第124話 青赤の狼『前編』
「うっ?!」
「眩しっ・・・!」
扉の中へと全員が入った途端、轟音と共に勢いよく鉄の扉が閉まる。そして同時に目を灼くような白い光が辺りを一斉に照らし上げる。
暗闇からの唐突な明転に目を瞬かせながら慣らして目蓋を開くと、そこには薄目を開けた大きな顔がこちらを睥睨していた。
その大きな顔は俺と目があったことを認識すると一度目蓋を閉じてのっそりとその巨体を揺らす。そしてゆっくりゆっくりとその巨体を4本の足で持ち上げると空へ向けて大きく吠えた。
「うっ!るさっ・・・!」
「耳が・・・痛いっ・・・」
一頻り吠え満足したのか、猫がやるような伸びをすると見上げるような高さから俺たちを見下ろしていた。
その目は鷹のように鋭く、その牙はサメのように刺々しい。そんなひと目見るとすくみ上がりそうなほど切れ味の鋭い顔が2つ、奴の首から生えている。
1つは雲一つない晴天を思わせるような水色。もう1つは煮えたぎるマグマを思わせるような赤色をしている。そしてそれぞれの顔に続くように、首から2本の尻尾にかけての体毛さえも左右で同色に分かれている。
そんな高さ5メートル、全長10メートルはありそうなほど大きい一匹の狼がそこに君臨していた。
「体が1つに顔が2つの狼か・・・」
狼のその目はすでに俺たちを自分の縄張りに侵入してきた敵だと認識しているようで、俺たちの一挙手一投足に至るまで見逃さんと注視している。
「戦闘態勢だっ!まずは俺があいつを視る!!くれぐれも油断するなよ!?」
俺は咄嗟に後ろに下がりながら目を動かすだけで攻撃する素振りを見せない狼へ“鑑定”をぶつける。
名前:アイスウルフキング
種族:氷狼王
Lv:許可されておりません
スキル:許可されておりません
「なっ?!」
まただ。また俺の“鑑定”が通らなかった。しかもまた初めてみる文言だった。
『許可されておりません』
これで何度目だろうか。いや、ここで嘆いていても仕方ない。とりあえず、手に入れた情報を3人に伝える。そしてこのような敵の特性なども分からない緊急事態なら俺も参戦しなければならない。
「ダメです!」
俺が敵の名前しか分からず、どんなスキルを持っているのか。レベルが幾つなのか分からないため自分も参戦する意志を伝えたところ、予想以上に強い否定がテミスから返ってきた。
「カイトさんが私たちを心配してくれていることは痛いほど伝わっているのです。けれど先ほどカイトさんは私たちが戦うことに了承して下さいましたよね?それにそもそも“鑑定”を高レベルで使える者が少ないのですから、敵の力を見定めながら戦う力を身につけないといけません。カイトさんはそんなに私たちが信用なりませんか?」
「い、いや・・・」
そう言われると返す言葉もなかった。自分が過保護なのは理解していたつもりだったが、まだ認識が甘かったらしい。テミスのあの悲しそうな顔を向けられると俺は何も言えなかった。
狼は今もずっと動かず俺たちを見定めている。それはもはや強者の余裕であり、俺たちがどれだけ万全に態勢を整えようと真正面から食い破れる自信があるのだろう。
「よし、行きます!」
「うん!!」
両手で槍を構えたテミスが一際大きく鬨の声を上げる。それを皮切りにミユが大きくうなづき、サニアが返事とばかりにアイスウルフキングへと走り出した。
「ウォォォォン!!!」
俺たちがついに攻撃に転じたことに対応して水色の狼が遠吠えをする。それと同時に赤色の右爪でサニアを迎えうつ。
ギュオッ!という空気を裂くような音と共にサニアの倍はありそうな爪がサニアを襲う。だが、サニアはそれを自分の身軽さで以て、爪の間を潜り抜け後ろ足の方へと向かう。
赤狼はサニアを追うように顔を向けると、それを待っていたかのように今度は左右から同時にミユとテミスが狼を挟む形で駆け寄る。
「ギャオウ!!」
それに気づいた水狼は迫るミユに向けて氷の魔法を吐く。人1人と同じくらいの大きさの氷槍をミユは手に持つ刀のみで切り裂き、弾き、一層距離を詰めていく。
テミスは槍を左手に持ち、何かを唱え始める。そしてサニアからテミスに標的を変えた赤狼の目元に向けて光の塊を放り投げた。それは狙い違わず赤狼の眼前で弾ける。
「ギュウアッ?!」
突然の閃光に慌てふためく赤狼といきなり暴れ始めた赤狼に驚く水狼の隙を突いて3方向からみんなが狼の体に武器を突き刺しながら登り始めた。
「みんな・・・」
どうやら下で爪を躱しながら戦うのは避けたようで全員が狼の大きな体に登り詰めた。そして思うままに体を切り裂き狼を翻弄している。
みんなここまでスムーズに動けたのか。俺は驚きを隠せなかった。ボスの部屋に入る前の話し合いくらいしかまともに作戦会議ができるタイミングなど無かったはずなのに、3人は声を掛け合わずとも連携が取れていた。
自身の背中で暴れている羽虫を振り落とそうと体を暴れさせると誰かがどちらかの顔に向かい、目や鼻を攻撃することで暴れ方を調整する。その戦い方はどこを突けば体のどこか反応するかを熟知している動きだった。
「俺は、今まで彼女たちの何を見てきたんだろう」
ここまでで何度したか分からない問いかけをする。守ることばかりに意識を向けていた俺は彼女たちの長所や能力、性格や癖など何も把握していなかった。
対して互いにそれを深く理解している3人は見事にあの大きな二つ首の狼を翻弄している。狼もただ体を暴れさせるだけでは振り落とせないと気づいたのか、今度は左右の首から放たれる水魔法と火魔法で攻撃していた。
しかし、魔法はほとんどがミユに打ち消される。流石に火魔法によって副作用的に発生する熱波などは打ち消せないようだが、傷を負えばテミスが素早く回復させる。
そんな縦横無尽に狼の背中を駆け回り、断続的に放たれる魔法の嵐を避けながら、完璧な連携で着実に狼の体力を削っていく3人の姿は、俺の目にはとても綺麗で何より心の底から頼もしく見えた。
ただ、今回狼が使う魔法は火と水、それに対して強い属性が水と風。だが、火魔法に対抗できる魔法を持つサニアが魔法を使うと赤狼を守るように水狼が攻撃を放つため、魔法による攻撃はうまく行っていない。
それでも3人が3人とも近接武器を扱えるため苦戦はしていなかった。
ーー少なくともここまでは。
それまで必死に背中の3人を振り落とそうとあらゆる手を使って暴れていた狼だが、いつまで経っても落とせぬこの状況に諦めたのか突然、その動きを止めた。
これ幸いと3人は攻撃頻度を上げ、大きく狼の体力を削ろうとするが、ここで異変が起きた。動きを止めてから数秒、2つの頭は下を向いていたがその目は妖しく光る。
「まずっ!みんな!すぐにそこから降りろ!!」
真正面から彼女たちの戦いを見守っていた俺は嫌な予感にいち早く気づいたため、すぐに彼女たちへ声をかける。しかし、狼の体が大きいせいか俺の声が届かない。
そしてその嫌な予感はすぐに現実となった。
妖しく光る目は左右の顔で微妙に違う。俺に少し遅れて異変に気づいたミユが素早く他2人に注意を促しているのが見えるが一歩遅く、その目の光に沿うように狼の体全体が発光していく。
「ゥゥゥゥゥオオオオオンン!!!」
そして雄々しい遠吠えに合わせて青と赤の毛並みがそれぞれの光を纏って逆立ち、それはナイフのように3人の体を切り刻んでいく。
またこのボス部屋も部屋主の呼び声に応えるように青と赤が混ざった煌くオーラを放ち始め、やがてそれは狼の体に飲み込まれて一層その輝きを増す。
「きゃぁ!?」
「うくっ?!」
「.......かはっ!」
「みんな大丈夫か?!」
3人がナイフのように逆立った毛並みに弾かれて約5メートルの高さから落とされた。俺は急いで3人に向けて駆け寄る。みんなそれなりにステータスも高いせいか軽い打撲で済んだようだが、見た目が酷かった。
「今すぐ治してやる、じっとしてろ」
皆一様に全身が真っ赤になるほど血を流していた。一応、回復させてみると皮膚を切られているだけでそこまで深い傷ではなかったことがまだ安心ではあった。
「あの狼、急に様子が・・・」
「あぁ、いつまで経っても振り落とせないテミスたちに痺れを切らしたんだろう」
狼は未だ妖しい光を放つ目で俺たちを睨みつけている。俺たちもそれに負けじと狼へと睨み返す。するとまるでそれを受け取ったかのように一度軽く吠えると2つの首を大きく上に向け、同時に二色のブレスを放った。
それは天井に到着する寸前で交わり、青と赤が織りなす一本の極太のブレスとなる。そしてそれは天井へと突き刺さり、瞬く間に天を埋め尽くす。
変化は劇的だった。天を埋め尽くした青と赤のブレスは続け様に部屋中を埋め尽くし、かつて見た光景を映し出す。
今まで広いだけの無骨な鉄の部屋だった場所は今や白銀の世界へと転じ、天からはハラハラと白く優しく煌めく雪が舞い降り始めた。
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