第133話 海辺の森の民
ーーこれは夢だ。確信が持てる。
ーーだって、会えないはずの人がいる、聞けないはずの声が聞こえるのだから。
「辛かったでしょう、サニア。もう休んでいいのよ。1人にしてごめんね、これからは一緒にいましょう」
「そうだぞ。お前はよく頑張った。俺はお前を誇りに思う。最高の娘だ」
「........お母さん、お父さん」
わたしの目の前には亡くなったはずの両親の姿があった。他にも村の友達や奴隷商にいた子たちまで。
「.......ミア、ラミー、キノまで・・・」
「さすがサニア姉様ですぅ!やっぱりすごいですぅ!」
「あなたも強くなったじゃない。とっても素敵よ」
「サニアは誰よりも努力家だもんね!みんなに隠れて修行してたことも知ってるよ!」
それにわたしが愛した仲間たち。わたしがもっと強ければ救えたかもしれない人たちがみんな笑顔でこちらを眺めていた。
「........なんで、みんなが」
「もう休んでいいんだよ。あなたは頑張ったんだから」
「........ラミー?」
「サニア姉様も辛かったですよね。これからは一緒にいられますから!」
「.......ミア・・・?」
「もう我慢しなくていいんだよ。無理についていこうとしなくても。サニアにはサニアの分があるんだから」
「........何を言ってるの、キノ?」
みんながわたしに手を差し伸べながら何かを囁いてくる。その声は麻薬のようにわたしの頭を埋め尽くし、正確な判断能力を狂わせていく。
「もう無理しなくていいのよ、サニア。これからはずっとお母さんとお父さんとお友達で静かに緩やかに過ごせるから」
「みんなでずっと、優しく暮らしていきたいと言っていたじゃないか。これからはそれが叶えられる。こっちに来なさい、サニア」
「........うん」
わたしは言われるがまま差し出された手を掴もうとする。わたしのお母さんやお父さん、わたしが愛した仲間たちがそう言うのだ。間違っているはずがない。
「?!がっ??ごぼっげぼっ?!」
だがその瞬間、急に呼吸が苦しくなる。まるで鼻や喉が水没したように息がまともに出来ない。そして焦れば焦るほど空気は薄れて目の前がちかちかする。ふと、何かに引っ張られるような感覚がして下を向いた。
「?!」
すると先ほどまで目の前にいた両親や仲間たちが皆、わたしを水の底へと引き摺り込むようにわたしの両足を掴んでいる。
「がぶ!ごぼ!」
やめて、と叫ぶが声にはならない。しかも彼らはまるでそれを面白がるように笑っていた。
「さぁ、こっちにおいで、サニア。辛いことなんて忘れましょう?」
「ここなら一生お前を守ってやれるからな」
「げぶ・・・」
わたしの声は届かないのに、嫌にはっきりと彼らの声はわたしに染み込んでくる。そうしていよいよ息が持たなくなり、意識を手放しかけたその時、強い力でわたしの腕が引っ張られそれを最後にわたしは気を失った。
「うっ?!げほっけほっ!!けほっ!」
意識を取り戻すとともに喉に詰まっていた水を吐き出す。ある程度息が落ち着いたところで周りを見回すと辺りは砂浜で目の前には広大な海があり、わたしのすぐ後ろには森がある、というよく考えると生息地帯がおかしな場所だった。
「........ここは・・・?」
体に触れるガサガサする感触を調べると麻のようなものの上に寝かされていた。さらに頭の上には濡れタオルのようなものと日差しを遮るパラソルのようなものも差してあった。
「.......一体、誰が・・・」
明らかに人の手が入っている。記憶は朧げだが、わたしは確かに溺れかけたはずだ。それが目を覚ましてみればこんな麻の上に寝かされているのだ。
「.......誰?!」
考えに耽っていると後ろからザッザッと砂を踏む音が聞こえた。すぐに振り向くとそこには1人の女性が立っていた。
背は女性にしては高く主さまよりも少し高いくらい。つり目で切れ長の瞳に似合うシュッとした顔立ちに細い腕や足腰。それこそ老若男女問わず、すれ違えば振り返ってしまうほどの美女だ。
そんな女性はいつか見たあの子を彷彿とさせた。
「.......ミア?!」
よくよく見てみると耳は尖っているが、まず身長が違う。さすがに2年ちょっとでここまで伸びるはずがない。それに髪色も違う。彼女は自身の白に近いほどの肌色によく映える深緑の髪色をしているが、ミアは金に近い色をしていた。
何より、彼女が生きているはずがないのだから。
「........いえ、違うわ。ごめんなさい。あなたが助けてくれたの?」
「うん、あなたも大丈夫・・・そうだね。確かに私はそのミアって子は知らないけれど、きっとあなたの大切な人なのでしょう?ずっと呟いていた名前の中にその子の名前があったよ」
彼女は言いながら両手に抱えた木の実のようなものをわたしの近くに置いてくれる。そして彼女はわたしの近くに座り、わたしを見ながら持ってきた木の実の一つをかじった。
「おいしいよ」
毒なんて入っていない、という証明のつもりなのだろう。さすがにわたしを救ってくれた人の好意を疑うわけにもいかない。わたしはありがたく持ってきてもらった木の実をかじった。
「そうだったんだね・・・」
「.......うん、だから助けてくれてありがとう。でも、行かなきゃ」
それからわたしがここまで来た経緯を覚えている範囲で話す。彼女もこの辺りのことを教えてくれた。彼女の名前はネィミヤというようで、どうやら彼女たちは『海辺の森の民』という種族らしく、生まれてからずっとこの海の近辺の森で暮らしているらしい。
わたしの記憶はあのピエロの笑い顔で終わっている。最後、意識は戻っていたし、主さまの声も聞こえていたのだが、なぜか叫んでも声が出せなかった。そうしている間に目の前には闇より黒い渦が迫り、気がつくとここにいたのだ。
そのためここはダンジョンの何階層なのかネィミヤに尋ねるときょとんとしていた。彼女曰く『ダンジョンが何かは知らない。私たちは生まれてからずっとこの森で暮らしている』だそうだ。
ならばわたしはダンジョンの外にはじき出されたのかとも思ったが、上を見上げると何の素材かは分からないが、黒い鉄のようなものが雲の切れ間に見え隠れしているのが見える。
それにネィミヤはしきりに暑い暑いと手をパタパタしているが、それもわたしは感じなかった。理由としては弱いかもしれないが、これがわたしがここをダンジョンだと思った理由。
「体力も無くなっているだろうし、一度村においでよ。私じゃ難しいことわかんないけど、村嶺様なら何か知ってるかもしれないし」
「........ありがと。でも、急がないと。みんながどこにいるのかわからないけど探さなきゃだから」
依然としてネィミヤはここがダンジョンであることを信じてくれなかったが、それは今重要ではないだろう。わたしは木の実の最後を口に放り込み立ち上がる。
おそらくここはまだダンジョンの中で間違いない。だが、ここが何階層になるのかがわからないため気をつけて進まなければ、と気合を入れ直していると後ろから数人がこちらに向かってくる気配を感じた。
「ふぅむ、外の者か。どうやってここに来た?キザハシは動いていなかったが」
「村嶺様!」
わたしはすぐに戦闘に移れるように警戒レベルを上げる。というのも村嶺と言われたものもその周りに立つ者も皆がわたしを警戒していた。そんな状況で油断できるほど図太くはない。
「彼女はこの恵みの中に落ちてきたんです!その下にはイーターフィッシュが沢山いたので見捨てることも出来ず、助けました!」
「ふぅむ。我らの恵みを汚す輩かと思うたが、お主も巻き込まれた者か」
「.......」
「喋らぬか。よい、この者をわしの元へ連れてこい。・・・暴れるなら多少痛めつけてもかまわん」
「........シッ!」
わたしは舐められたことの怒りと身の危険を感じ、一足飛びに村嶺と呼ばれる男を狙う。愛用しているレッグガードは付けられていないが、爪はある。わたしはいつもどおり鋭く、より鋭く爪に氷を纏い、背を向ける男を斬りつけた。
「........なっ?!」
ギャインッ!という音と驚愕と共にわたしの体が弾かれる。それは速度を乗せたわたしの爪が弾かれたからではない。その一撃をもってしても、何の防御行動も取っていないこの男を揺らがせることも出来なかったからだ。
「取り押さえろ!!」
「.......くっ!」
その一瞬の硬直を狙われてわたしはあっさりと周りのエルフ達に捕まってしまった。
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