第134話 レッドルート
「.......くっ!解けっ!」
「お主が暴れんと約束するなら解いてやってもいいぞ」
わたしは今、村嶺と呼ばれた者に付いていた者によって後ろ手に縄で縛られて座らされていた。場所は村嶺の家、そこの一つの部屋に通された。村嶺自身は小さな台のようなものに肩肘をつきながら傲慢に言い放つ。
「.......何のためにここまで連れてきた?それ次第」
「ふむ、簡単だ。お主がここまで来た経緯を知りたくての」
「.......それならネィミヤに聞けばいい。あの子には全部話した」
「お主の口から直接聞きたいのだよ。あの娘では知りえんこともあっただろう?」
「........」
「ランディ、フクセト。この娘の縄を解いてやれ」
「はっ」
わたしの後ろに立っていた2人の男が村嶺の命令に従ってわたしの縄を解いた。さすがにわたしもここまで来て暴れるつもりはない。そうして自由になった手を確認しながら改めて目の前の男に視線を移す。
名前はドルトンというらしい。まず、目を引くのはざっくばらんに整えられた緑の髪と精悍な顔つきに生える無精髭。見目は整っているためきちんと整えれば若く見えそうだが、手入れのしていない髭のせいでとても老けて見える。
そして肘をついているのとは逆の手にはキセルのようなものを持っており、時折口に持っていっては煙を吐き出す。何の木を燃やしているのか、甘い煙の匂いが鼻につく。
服はこの村で唯一、彼のみが身につけられるのか他のものとは違う羽織のようなものを着ているが、そこから見え隠れする筋肉は隆々としており、ただ、上から吠えるだけの人物でないことを表している。
「........何から話せばいい?」
「最初からだ。ここに来た経緯、目的、それからどうやってキザハシを使わずにこの村へ入ったのか。全て」
わたしは言われた通り最初から話す。だが、主さまの目的である“スキル統合”に関しては伏せておいた。もしかしたら何か情報を得られたかもしれないが、素直に話してくれるとも思わなかったし、何より信用ができない。
それにダンジョンを攻略するのには変わらないのだからいずれ出会うだろうという考えもあった。それからピエロに負けて、ここの海に飛ばされたところまで話したところで、そこまでずっと口をつぐんでいた男はゆっくりとその口を開いた。
「なるほどな。レッドルートはそういう仕組みか。良かろう、お主が意図的にわしらの村を荒らしに来たわけではないと信じよう。して、お主は何を求める?」
「.......はぐれた仲間たちの元に行きたい。あなたはここがダンジョンであることを知ってるんでしょ?だったらここは何階層?」
「ふむ、何も欲さんか。気に入った、お主の知りたいものを教えてやろう。まぁ、教えられる範囲でだがな。で?ここが何階層か、か・・・」
ドルトンはしばし顎髭をさする。知りたいことを教えてやると言ってすぐ、もうわからないことだったのか?と訝しんでいると、ぼそっとなにかを呟いた。
「........え?」
唐突だった上、あまりに小さい声だったため五感がいいわたしでも聞き逃してしまった。そのためわたしは聞こえるように再度問う。
「75階層だと言ったのだ。それもレッドルートのな。お主らがピエロと呼ぶのはあの奇怪な妖面を被った奴らであろう?あやつらはレッドルートに生息する魔物でも最弱だ。その試練さえ突破出来ん者がはるか下層である、この75階層の魔物に勝てるか?この村の子供でさえ勝てるような魔物に」
わたしは頭が混乱する。あまりに多くの情報を与えられすぎた。まず、ここが75階層?今まで攻略していたダンジョンは多くとも50にも満たなかったのにそれすら超えるのか。
それにさっきからドルトンの言うレッドルートとは何なのか。あのピエロが最弱?みんなが苦労して進んだあのピエロがこのダンジョンで最弱というのか。
「・・・ふむ。本当に何も知らんのだな。時間の許す限りお主の聞きたいことを答えてやろう。少々哀れだ」
「村嶺様。そろそろ合議の時間が・・・」
「よい、わしがおらねばお主らは何も為せんのか?そんな風に育てた覚えはないがな。ちょうどいい機会だ。わし抜きで合議を進めよ。ランディ、後ほど詳細を報告せよ」
「はっ」
わたしの横を指令を受けたランディが駆け抜けていく。主さまたちは無事だろうか。みんなわたしよりも強いから問題ないとは思いたいが、どうしても不安が過ぎってしまう。
「落ち込むのは後でもできるであろう?だが、わしに質問をするのは今このときのみだ。こう見えてもわしは忙しいのでな。今このときしかこんな時間は取れんぞ?」
「.......うん、じゃあーー」
それからわたしは思いつく限りの質問を拙い言葉で聞いていく。普段から話し慣れていないため、とても時間がかかったがドルトンは急かすことなく聞いてくれ、返答もとても丁寧に行ってくれた。
まず、ここがダンジョンであることを知ることができるのは、ドルトンのような村嶺とそのお付きのみ。なぜ、そんな情報統制がされているのかというと、ここの他に外の世界があることを知るとそこを目指すものが絶えず、しかし、ここを出る前に誰もが命を落としてしまうからだそうだ。
なら、そもそもどうやって彼らがここまで来たのかというと、ここはもともと彼らグリーンエルフが過ごしていた土地だったらしい。そこにこのダンジョンが生えたのだという。些か信じられなかったが、そう言い伝えられているそうなのだ。
そして、次に気になったのが『レッドルート』という言葉。これはどうやら主さまの言う裏ルートと同じようなものらしく、わたし達の進んだあの女神像から続く道がそれらしい。
だが、どういう経緯でこの裏ルートが『レッドルート』と呼ばれるようになったかまでは知らないという。
彼曰く、正規ルートも裏ルートもどちらを進んでもダンジョンはクリアできるらしいが、言い伝えでは裏ルートがクリアされた暁にはこの地を揺るがす何かが起こると言われている。
階層は全部で100階層。ということは今まで進んでいたペースでは到底あと数週間でクリアには漕ぎ着けられなかっただろう。そう考えると一気にショートカットして75階層まで飛んでこれたのは不幸中の幸いなのかもしれない。
「........最後に仲間の居場所はわかる?」
「さすがにそれは分からんな。わしも千里眼を持っとるわけでもない。そもそもお主の仲間がどんな奴なのかも知らんし、お主以外にここ数年でこの村を訪れたものはおらん」
「........そう」
わたしは聞きたいことは聞けたと席を立つ。
「どこへ行く?」
「.......最初に言った。仲間の安否を確かめないと。確かにあなたは強い、この村の人たちも。その彼らでようやくまともに戦えるレベルなのだったらわたしでは歯が立たないかもしれない」
「ならばーー」
「........でも、ただここでじっとしてるわけにもいかないわ。色々教えてくれてありがとう、それとネィミヤに助けてくれてありがとう、と言っておいて」
わたしはドルトンの止めるような視線を振り切って部屋を出る。外にはフクセトと呼ばれた男が立っていた。だが、わたしを止める素振りは見えない。
「サニア」
フクセトの側を通り抜けようとした時、後ろからわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。振り抜くとドルトンが扉にもたれかかって何かをこちらに投げ渡してきた。
「.......これは?」
「お主のレッグガードだ、少し細工をしておいた。わしはこれでも鍛治師の端くれでな。そしてお主の爪、見てて危なっかしい。くれてやるからこれをつけておけ」
またも袋に入ったものを投げ渡してきた。それなりに重量はあるが、片手で持てなくもない。開けてみると指を守るような手甲が入っていた。
取り出してはめてみるとぶかぶかだった手甲はわたしの手にぴったりとはまる。そして手の甲の部分には赤、青、緑の小さな玉が嵌め込まれている。見ると同様のものがレッグガードにもはまっていた。
「.......なにこれ?」
「魔力を流してみろ」
言われるがままに流してみると三色の玉がそれぞれ光出す。
「.......わっ」
「いっぺんに流すな。それぞれに集めるように流せ、いきなり全部はできーー」
「........なにこれ」
わたしの目の前で風と炎を纏った氷の爪が生成される。長さはだいたい主さまの持つ刀の3分の1ほどだが、相反するはずの属性が一つの魔法を具現させているのだ。
「.......いろいろできる」
魔力の流し方を変えると、氷の爪の中に炎を仕込んだり、見えない風の爪に冷気を混ぜたりなどさまざまなことができる上、それが左右で同時に別のことができるのだ。
「.......これすごいね、くれるの?」
「・・・あぁ、やる。まさか何も教えずに使いこなすとは思わなかったがな。最初は魔力を流しても封じてある魔法すら発動できんと思ったが、お主ただの獣人ではないな」
「.......詳しいことは知らないわ。もしかして足も?」
「あぁ。多少趣向は凝らしてあるが、だいたい同じことができる。存分に使え」
「........うん、ありがと」
ドルトンは目を見開いていたフクセトの背を叩く。そこでようやく我に帰ったのかフクセトはどこかに走り去っていってしまった。
「.......それじゃあ行くね。階段・・・じゃなくてキザハシはあっちだっけ?」
「あぁ、恵みを背に東へ行けばお主の見覚えあるキザハシに到達するであろう。その前にーー」
「お持ちいたしました」
「.......これもくれるの?」
「あぁ、食えるものがなければ意味がないであろう?」
「.......でも、なんでここまで」
「好意を無碍にするな、受け取っておけ」
「.......うん」
つい数時間前に出会い、なんなら一度は敵対した相手になぜここまでしてくれるのかは分からなかったが、もらえると言うのならもらっておこう。実際、この森で何が食べられるのかわからないし、ここの森に棲む魔物がどの程度の強さなのか未だ不明なのだ。
「はぁ!はぁ!サニア!もう行っちゃうの?!」
「........ネィミヤ。うん、わたしの大切な人たちが心配だから」
「そっか、分かった。でも、また来てね?もう友達なんだから!」
「........うん」
ネィミヤの握る手をわたしは握り返す。ネィミヤの泣き笑いのような笑顔にわたしはちゃんと笑い返せただろうか。ここがダンジョンである限り、もう出会う事はない。この下に降りてしまえばもう戻ってくることはないのだから。
わたしは迷いを振り切るように森の方へと足を向ける。ここでは沈まない日が嫌に悲しく見えた。
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「村嶺様、なぜ彼女にあそこまでの高待遇を?」
「ふむ、なぜだろうな」
ドルトンはいつの間にか部屋の窓の縁に止まっていた鷲を肩に乗せる。その足首には一枚の羊皮紙がくくり付けられていた。
その差出人を見たドルトンは昔を懐かしむように薄く微笑み、鷲が飛んできた方向を眺める。
「アライア、君の、わしらの英雄がこの村に来てくれたよ」
呟いた言葉はもう10余年ドルトンの側にいるフクセトでも真意を探ることは出来なかった。
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