を受けないのか尋ねると、彼らは同族同士でテレパシーのような能力を使えるうえ、レーダーのようにある程度近くなれば仲間の居場所が分かるのだとか。
ただ、その代わり誰かはこの拠点に残らないといけないため、今回残っていたのがたまたま彼だったようだ。
また、他の階層にも彼らの同族はいるそうなのだが、その話をすると彼は苦い顔をした。(この短時間で彼の表情の変化が分かるようになった。)けれど、少し話してくれた。本来、彼らは生まれも育ちもその階層であるため別階層へと赴くことは滅多にない。
しかし、ここに住む彼らは違った。
ここに住むのはそれぞれが皆、別階層からの寄り集まり。だが、たった一つの共通点は別階層へ興味を持ったこと。そして、実行に移したもの。
彼らは等しくそのグループから除け者にされ、幾人もの犠牲を出しながらこの拠点にたどり着いたらしい。
「ン?!ナニガ!!」
「どうかしたのですか?」
それから2人で雑談をしていると急にミドルゥが立ち上がった。どうやら仲間からの緊急信号を受け取ったらしい。
「ココニイロ」
「いえ、お世話になったのです。私にも何か手伝わせてください」
「ジカンガナイ。ウラシマレル」
「怪しまれるですか?確かにそうですね。でも、帰ってきた拠点に見ず知らずの者がいる方が余計怪しくありませんか?それならば私もあなたについていってその場で説明した方が信憑性も増すと思われるのですがいかがでしょう?」
「ウ・・アァ・・ワカッタ」
知恵熱を出し始めたミドルゥは私の勢いに押される形でOKを出し、壁に立てかけてあった長大な剣を持って木を降りる。
(よしっ)
私は内心でガッツポーズをする。ここまで優しく出迎えてくれた相手に対して行うものではなかったが、こうでもしないと連れて行ってくれないと思ったのだ。
もちろん彼らを害するつもりなど毛頭ないが、私よりもこの森について詳しく知っている彼の仲間が、森で見たこともない魔族に対してどういった対応をするのかわからなかった。
ならば、ここで彼を待って状況を悪くするより非常事態に乗っかって敵対心理を持たせないうちに仲間意識を少しでも持たせることが出来たら、と思っての行動だった。
ちなみにこの森に魔族が来たことは彼曰く一度もないとのことだった。
「どの辺りまで行くのですか?」
「コノサキ、キザハシアル。ソコデクル」
「キザハシ?」
焦っているのかミドルゥはそれ以上語らず、森の中を駆け抜ける。私もそれについていくように彼の背中を追った。
「キュィーーー!!!」
「ナカマ、ダ」」
「近い!」
森の奥でまた笛を強く吹いたような高音が響き渡る。それに伴うように音の聞こえた方向から大量の虫がこちらに迫ってくる。その虫の大群を抜けると今度は、聞き慣れた金属が擦れ合う戦闘音が聞こえてきた。
「ミミ、フサゲ」
「え?」
「キュィーーー!!!」
「うっ!」
私は唐突に隣で響いた高音に驚いて耳を塞ぐ。だが、耳を塞いでもその上から食い破るように響く高音が私の頭を揺らした。
「アソコダ!!」
痺れる鼓膜にミドルゥの声が微かに聞こえる。高音に驚いて思わず閉じていた目を開けると、目の前で霧に紛れて誰かが戦っていた。
「あれは・・・?!」
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