第136話 魅惑の裏道
「?!」
まだ日も登らない真夜中、うちは警鐘を鳴らすような“直感”スキルに体が無意識的に反応して左に転がり、その勢いで体を起こして周りの状況を把握する。
「グゲゲゲゲ・・・!」
うちがさっきまで眠っていたそこには、錆びた刃がついた剣のようなものを振り下ろした状態で驚く生物がいた。
そいつは二足歩行で一見すると人間のように見えるが腕がとても長く、その長さはピンと伸ばした状態だとその生物の足首辺りまである。さらにそれに比例するようにその生物の身長もざっと見ても2メートルを超えているだろう。
そんな奇怪な生物が眼前に1体だけでなく4体もいる。いや、暗闇の中ですぐには気付かなかったが、右奥の瓦礫の裏に1体、そしてうちの左後ろの瓦礫に隠れるようにもう1体が潜んでいる。
「ゲゲゲッ!!」
不意をつけず、頭に来たのかうちに剣を振り下ろしていた魔物が怒りの声を上げる。それに呼応するように周りの魔物たちも手に持つ錆びた剣を振り上げて雄叫びをあげた。
うちはさっと装備を確認する。寝るときは刀を傍らに置いていたが、長身の魔物の攻撃を躱したせいで刀を置いている位置から離れてしまった。
(まずは刀を取らないと・・・)
「ゲグガ!!」
すると長身の魔物は連携を組んでうちを逃がさないように囲み、対角線の2人組が交互にうちに攻撃を仕掛け始めた。
「ゲグ!!」
互いにぶつからないようにか動きは巧みだが、攻撃自体は単調でフェイントを入れるような様子はない。それでもやはりS級ダンジョンの魔物のためか、一瞬でも気を抜くと真っ二つにされてしまいそうなスピードと威力をしていた。
そんな神経を尖らせる回避を行いながらうちの刀のもとへ少しずつ足を伸ばす。あと少しで刀を拾える位置まで来たところで、またも“直感”スキルが発動したうちはその警鐘に従って体を後ろに倒す。
すると目の前をほんの人差し指の先ほどの大きさをした石ころがものすごい速度で通過した。それはまさしくスナイパーライフルのようだった。
うちは目の前で見えた出来事の先を想像して一瞬呼吸が浅くなる。もし、うちに“直感”スキルがなければ、今頃お腹に穴が空いていたかもしれない。当たりどころが悪ければ、今の一撃で死んでいたかもしれないのだ。
だが、時間は待ってくれない。うちが体を後ろに倒したことで少し体勢が崩れた隙を突いてうちを囲っていた4匹の魔物が一斉に襲いかかってきた。
「くっ!!」
うちはなんとか体を捻って攻撃を避けるが、無理な体勢から回避したせいで若干体に痛みが走る。しかし、その甲斐あってか刀の近くに転がることはできた。
うちはすぐに刀を手に取って魔物に向けて構える。これでようやく反撃に出られる、と思いきやうちが刀を構えた途端、長身の魔物は体を翻して逃げていった。
「は?」
うちは素っ頓狂な声をあげながらも周りの気配を探るが、瓦礫の後ろに隠れていた2体も同じように逃げていた。彼らはこちらを振り返ることもなくこの荒廃した街のすぐそばまで生え広がっている森の中へと逃げていった。
「なんなの?」
それから念のためうちはその後も彼らが襲いに来ないか警戒していたため眠ることが出来ず、さらに1時間もしないうちに空も白み始めてきた。
「ふぁーぁ。なんだったんだろう、あいつら。あのまま戦いに発展したら危なかったのはうちなのに」
小さくあくびをしながら先ほどの襲撃を思い出す。彼らの攻撃は決して弱くなく、一つでも歯車が狂って攻撃を受けていれば待つのは死だったかもしれない。
そんな彼らにとっては優勢だったはずの状況をうちが刀を手に取った瞬間、それまでの優位を全て捨て逃げに徹するのは並大抵の意識では選択できない。ましてや本能で生きているはずの魔物ならなおさら。
それとも確実に勝ちをもぎ取りに来るタイプの魔物なのか、はたまた別の理由があったのか。今となってはわからないが、危機は去ったと考えよう。
うちはぐっと体を伸ばして荷物をまとめる。と言っても自身の服や装備などが主ではあるが。そして改めて自身のかばんの中身を見て、どうして保存食だけでも各自で持っておかなかったのか、と後悔する。
「水分補給しないとそろそろやばいよね・・・」
ピエロに飛ばされてからどれだけ時間が経っているかは不明だが、確実に体の中の水分は無くなってきている。さらに先ほどの緊張感のある戦いのせいで余計に体力を消耗していた。
「ふー。あっちかぁ」
視線の先は先ほど襲撃をかけてきた長身の魔物が逃げていった森の中。さすがにここまで荒廃した街の中に水源はないだろう。あっても枯れているか汚染されている。
反して魔物といえど生物が棲んでいるのなら彼らが生きていける環境が存在するということ。ならば確実を目指すのなら森の中というわけだ。
うちは刀の具合を確かめて森の中へと足を進めた。
「蒸し暑い・・・」
森の中へ入って3時間ほど。すっかり日は上り辺りには陽気な光が草木の合間から差し込む。だが、普段であれば光をいい具合に遮る雲がないため肌を焼くような暑さを感じる上に、木々の水分によって湿気も高くなっておりとても蒸し暑い。
3時間歩き詰めで、さらに蒸し暑いのは非常にいただけない。そろそろ見つけないと本格的に倒れてしまう。異世界に来て死因が熱中症など笑い話にもできない。
「ん?」
刀を杖代わりにして耳に神経を集中させながら歩いていると、近くで生き物が動くようなガサッという音が聞こえた。試しにそちらへ向かってみるとうちから逃げるように草木を分ける音は遠ざかっていく。
「一か八か・・・」
うちはその生き物の向かう先が水場、もしくは餌場であること。それか彼らの巣穴であることを期待して音のする方へついていく。水場や餌場であれば近くに水源があるだろうし、巣穴だったとしても彼らにとってそこが生活圏内なのであればどちらにしろ水源はあるだろう。
どんな生き物にとっても生きていく上で水はなくてはならないもののはずだ。この追っている音の主が水分を必要としない場合など、考えてもいない。
「そんなことまで考えてたら気が狂っちゃうよ」
それからしばらく一定の間隔を開けて相手に警戒させすぎないように追っていると、相手は大きく拓けた場所へと躍り出た。そこでようやく相手の姿を確認できたが、その姿は昨日食したイノシシと同じだった。
もしやここにはあの長身の魔物とイノシシしかいないのか?とも思ったが、相手がイノシシなのであればそこまで突飛な性質を持っているわけではないだろう。
それに耳を澄ませると微かにだが、水が流れる音が聞こえる、気がする。これが幻聴であればいよいよもって気が触れたと思われるだろうが、うちは一縷の望みをかけて音の出所へ進むことを決めた。
どうやらイノシシも運良く同じ場所を目指していたようでどんどん水流の音は大きくなっていく。さらには滝が落ちるような音も聞こえて、うちは幻聴ではなかったことを喜んだ。
「見つけた・・・」
「ブルル?!」
うちは眼前に堂々と流れ落ちる滝を前につい心の声が漏れてしまう。その声に驚いたイノシシは泣き声を上げてその場から逃げていった。だが、今はそんなこと目の端にも止まらない。
うちは一目散に綺麗な水の流れる滝の麓へ走り寄る。そして顔を水面につけて喉を鳴らして水を飲んだ。冷たく柔らかい水はどこか甘くも感じる。
「っはぁーー」
乾いた体が唐突な水分に驚きながらもスポンジが水を吸うように染み込んでいくのがわかる。そして綺麗で透き通った水をみたうちはふと自分の臭いが気になり腕や脇を嗅ぐ。
「うわぁ血の匂いと汗臭さが合体して・・・うぇ」
いままで気づかなかった自分の匂いに気づいたことで急に気持ち悪くなったうちはすぐに服を脱いで水に飛び込んだ。
「ふわぁーー、気持ちいい」
飛び込んでみると意外に底が深かった。だが、水の中には魚などの生き物はおらず、水草のような草木も生えていない。
「ここにはあのイノシシと魔物以外はいないのかな?」
うちはバシャバシャと滝の流れに逆らって泳ぎながら自問自答をする。ただ、まだこの森を全て踏破したわけではないのだ。さすがにずっとあの油と血の多いイノシシばかりを食べたくはないので、新たに食べられるものも探さなくてはならないだろう。
「ん?あれなんだろ?」
と、そんなことを考えていると何やら滝の奥に光るものを見つけたうちは荷物を掴んで滝の近くを覗き見る。すると滝の裏の岩陰に何やら隙間が見えた。
「これ・・・行けそうかも」
体を横にすればそんなに苦労せず進めるほどの隙間だ。うちは体を拭いて服を着てその隙間の奥に進んでみることにした。
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