第129話 天這うピエロ
「.......けほっけほっ!」
「サニア?・・・まだ寝てるか」
あれから1時間が経過した。テミスはもう顔色も良くなり咳も出て来なくなっていたが、サニアがまだ少し苦しそうだった。今も寝息を立てながらたまに咳き込み小さな黄緑色の粒を吐き出す。
あの凝臭玉の鑑定内容を見るにおそらく完全に影響がないのは人間だけなのだろう。獣人ではないテミスが影響を受けていたのがそれを如実に表している。
それにその玉が熱に弱い、というのも嫌な想像を掻き立てる。他にも書かれていないだけで用途があるのかもしれない。
何より何百年、何千年昔かは知らないが、今のこの世界よりはるかに文明が発達していたことに驚いた。まだほんの一部分しか知らないが、おそらく地球の技術に届くかあるいは超えていただろう。
そんな古代文明とまで言えるような兵器にもかかわらず、見える対立内容は今とほとんど変わらない。
人間に獣人が虐げられ、果てには間引きなどという傲岸不遜な名分で獣人を消そうとする。その頃から獣人は数が多かったのだろうが、それを人間のエゴで調整しようとしていたのだ。
今でこそ獣人の地位、名誉回復と謳い、立ち上がった獣人やそれを支持する人間が共に手を結び、宗主国を打ち倒した。
それにより今までどこか不安定だった獣人の居場所は確約されたものとなり、今では立派に一国家として人族領に樹立している。
だが、昔はそれを行おうとしても立ちはだかる敵が強大すぎたのか、そもそも武器すら手に取ることが不可能だったのか。今、その情勢を知ることは叶わないが今より辛いものであったことは確かだろう。
そんな益体のないことを考えながらテミスとサニアが起きるのを待つ。階段で休んでいるため、体を休めるには少々場所が悪いがそれは我慢してもらおう。
「.......ん、あ、主、さま?」
「ん?起きたか。体調はどうだ?」
俺はうとうとしてもやがかかった頭の中をすっきりさせようとぐっと背筋を伸ばしながらサニアに問いかける。固まった背中がバキバキとなるのが心地いい。サニアも俺の真似をして固くなった体を伸ばす。
だが、それは狐の本能からなのか猫のように体を伸ばしている。その姿を見て無性に撫でくりまわしたくなった俺は衝動に任せてサニアの頭を撫で回す。横ですでに目を覚ましていたテミスも撫でたそうな顔をしていた。
「.......うん、大丈夫よ。主さま、どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。喉のいがいががなくなったならよかった」
「.......迷惑をかけてごめんなさい。最初に入った時に違和感を伝えるべきだったわ」
「最初からあったのか?よければ聞かせてくれ」
「.......うん、わかった」
それからサニアが二階層に入った時に感じた違和感を話してくれた。まず、エリアに入った段階で鼻がうまく効かなくなったらしい。だが、匂いは変わらず激臭でありそちらに意識が向いたため、それは気にならなくなった。
そして俺から借りた布を巻いてもその激臭は一切抑えられず、何なら自分の体や体内から発生しているのではないか、とまで思ったらしい。
それからあの異変である。それまで脳が侵されるような感覚を覚えるほど激臭だったため、喉にしこりができていることに気づかなかったらしい。そもそも匂いで呼吸がしづらかったのもあるのだろう。
気づけば肺に空気が入って来ず、そのことにパニックになったサニアは一種の防衛反応のように一気に息を吸おうとした。だが、そうすると今まで以上に激臭の空気を吸い込むハメとなり、頭が朦朧として気づけばここにいた、とのことだ。
「・・・そうか、よくここまで耐えてくれた。ありがとな」
「.......ううん、役に立てなくてごめんなさい。ただ、倒れてただけだった」
「大丈夫だよ。この先できっとサニアの得意なところが出てくるかもしれないし、何より一つ目のエリアではずいぶん頑張ってくれたんだから」
俺はしょげるサニアを慰める。サニアもテミスもミユもみんな自分の出来ることを過小評価しすぎなのだ。俺の役に立ちたいと言ってくれるが、正直言えば側にいてくれるだけでそれでいい。
彼女たちがそれでは気が治らないことはもう重々承知しているため言わないが、それで思い詰めても欲しくないのだ。どう言えばその想いが伝わるだろうか。
「体は動かせそうか?動かせそうならそろそろ移動しようと思うんだが」
「.......大丈夫よ。いきましょう」
「わかったよ」
俺は荷物をまとめて立ち上がる。テミスもサニアより少し早く目を覚ましていたので問題ない。ミユも刀の手入れを終わらせ、気合も充分だった。
「今度はうちも頑張るからね!なんでかさっき“罠解除”ゲットしてたし!」
ミユも胸を張って自信満々に豪語する。それを聞いたサニアは最初とても驚いていたが、何か気になることがあったのかすぐにミユと話し出す。
「よし、少し見てくる」
そうしてしばらく進むと、いつも通りマジックミラーのような階層の入り口に辿り着いた。俺は一言みんなに伝えると一人マジックミラーをくぐり抜ける。
今回はこれまで通りの鉄骨で作られた洞窟に匂いのしない普通の空気だった。今のところ特に目新しい変化もないため3人を呼び寄せる。
「どうだ?3人とも大丈夫そうか?」
俺は入ってきた3人に俺では見つけられない変化について確認する。もし、変化がまた人間に聞かないタイプだと、俺では判断できないからだ。しかし、3人とも特にこれといった変化は確認できなかったようで皆一様に首を横に振る。
「今のところは大丈夫そうですね。ただ、またヘイキというものがあるかも知れませんので、気は抜かずに探してみます」
どうやらテミスは兵器というものを知らないらしい。それはサニアも然りだったが、俺とミユは少し驚いた。そのため上では休憩中少し兵器について話していた。ちなみにジーンの持っていた銃も兵器の一つだと説明しておいた。
「.......主さまの世界にはそういうのがいっぱいあったの?」
「いっぱいかどうかは分からないが、どこの国もいくつかは隠し持ってたんじゃないかな?モノによっては魔族領も人族領もまとめて吹き飛ばせそうな兵器があるくらいだしね」
俺は地球にいた頃にあった核兵器や詳しく知るわけではないが、それ以上の破壊力を誇るとされている水素爆弾を想像しながら話す。
「・・・そんなものがある世界に数えきれないほどの人々が住んでいたのでしょう?よく絶滅しませんでしたね・・・」
「まぁ使っちゃダメ、っていう約束ごとみたいなのがあったからね」
「それを律儀に守っていたのですか?そんな強大な代物があるのなら無視して使ってしまえばいいのでは?」
「それをすると今度は周りの国が全部敵になっちゃうんだよ。この世界みたいにみんながスキルを持っているわけじゃなかったし、国のトップだからって1番強いってわけでもなかったんだ。まぁ持ってるのは牽制だったり抑止力みたいな意味合いで持ってたんじゃないかな?」
何十億人という単位の話をしてもそれを知らないテミスにしてみればハテナマークが浮いてしまう。だからこそ、人道を無視すれば、一度使っただけで更地に出来てしまう兵器を使わない理由が分からなかったようだ。
「ただ、そこまで大きな兵器は使われて無いけど、銃とか爆弾は戦争では普通に使われてたし、アメリカとかならお店で買えちゃうくらいだから、必ずしもそれで平和があったわけじゃないんだけどね」
「なるほど、ヘイキは大型に限らず小型のものもたくさんあったのですね」
ミユはスキルを獲得したからかもはや話をしながらでも難しい罠を解除できるようになっており、テミスやサニアも簡単な罠であればもう手慣れたものだった。
それからしばしテミスの質問タイムを足りない知識でやり過ごしながら進んでいくと、道の至る所が陥没しているところに出た。
「これはススか?」
俺は足元に出来ていた直径20センチほどの陥没部分に触れると黒いススが手に付着した。注視してみると他の陥没跡も同じように黒いススが纏わりついている。
「........主さま!上!」
「なに?!」
俺はサニアの声に従い上を見ると、そこにはトカゲのような体をし、緑と白の毒々しい体色をしたピエロが天井に張り付いたままこちらに迫ってきているのが見えた。
トカゲピエロは俺たちに見つかったことに腹を立てたのかシィィィィ!と掠れるような声を上げてこちらを威嚇する。その際に口から垂れたヨダレが地面へと落ち、その瞬間ボムッ!とそのヨダレが小さく破裂した。
「なるほど、そういうわけか」
どうやらこの陥没跡はあのトカゲピエロのヨダレが爆発した跡だったらしい。今も定期的に落ちてきては爆発を繰り返している。さらに厄介なのはこの凸凹の道にも罠があるということだ。
「サニア、やつをこっちにおびき寄せられるか?」
「........やってみる」
トカゲピエロがいるのは道の中間あたりの天井。そのためこちらのすでに罠を破壊している場所へおびき寄せたいが、やつはサニアの攻撃を受けても逆上することなく、時には後ろへ下がって躱すなどしてこちらへくる様子はない。
「キシシシシシシシ!!」
「これじゃラチが開かないな。そしたらーー?!」
やつがおびき寄せられてくれないのであればと、ミユに罠の破壊を頼もうとした瞬間、トカゲピエロが自分のヨダレを俺たちに向けて打ち出した。
俺は反射的にそのヨダレを刀で打ち返そうとするが、すぐにそれが過ちであることに気づく。だが、すぐ目の前まで来たヨダレの玉を止めるにはもうこれしかなく、“予知”に映った爆発の痛みに耐えるため身を固めるしか無かった。
「カイトくん!?」
「大丈夫だ!それよりミユは危険な罠を解除しろ!簡単な奴は作動させてもいい!俺が防ぐ!そしてテミスとサニアは全力でミユを守れ!」
俺は爆炎の中から指示を出す。思ったより爆発の威力が強くなかったことが幸いした。どうやら爆発範囲が狭いことに比例してそこまで威力は高くないらしい。
同じようにそれを悟ったサニアとテミスがそれぞれの魔法でトカゲピエロを攻撃する。サニアは氷の狙撃で俊敏に動くトカゲピエロを狙い、隙をついて反撃されるヨダレの弾丸を樹の盾で以てミユを守る。
テミスは地面に樹の盾を造るのではなく、腕に填めるラウンドシールドのような形で造った。これならば地に触れないため消されることはなく、なおかつ自身の動きも阻害させない。
ミユも矢が飛んできたり槍が飛び出すようなこれまでにもあった罠は無視し、全員に降りかかる可能性のある毒液や落とし穴など進行を阻害したり戦闘を邪魔するものを解除していく。
そして俺はミユが無視したその矢などの罠を3人に当たらないように防ぎながら時折、“魄雷魔法”でトカゲピエロを牽制する。
そうして徐々にこちらが戦線を上げることでついには道の端まで追い詰められたトカゲピエロは逃げ場を失った。
「キシィ!キシィ!キシィ!!」
「もう終わりだよ、諦めな」
「シィ!!」
トカゲピエロは俺の言葉に歯向かうようにヨダレの弾丸を放つ。しかし、それはテミスの丸盾によって防がれる。そしてその爆煙の中からテミスの槍が突き出され、あっけなくトカゲピエロはその命を落とした。
「お疲れさま、いつのまにかこんなところまで来てたんだな。それじゃ先に進むか」
「はい!」
そうして俺たちは休憩と腹ごしらえをしつつ階段を下っていった。
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