第131話 光を照らす闇『中編』
進み始めてからどれほど経っただろうか。それなりに大きな灯りを焚いても1メートル先すら見えない闇の道には相変わらず一つの罠も存在しない。
ハズレの道のように突然突き出てくる黒鉄の槍のような罠も警戒して逐一探査しているのだが、何一つ引っかかるものはなかった。
「これなら一度テミス達の行った方向も探索しておくべきだったか・・・」
道の形状や罠の密度、最後の女神像の部屋など俺たちの進んだ道とあまりに似通っていたことや罠解除の繰り返しもあり、短絡的に先に進むことを決めてしまったが、確実を期すなら無駄骨でも確認しておくべきだった。
ここまで来るのに想定以上に時間がかかっているため気が急いてしまったのだ。だが、過ぎたことをいつまでもボヤいていても仕方がない。最悪、この道がハズレなのであれば消去法で最後の道が正解だろう、とポジティブに捉えることにした。
「これほんとに終わりがあるのかな?」
「.......永遠に続いたりして」
「怖いこと言わないでっ!」
見通しづらいもののだいぶ闇にも慣れてきたみんなは自ずとその口も開いていく。段々と軽口を言えるようになるくらいには緊張は解けていた。
「あれからどれくらい進んだでしょうか?ひたすら真っ直ぐに進んでいますけど・・・」
「だいたい、半刻ほどか?確かに不気味なことに変わりないが、ここまで何もないとこっちもハズレかもーー」
「ケケケケケケケケ・・・・」
「っ?!」
程よく解けていた緊張が再び締まる。だが、突如俺たちの耳に響いた謎の鳴き声はすぐに収まりか細く消えていった。
「今の、聞こえたよな?」
「はい、確かに。少しずつ小さくなっていきましたね」
「逃げていったのかな?」
「さぁ、それはーー」
「コッチ、オイデ?」
「きゃあ!!」
「サニア!!」
俺は咄嗟に聞こえた方向へ振り向き、サニアに声をかける。サニアもすでに戦闘態勢を取っており声の聞こえた方へ爪を疾らせていた。
「.......いないっ!」
「くそ!どこ行きやがった!」
「カイトさん!光が灯りが出せません!」
「なにっ?!」
「いやぁ!?!」
この圧倒的な暗闇の中で灯りが出せないのは致命的だった。狭い道にいながら互いに見合うことすら不可能なほど濃密な闇の中で響いた声が急に光を消されたことも相まってパニック状態に陥った。
俺はなんとか手探りでみんなを抱き寄せる。抱き寄せたみんなの体は大なり小なり震えていた。暗闇がそうさせたのか、それともこの幽霊のような鳴き声がそうさせたのか。
「大丈夫だ。大丈夫、ゆっくり深呼吸して」
1番パニックに陥っていたミユが一際大きく深呼吸をする。そうすることでやがて落ち着いたのか震えは少し収まった。
「ごめんなさい、大声上げちゃって」
「構わないさ、あれは誰でも驚く」
「でも、カイトさん。この先どうしますか?灯りを出そうとしても何かに邪魔されるように消されてしまいます」
言いながらテミスは実演してみせる。確かにテミスが手のひらから拳大の光の玉を出してみるも中空に吸い込まれるように小さくなって消える。その間1秒もなくとてもではないが進めるような状況ではない。
思いつく方法としては壁伝いに進むか、魔力は消費するが常時光の球を出す方法。だが、前者は何かの拍子に罠を発動させてしまう可能性がある。
ここまでも罠が見えずともスイッチのみあり、その先から罠が発動するなどがあった。最初の岩ピエロもそのひとつだ。
「わっ?!まぶしっ?!」
だが、俺たちのそんな懸念はすぐさま晴れた。余計なものを連れて。
「これって、ボスが近いってこと?」
「ここまでのを考えるとそうなるな・・・」
互いの顔すら見えないほどの暗闇は突如灯った両壁の蝋燭によって晴らされた。しかし、これが意味するところはこの先にボスの部屋があるということ。
「カイトくん、あれ・・・」
徐々に灯っていく蝋燭を追っていたミユが徐に指を指す。その先には高さ10メートルはあろうかという、あのボス部屋への扉が鎮座していた。
「今回は敵の予想が付けづらいですね・・・。ピエロと呼ばれるものだとは思うのですが・・・」
「そうだな、それにあいつらはそれぞれ何かしらの古代兵器の様相を呈していた。なら、この先にいるのはそれよりも強大な兵器の可能性がある」
俺たちは作戦会議がてら部屋の前で休息をとる。暗闇は否応なく体力を削るのだ。ここまで来るのに時間がかかっているのもあるため、予定より多めに休息を取っておくことにした。
「カイトくん、ありがと。もう大丈夫だよ」
「本当か?」
「うん、暗くなるかもとか幽霊出るかもって思っとけば大丈夫・・・だと思う」
「なんだそれ。まぁ無理はするなよ」
ミユの少し歯切れの悪い回答に頬が綻ぶ。自然と過度な緊張は解かれていた。あとは敵の姿を見極め、倒すだけだ。
俺は巨大な扉に手のひらを当てる。すると挑戦者が来たことを感知したのか、扉の文様が青白く光り始め、ゴゴゴッという音を立てながら扉が奥へと開いていく。
「真っ暗だな」
「大丈夫・・・怖くない怖くない」
部屋の内部へ全員が入るとどうやってそれを感知しているのか、扉がまた一人でに閉まり始めた。やがてズゥンとお腹の底に響くような音を立てながら扉が完全に閉まる。自然、辺りは静寂が覆った。
「これでは敵の姿が見えませんね。匂いで何か分かりますか?」
「ぼんやりとだな。何かがいるということくらいなら分かるが、全容が見えない。サニアは?」
「.......私も。でも、多分おっきいよ」
「どれーー?!」
どれくらいだ?と聞こうとしたところで俺の“予知”が警鐘を鳴らす。俺はそれに従い、予知スキルが示す場所へ刀を滑り込ませ、体を傾けるとそのすぐ後に刀を掠める形で何かが飛んできた。
「何が・・・!?」
反射的に飛んできたものを見ようと後ろを振り向くと槍の形をした闇が光っていた。自分でも何を言っているのかと思うが、そう表現するしかない。
1メートル先すら見えないこの部屋で光沢を持った闇の槍が存在感を示すように光っている。それは突き刺すためにのみ存在しているような形状で、穂先から3つの凶悪な返しが伸びていた。
「「「「「「ケケケケケケケケケケ!!」」」」」」
その時、虚空から甲高く耳障りな嗤い声が辺りに響いた。その声は俺たちの来訪を喜ぶようで、讃えるようで、貶すようで、嘲笑うようだった。
声を頼りにその方向へ向くとそこには毒々しく色鮮やかなピエロが8体、円を描くように顔だけ浮かんでいる。それぞれ色は違うがここまでの階層で出会ったピエロだろう。見覚えがある。しかし、その顔の大きさは比べるべくもない。
一つ一つが人間一人分ほどの大きさをしており、横向きも逆さも関係なく口々に甲高い嗤い声を上げていた。そして今度は一頻り嗤い続けたピエロが一斉に黙る。するとそれに合わせて空虚だった真ん中に一際大きなピエロの顔が2つ、互いに逆さに現れた。
「ヨクキタネ。マッテイタヨ!サァ。タノシイタノシイ!ゲームヲ。ハジメヨウカ!」
聞き取りづらい片言で2つの顔が交互に一方的に喋ると、上のピエロが早口で何か呪文のようなものを唱えあげる。すると先ほども飛んできた闇色の槍が天を埋め尽くすように顕現する。
「マズハ。サイショノ。シレンダヨ」
「散れ!!」
俺の言葉と同時に皆が散る。それに少し遅れるようにして天を埋め尽くす闇色の槍が一斉に解き放たれた。
「ぐっ?!速いっ!」
気づけば槍は俺の肩を掠めていた。肉を裂かれる熱さと痛みに耐えつつ弾幕のように放たれる槍を躱し、弾いてピエロに向かって歩を進める。
その速度は遅々として進まないが、迫る槍はもはやピストルの弾と引けを取らないほどに速い。この速度は異世界に来て反射神経が良くなり、さらに諸々スキルを持った俺でようやく躱せる速度だった。
それに全神経を集中させているためみんなの様子を探ることも出来ず、彼女たちの声も雨のように降り注ぐ槍の轟音に掻き消されて行方知れず。その上、この暗闇のせいで姿を見ることも叶わない。
弾幕があったのは数秒か、それとも数時間か。気づけば槍の雨は収まり、辺りには不気味な静けさが残っていた。だが、地面は穿たれた槍のせいで地面が削れており、先ほどまでが夢でなかったことを明確に表している。
「おい!みんな!無事か?!」
俺は大声でみんなの安否を問う。するとーー。
「大丈夫です!皆さんは?!」
「こっちも大丈夫!サニア?!」
「.......大丈夫よ!」
「よかった!怪我はーー」
「スゴイネ。ヨカッタネ。ボクノマケ。ジャア。バツヲウケヨウ」
怪我はないか、その言葉は続かず、俺の言葉に被せるように目の前の大ピエロはマイペースに語り出す。それにしても罰とは一体なんなのか。その答えはすぐに示された。
「キェアアアァァァァ!!!!」
耳に痛い悲鳴を上げながら左下にいた青と白の縞模様のピエロが血を撒き散らしながら爆散した。だが、その血は地面に流れる前に蒸発するかのように宙へと消える。ピエロの顔が並んだ円は左下が空虚に闇に埋れていた。
「サァ!ツギノゲームヲ!ハジメヨウ!モリアガッテ!キタネ!」
「おいピエロ!お前らはなんなんだ!ゲームだと?!」
「シツモンカイ?。アイニクダケド。ウケツケテイナイ。ダガ。ルールハ。セツメイ。シテオコウ」
「ココデハ!ワタシタチガ!ゲームマスター!ボクタチガ!ヨウイスル!シレンニ!ウチカテバ!キミタチノショウリ!」
「シレンハ。ゼンブデ。10カイトスル。マケレバ。バツヲ。ウケテモラウ」
「なんだと?罰とは何だ!」
「ソレハ!ソノトキノ!」
「オタノシミ。ダヨ」
「ソレジャア!ツギノ!シレンニ!イッテミヨウ!」
「おい待て!!それじゃルール説明にならねぇだろうが!!」
俺は思わず怒鳴り声を上げてしまうが、2人のピエロはすでにこちらの言葉に耳を貸すことはなく、また、聞き取れない呪文を詠唱し始める。今度は下のピエロが何かを詠唱する。
すると今度は瞬く間に視界を青が埋め尽くす。どこから現れたのか自分の手すら朧げにしか見えない闇の中でその青は一際輝いていた。
「今度は・・・なんだ・・・」
俺の体を不安が覆う。高さの見えない上空に揺蕩っていたソレは舞う場所を求めて下界へと降りてくる。そうしてちょうどピエロの頭に届くかという距離で綺麗に静止した。
「サァ!ガンバッテ!タエテネ!」
下のピエロの言葉に因らぬ低い声はすぐ後に響いた轟音に掻き消された。
ーーそれはまさしく轟音だった。
「がぁ?!」
体が吹き飛ばされそうな衝撃と共に耳が潰れるほどの羽音が響き渡る。青は一匹一匹が小さな蟲だった。もはや何十億という単位であろう青い蟲が一斉に羽ばたき始める。それにより発生した、音が割れるほどの羽音と風の衝撃が俺たちを襲う。
「何を・・・してる・・・?」
もはや自分の声さえ聞こえないが、青い蟲は翅を羽ばたかせるだけで動く気配がない。ただひたすら翅を動かし風を起こして俺たちを吹き飛ばすのが目的なのか。
衝撃に耐える中で垣間見えたピエロの目が妖しく歪んでいるのが妙に頭に残る。だが、それを深く考えることも出来ず、視界が霞み思考が定まらない。
「ふぅぅぅぅ!!」
俺はこの状況を打破するため、定まらない思考の中蟲であれば、と“獄炎魔法”を放つための魔力を練る。一度あの群勢のどこかに火をつけてしまえば蟲ごとき簡単に崩せるだろう。
「ァァァアアア!!!」
俺はそんな考えのもと練り上げた魔力を獄炎に変化させて解き放つ。黒い炎は濃密な闇をも焼き払い煌々と蠢くあの蟲を跡形もなく燃やし尽くすだろう。
ーー結果は劇的だった。
俺が放った数本の獄炎がうねりながら天へと昇る姿はさながら龍のようであり、瞬きの間にもあの青い蟲はその姿を一部のみならず余すことなく焼き消すだろう、と思われた。
「は?」
しかし、結果は劇的だった。灰すら残さない獄炎は青の濁流に辿り着く前にその姿を消し去った。まるで不遜を贖う狼藉者のように跡形も残さず黒炎の龍は青に触れることなく消えたのだ。
俺は自分で見た光景が信じられなかった。俺は確かに奴らを燃やし尽くすべく炎の龍を放ったはずだ。あれは生半可な防御など紙屑のように焼き潰す。そういうように創り放った。
だが、結果はどうだ。俺の放った炎の龍はその役目を果たすことなく散った。なぜだ、何が足りなかった?思考が定まらず、頭痛がする。それにまるで頭にもやがかかったように思考が虚になっている。
「くっ・・・」
気づけば俺は膝をついていた。いつ膝から頽れたかも覚えていない。吐き気もする。俺は何分気を失っていた?ここまでの記憶が繋がっているのかそれとも途切れているのかさえ判断がつかない。
「はぁはぁはぁはぁ」
やがては呼吸さえ苦しくなってきた。知らず、呼吸が早くなる。そこでようやく一つの可能性に思い当たった。上空に迫るや否や消えた炎、纏まらない思考、挙げ句の果てに肺に入らない空気。
「空気そのものが・・・薄くなっているのか・・・?」
働かない頭を無理やり動かす。それだけで叫びたくなるほどの頭痛がしたが、声すらまともに出せなくなっている。だが、呼吸がしづらく頭痛な吐き気がする、というのと炎が燃えない理由を組み合わせれば思い当たるのはもう酸素が薄いくらいしか思い当たらない。
「く、くそ・・・」
ついには膝だけでは体を支えることすらできず地に手をついてしまう。何も攻撃らしい攻撃を受けていないのにこの体たらく。いよいよ持って意識が飛びかけたその時、あの耳障りな低い声が辺りに響いた。
「スゴイネ!スゴイネ!ボクノマケ!ミンナタエタネ!」
ピエロが自身の負けを表明した瞬間、あの平衡感覚すら失っていたほどの轟音は消えており、空に羽ばたく無数の青い蟲も消えていた。呼吸も普通にできる。体に酸素が行き渡っていないからか、まだ全身に力は入らないが、それでも第二の試練を通過したことは直感的に分かった。
「ソレジャア!コンドモ!ワタシガ!バツヲ!・・・アレ!アレアレアレ!」
嫌な予感が胸を埋める。俺はたまらず声を張り上げた。
「おい!みんな!返事しろ!」
酸素の足りない体で叫んだせいか、一気に頭に血が上り抱えたくなるような頭痛が走る。だが、そんなことは関係なかった。
「はい!大丈夫、ごほっ!です!」
「こっちも・・・大丈夫だよ!」
テミスとミユの声はすぐに帰ってきた。だが、あと1人。ここまでずっと長い旅を続けてきた相棒の声だけが聞こえない。
「おい!サニア!返事してくれ!」
「サニアさん?!嘘ですよね!」
「ねぇ!サニア!!」
「アレアレ!タエラレナカッタ?!ナラ!バツヲ!アタエナイト!」
ピエロの顔が虚空を向く。
「やめろーーーー!!!!」
俺の声はバシュンッ!というナニカを消しとばす音に掻き消された。
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