第128話 過去文明の残滓
「え、何この匂い?」
階段を降りるとまた、見覚えのある鉄骨でできた一本道が続いていた。ただ、一つ違う点といえば、何か異臭がするということくらいだ。
何かが空気に混じっているわけではなく、視界には特に変化はない。ただ、少し鼻をつくような異臭は一度気になり出すともう止まらなかった。
「これは嗅いだことない匂いだな。ただ、少し臭いが無視できないことはない。止まらず先に進むぞ」
「........!!」
俺は上の階までと同じく、まずは“罠看破”を行う。どうやら構造もほとんど同じようで最初の曲がり角までは何もない。
なので俺たちは鼻を押さえ骨格ごと顔を曲げてしまいそうなくらい臭がっているサニアに布を渡し、しばらく先へと進むと2つ目の曲がり角から先でまたも罠が現れ始めた。
ただ、罠の形状や解除方法はすでに既存のものでだったため苦労せず進む。
異変が起きたのはその後だった。
「あっ....?か....かひゅ....!?はっ.....」
布で鼻を覆っていたサニアが突然苦しそうな声を上げたかと思うとそのまま気絶するように倒れてしまった。運良くサニアの後ろを歩いていたミユが受け止めたため事なきを得たが、サニアは苦しそうな表情のまま意識を失った。
「サニア?!ねぇ!・・・息もしてない!?サニア?!」
「サニア!まずい、この匂いが原因か?!」
俺は慌ててサニアを“鑑定”する。俺自身、他者へ匂いを遮断させるスキルなど持っていないため、なんとか解決の糸口を探ろうと、まずはサニアを視ることにした。
名前:サニア・バードレイ
種族:狐獣人
Lv:416
ステータス:軀力42375
咒力39641
剛撃43210
堅禦40573
閃煌44389
だが、サニアの状態を見ても通常の健常な時と一切変わらず、その上、サニアは“猛毒耐性”や“昏睡耐性”なども保有しているため、いよいよ何が原因で倒れたのか一切判明しなかった。
「くそ!毒でもないってのか?!」
現状、息はしていないもののゆっくりと心臓は動いている。だが、この状態は死の直前だとどこかで聞いたことがある俺は、まずこのエリアを早急に抜けることにした。
「ミユ!サニアを抱えられるか?!」
「うん!」
「よし、それじゃ俺がここの罠を破壊して進む!だからその後ろから・・・っておい、テミス?」
俺は“罠看破”とともに“罠無効”もあるため俺が先行して先に破壊しておき、なんとかこのエリアを駆け抜けることを伝えた。そこでふと隣のテミスも少し様子がおかしいことに気づいた俺はテミスにも声をかける。
「ごめ・・・んなさい。少し・・呼吸・・・が」
それだけ言うとテミスもまたサニアと同じく膝をつき倒れてしまった。ただ、テミスはサニアより軽く、意識自体はあるようだが、立つことができないらしい。
「・・・!わかった、俺が抱えて走るから舌噛むなよ!ミユ!後ろからついて来い!」
「分かった!」
俺はテミスを左に抱えて右手に刀を持つ。そして初速からぶっとばし罠を体でもって破壊していく。全方向に罠が存在するためすこしでも気を抜けばテミスに当たる。
それに爆発などの罠はテミスをどこに抱えようと当たってしまうため、可能な限り身を挺して爆風を防ぐ。今この時ほど自身のスキルの熟練度や理解度を憎んだことは無かった。
今までは力不足でも多様な武術、魔術スキルで乗り切ることができた。それに強力なユニークスキルさえあれば失うものはありつつも勝つことが出来ていた。
だが、所詮は力押し。このような搦手には俺の力押しはめっぽう弱かった。本来、この多様なスキルを熟知していればこんな風に体を張って突き進むような強硬策は取る必要がなかったかもしれないからだ。
今回、このダンジョンはそういった面ではいい経験だと思う反面、スキルを獲得するだけに満足していた自分を殴りたかった。
しかし、今はそんなことを考えている暇はない。俺は“罠無効”でキャンセルできない物理的な攻撃である矢の嵐を弾き返しながら突き進んでいく。
「カイトくん!前!」
それからいくつかの曲がり角を抜け、何百という罠を潜り抜けた先、ミユの声に従い爆風が明けた前方を見るとそこには一体のピエロが佇んでいた。
身長は俺より少し低くミユと同じ程度。顔は見るもの全てを嘲笑うような笑顔で頭には左右に分かれ、先に丸い玉をつけた帽子のような水色の飾り物を被り、体は黒と水色の縞模様。
そんな異色なピエロが口を大きく開き、両手を前に突き出した状態でピクリとも動かず佇んでいた。
「邪魔だ!!」
だが、俺はそれに頓着せず罠を駆け抜ける勢いのまますり抜けざまに、右手に持った刀で目の前のピエロを斬り裂く。今はサニアと声すら出せなくなったテミスの一分一秒を争うのだ。
「キョエエエエエエエ!??!?!?!」
一歩も動かず肩から斬り裂かれたピエロは奇怪な叫び声を上げて道に転がった。それをみて動かないことを確認したミユはひょい!と軽くピエロの上を飛び抜ける。
バァァァン!!!
その瞬間、まるで待ち望んでいたように二つに分かれて転がったピエロの体が爆散し、黄緑色の煙が舞い上がる。
「これはっ!まずい、ここから早く離れるぞ!!」
その黄緑色の煙はまさしくこのエリアに流れている異臭のする空気と同じ匂いがした。すぐにこれが大元だと気付いた俺は一刻も早く離れるべくミユに声をかける。
俺はその返事も待たないまま、その先の道へと走り抜けた。
「はぁ、はぁ。さすがにエリアの区切りだからか、ここまでは来ないか・・・」
「はぁ、サニア?しっかりして!」
それからさらに走り抜け、通路の先に見つけた階段へと滑り込む。どうやらこの階段は完全に各エリアと切り離されているようで、この階段の中には異臭はしなかった。
「・・・う、ぐがっ?!げぇ・・・ごぷ・・・」
「う、ぐ・・・げほっ!」
「サニア!テミス!?」
2人に変化が訪れたのは階段に滑り込んですぐだった。匂いがしなくなった瞬間何かにえずくように呼気を吐く。見ると2人とも喉に直径5センチほどの大きな玉があり、どうやらそれを吐き出そうとしているようだった。
「ミユ!背中を叩け!もしかしたら吐き出せるかもしれない!」
「わ、わかった!」
俺はテミスの背中をさすりながら軽く叩く。明らかに異様だった。これまで2人の喉にあれほど大きな玉などなかった。であれば原因はあの匂いのする煙だろう。
「・・・う、ごほ!ごほ!」
「・・けほ!けほ!」
「サニア!テミス!ゆっくり!」
それからしばらくすると体の拒否反応でもあったのか無事、2人とも喉の玉を吐き出すことができた。色はやはり俺が睨んだ通りあのピエロの出した煙が大元だったようで、同じような黄緑色をしている。
「・・・あ、れ、カイト・・さん?ここは・・・」
「ここは二階層と三階層を繋ぐ階段だ。気分はどうだ?何かまだつっかえてたりはしないか?」
「そう、ですね。少し、喉がイガイガ・・して、残っている、感じは・・しますが、大丈夫です」
「そうか、よかった。サニアは?」
「........うん、一応、大丈夫」
俺はほっと胸を撫で下ろす。ひとまず難所は乗り越えた。まだ、2人とも意識が朦朧としているようで、少し休むように言うとすぐに寝息を立て始めた。
一時はどうなることかと思った。人が死ぬ時、呼吸が完全に止まってもすぐに死ぬわけではなく、心臓や脳、それから細胞まで、まだ生きているという。
今回はまだ呼吸が止まってからすぐだったため、まずはこのエリアを抜けなければ、という考えで頭がいっぱいだった。今考えればこの先も同じようなエリアだった時はどうするのか、と頭を抱えたくなる。
「それにしてもこれ。なんなんだろうね?」
「少し調べてみるか」
ミユが2人の吐き出した玉を指差す。触れるのは不安があるため俺は触らずに“鑑定”をする。
名前:凝臭玉 元は鼻につくような匂いを放つ煙。この煙が獣人など、人間以外の者が吸うとその体液に反応して吸収しながら凝固する。はるか昔、人間が増えすぎた獣人を間引きするために開発したガス兵器。
「こんなものが・・・」
俺は言葉を失った。なぜ俺とミユに異常がなかったのか、なぜサニアとテミスが倒れたにもかかわらず、サニアの方が危険だったのかがよくわかったが、あまりの内容に頭が追いつかなかった。
「そんなものがあるなんて・・・。でも昔ってどれくらい?」
「さぁ。ここにはそこまで書かれていない。にしても兵器か。過去には地球くらい文明が発展した世界があったのかもな」
どうやらこの凝臭玉は熱に弱いようなので、“極炎魔法”で燃やし尽くす。すると玉は爆発することなく匂いも放つことなく静かに霧散した。
あともう一つ考えることができた。それはそのはるか昔に作られたはずの化学兵器を搭載した敵がこのダンジョンにいたということなのだ。もしかしたらこの上のおどかしピエロも何かしらの兵器だったのかもしれない。
「これは罠以外にも気をつけないといけないことが増えたな・・・」
俺は知らず、階段の先にある次なるエリアを睨みつけていた。
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