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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第6章

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幕間〜新たなる柱の誕生〜

 あれから何日経過しただろうか。カーテンは締め切られ部屋の隅には埃が溜まっている。


 うちはLONEの鳴り止まない携帯を放り捨て、布団を頭から被る。今は何も考えたくなかった。正直、あの場所からどうやって家まで帰ってきたのか覚えていない。だが、左手に握られた血塗れのストラップがうちを現実へと引き戻す。


「カイト・・・」


 もう何度泣いたか思い出せない。それでも涙は枯れることなく溢れ出してくる。



 それから溢れ出す感情のまま泣き腫らしたうちはお腹の叫びを聞いて徐に体を起こす。何も口にしたくなくてもお腹は空く。そのことに無性に腹が立った。


 起き上がった拍子に髪が顔を撫でる。ツンとした酸っぱい臭いが鼻をついた。もう何日お風呂に入っていないのだろうか。自分の臭いには鈍いとは聞くが、それでも臭うなら相当だろう。


 うちは気怠げな体を引きずって服を脱ぎ、お風呂場へと歩む。ふと、洗面台に映った自分の顔を見ると、とんでもない顔をしていた。


 頰は痩け、目は腫れ、その下には大きな隈ができている。何日も化粧を落としていない上、肌の手入れもしていないため荒れまくりだ。


「さすがにやばい・・・」


 自分の顔を見て我に帰ったうちはバスタオルや下着などを用意してお風呂へ入る。ベタついた肌を洗うことで綺麗になっていくのが心地いい。だが、胸を埋める喪失感は消えず、それを意識するとまた涙が溢れ出してきた。


「会いたいよ、カイト・・・」


 呟いたうちの言葉はシャワーから流れるお湯に流されていった。



 それから20分ほどかけてお風呂で汚れを落としたうちはご飯を食べようと肩にタオルをかけてキッチンへと向かった。


「やぁ!はじめましてだね!」


 声が聞こえた。うちは一人暮らしのはず。その上、最近は大学にも行っていないしLONEも無視しているため誰の声も聞こえないはずなのだ。なんなら聞こえた声には聞き覚えさえない。


 うちは恐怖のあまり声も出せず、固まる。思わずギギギと油の指していない機械が動くような挙動で声のした方へ向くと、そこには1人の女が座っていた。腰まで伸びた紅蓮のような真っ赤な長い髪に、黒縁のメガネをかけた切れ長の瞳、そして小柄で可愛らしい印象を受けるその体躯には少し不釣り合いな丈の長い黒色のカーディガンのようなものを羽織っている。


 その横には同じような服を着た、短髪の真っ黒の髪に少しあどけなさが残るような顔立ちの男が目をつぶって立っていた。


「あ、あなたたちはだれ?け、警察呼びますよ」


 なんとか声を絞り出して警告をする。それと同時にすぐに通報できるように携帯を探す。運良く放り投げていた携帯はうちのすぐそばに落ちていた。


「そんなに警戒しなくても殺さないよ!むしろ君の願いを叶えにきたんだよ!」

「・・・はぁ?わけわかんないこと言わないでください。あと1分でこの家から出なかったら警察呼びます」


 うちは彼らから視線を外さないように慎重に携帯を手に取る。だが、それでも彼らは動く気配がなかった。うちは宣言通り指を110番に動かす。


「さすがに騒ぎになるのはめんどくさいなぁ。トルソーラ」

「はぁ。あんまり刺激してやるなよ」


 ため息をつきながら横に立つ男がパチンッと指を鳴らした。その瞬間、外で鳴いていた鳥の声、家の前の道路を通る車の音、かすかに聞こえていた隣人の声などの一切の音が消え、また、手に持つ携帯も壊れたように画面が押せなくなった。


「え、え?何?何したの?!」


 うちは状況が飲み込めずパニックになりながら何度も画面の110番をタップするが、一切反応しない。現状を問い詰めるため、何かをしたであろう2人を睨みつけると、ふと周りが灰色に染まっていることに気がついた。


「な、なにこれ・・・」


 何もかもが分からない。恐怖で足が震え、吐き気がこみ上げる。だが、みっともなく尻餅をつくことはなかった。いや、つくことが出来なかったという方が正しいか。


「体が・・・動かない?」


 足は震え、体のバランスは崩れているのに体は倒れない。口や指は動かせるのに、顔や腕は動かせない。うちの体はそんな奇妙な状態にあった。


「これで大人しくなったかな?それでも騒ぐようだったらちょっとお仕置きが必要になるけど」

「だから脅すなって」

「えー、話進まないもん」

「急に来てるんだからびっくりして当然だろ」

「はぁ、人間ってめんどくさいなぁ。君やカイトくんは慌てなかったからすごく楽だったのに・・・」

「あまり余計なことを・・・」

「カイト!あなたカイトを知ってるの?!」


 恐怖とパニックで気が飛びそうだったうちはある単語を聞いて正気に戻る。確かに目の前の女は言った。『カイト』という言葉を。


「ねぇ!カイトを知ってるの!?今彼はどこにいるの?!」

「・・・あれ?あの子状況を知らないの?」

「いや、知ってるはずだ。あいつが瞰(み)ているからな、間違い無いだろう」

「・・・え?じゃあなんで?まさか神隠しとかにあったと思ってるの?頭イってるじゃん」

「お前と違って彼女は繊細なんだよ、きっと。愛する人を亡くしたんだ。そりゃ現実を受け入れたくないさ」

「えー、だって生きてるのに悲しむ必要なくない?」

「それを知らないからこうやって慌ててんだろ」

「あ、そっか。それを言いに来たんだった」

「ねぇ!カイトはどこなの?!」


 何かを小言で話しているため内容が聞き取れない。だが、今はそんなことよりカイトの安否だ。やっぱり何か事件に巻き込まれたのだ。それも表に出せないような大きな事件に。その保護のために一時的に身を隠しているに違いない。


 それならばニュースで事故として処理されるのも分からなくはない。世の中には陰謀だったり誘拐だったりとかがあるくらいだ。


「はいはい待って、今説明するから」




 それから椅子に座った女は事の経緯を語り出した。その内容はとても信じられるようなものではなく、まだ、ドッキリのフリップを出された方が信憑性がある話だった。


 まず、目の前の女と男はKAMIと自らを名乗った。そう名乗った時の隣の男の苦虫を数十匹ほど噛み潰したような顔が印象に残る。


 そして今音が聞こえないのは刻を止めているから、だそうで、うちの体が中途半端に止まっているのもそれが原因らしい。


 また、1番重要なカイトはこことは違う世界で今も生きているらしい。だが、そこはうちたちのいる地球とは全く違う法則で世界が動いているため、今もカイトはその世界で苦しんでいるのだと。


 なら神様なのだから、元の世界に戻してほしいと頼んだところ、基本的にその世界にKAMIが直接干渉することはできないようで、なんとか死にそうだったカイトを治療することは出来たらしいのだが、手を出せたのはそこまでだったようなのだ。


「それにKAMIといっても万能じゃなくてさ。出来ること出来ないことあるし、あとめんどくさい奴もいるんだよねぇ。そいつが目を光らせてるからなかなかカイトの手助けを出来ないんだよぉ」

「そこで君に一つ提案がある。もし、君が我々と共に来てくれるのならカイト君に会わせると誓おう。その時に君が彼とどうしようが君の自由だ。そのための力も提供する」

「・・・ほんとに?」

「あぁ、約束しよう」


 うちは処理の追いついていない頭で男の提案を吟味する。本心で言えば、今すぐにでもその提案に飛び付きたい。もう一生会えないと思っていたカイトに会う機会をくれるのだ。飛びつかない手はないだろう。


 だが、いかんせん荒唐無稽な話であるため信用しきれないのも事実。そもそもカイトがそういった設定の小説やマンガを読んでいたのを知っていて、同じ趣味の者が悪ふざけで宣っている可能性もある。


(でも、時を止めるなんて普通は出来ないよね・・・)


 そう、現に超常的な現象を見せつけられているのだ。それならば目の前の2人は普通の人間でないことは明らかだろう。カイトに話を合わせようとそういったマンガを読んでいたのが功を奏した。読んでなければ鼻で笑って突き返していただろう。


「・・・分かった。何をすればいいの?」


 それに今ここで短絡的な思考に流されて突っぱねてしまえば、もう二度とカイトと会える機会がないような気がした。あんな喪失感を味わうのはもう嫌だ。それにうちが辛いとき、カイトはいつもそばにいてくれた。


 なら、今度はうちが。うちがカイトのそばにいてあげなくては。いくら自分の好きな世界に行ったからといっても1人では寂しいだろう。それに普段はクールであまり群れるのを好まないような性格だが、意外と寂しがりやなのだ。


「オッケー!交渉成立ぅ!これでようやく席が埋まったぁ!キャピッ!」

「余計なことを言うな。アレを渡してやれ」

「はぁーい」



 KAMIと名乗る彼女は気怠げに席から立ち上がる。そしてポケットを弄って何かを取り出した。見ると彼女の掌の上には得体の知れない物体が浮かんでいた。まず、中心には白く輝く物体があるが、そこまで眩しくはない。さらにその周りにはギザギザの歯車のような大きさの違う円盤が三つ、漂うように、重なるように不規則に廻っている。


「さぁ、これを受け取るがいい!これは君の運命を変える新たな道しるべだ!!」


 うちは言われるがままにその物体へと手を伸ばす。ソレはうちが手を翳すと吸い込まれるようにうちの体へと消えていった。


「・・・え?」

「これで晴れて君も我々の仲間だ!!せっかくだし君に名を与えよう!うーん、そうだなぁ。・・・君の名前から取って『カナディア』ってのはどうだい?いい名前でしょ?」

「うっ?!」


 名前を与えられた途端、自身の身が内側から潰されるような感覚に襲われる。次いで心臓から血を全身に送るように、急激な力の奔流に全身が苛まれた。


 だが、その我が身が潰されるような圧迫感は数瞬もせずに消えた。代わりに全身に流れる力は元々備わっていたかのようにうちに馴染んで浸透していく。やがてうちの心は一つの感情で埋め尽くされた。


「・・・あぁ、愛してるよカイト。これであなたを死の運命から救ってあげられる!!愛してるよ、愛してる愛してる愛してる愛してるカイトカイトカイトカイトカイトカイトカイトカイトあははははは!!!」


 妾(わたし)はとても気分が良かった。もう彼らが来るまでの鬱屈した感情は毛ほどもない。今では言い知れぬ全能感が妾(わたし)の体をこれでもかと満たしている。


「取り込めたようだな。それじゃあ共に行こう、新たな同志よ」


 すると男の声と共に妾(わたし)の部屋の壁に銀色の楕円形が現れ、そこから1人の男が出てきた。その男のオールバックにして固めた髪はくすんだ銀色をしており、背は高く2メートルに届くのではないかというほど。彼も他2人と同様、黒いカーディガンを羽織っているが、膨れ上がった胸板で今にも張り裂けそうである。


 その男が出てきたこの銀色の楕円形だが、それはどうやらどこかの空間に繋がっているようで、男にその先へ行くように案内される。


「あなたは?」

「これは挨拶が遅れた。私の名前はグルニオラと言う。よろしく」

「グルニオラね、分かった。妾(わたし)はカナディアっていうらしいよ。よろしくね」


 軽く挨拶を済ませて妾(わたし)は銀色の楕円形を潜る。するとその先は真っ白の空間に繋がっていた。部屋の広さは見るだけでは伺えない。だが、部屋の中央にはこれまた大きな白い机があり、そこには12個の椅子が備え付けてあった。


「うふふ、ふふふふふふ!カイト!待っててね!!」


 妾(わたし)ははしたない女だと思われないように興奮を隠しながら白い部屋へと入っていった。









「あれ大丈夫か?潰れないといいけど」

「まぁ大丈夫でしょ。さぁ!これからは君が思うままに進むといい!!世界を壊すもよし、彼を守るもよし!そして、彼を殺すもよし。何せ君に与えたのは愛と運命の力!さながら『運命神』といったところか!そう!なればこそ!君が決めた道が世界の運命となるのだから」



 ーー今ここに、新たなる柱(かみ)が誕生したのだ。

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