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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第6章

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第122話 抑えきれぬ想い

「はぁ・・・はぁ・・・うぐっ?!」

「テミス!?」


 テミスが突然胸を押さえてうずくまる。それに合わせてミユとテミスを囲っていた風の鎧が無くなり、2人に種火雪がこれでもかと降りかかる。


「まずい!!サニア、2人を毛布で雪から守れ!!」

「......分かったわ!」


 俺は手早く大きめの毛布を倉庫から取り出してサニアに投げ渡す。それを受け取ったサニアは2人を雪から守るように頭から毛布をかぶせた。しかし、雪は2人を逃がさないとでも言うように次から次へと毛布を焦がしていく。


 俺は急いで魔力を練り、“大地魔法”で屋根と横から風に乗って吹き付ける雪を防げるように壁を作った。こんなに何もないところでいきなり目立つ物を立ててしまうと魔物の標的になってしまうが、今はそんなことも言ってられない。


 俺は簡易的な家のようなものを造り、中から壁と屋根を補強する。そうして入口より少し強くなった風にも耐えられることが確認できてからテミスに寄り添った。


「テミス、大丈夫か?具合は?」


 テミスはすでにミユが汗を拭いたり水を飲ませたりしていたおかげで息は整い始めていた。しかし、玉のような汗は依然として吹き出ており、顔色もあまり良くない。


 まだ一階層でこれだとやはりこの先テミス1人に任せるわけには行かない。これまでのダンジョンの経験だと、少なくとも同じ環境のエリアは五階層ごとに変化していたはずだ。


 しかもまだ二階層へと続く階段さえ見つかっていない以上、何か別の手は考えなければならない。


「大丈夫です、行きましょう。あまりゆっくりしていられません」

「いや、しばらく休む。魔物が来れば俺とサニアで対処する。今はテミスは体を休めてくれ。それにこの先はもう『その眼』は使うな」

「そんな?!でも、それじゃあどうやって進むんですか?!」

「それをこれから考える。即席で作ったがこの土の壁は意外に使えそうだ」

「でも、それだと行進速度が大幅に遅くなります!それならまだ私が頑張れば・・・けほっ!」

「この先このエリアがいくつ続くかもわからないんだ。それにダンジョンは難易度によって階層も増えてくる。今ここで体力を消費しすぎることはない」

「でも・・・!」

「テミス、何を焦ってる?ここに来てから様子が変だぞ?」

「っ!」


 テミスは驚いた顔をして口を噤む。ここまでテミスはとても頑張ってくれた。俺もミユもサニアもテミスの体を気遣い、何度か休もうと提案したのだが、それを全て突っぱねてここまで強行してきた。


 戦闘中でさえ風を操る以上、そのスキルの行使に集中せねばならずまともに戦いに参加することが出来なかった。普通に行進するだけでなく、敵の動きに合わせて動く仲間の行動を予測しながらのスキルの行使は並大抵の難易度ではなかったはずだ。


 それをテミスはぶっつけ本番で成功させた。さらにその後もミユに一切の雪を当てることなくここまで進んできたのだ。その疲労は想像に難くないだろう。


 それでもその苦労を圧して行進しようとするテミスの姿勢には何か鬼気迫るものを感じたのだ。だが、ここまで考えて何がテミスを焦らせているのか分かった気がした。


「だって、ここを突破すれば【色欲】の元に行けるんですよね?!ここで私たちが力をつければ、少なくともカイトさんに近づくことが出来れば、あの女王に報復することもできるんですよね?!なら早く進んで女王の元に行かないと!今この瞬間もあの女はのうのうとこの世界を生きている!!キノは私を、私自身が縛ってきた私を溶かしてくれた!!そんな心優しいキノを殺しておきながら今も何一つ苦労することなく息が出来てるなんて許せないんですよ!!それはカイトさんも同じじゃないんですか?!」

「テミス・・・」


 テミスは息を荒げながら抑えてきたであろう感情を俺にぶつける。その感情は言葉の刃となって俺に突き刺さった。


「はぁ、はぁ。私は許せない。キノを殺したあの女が。何より!目の前にいたのに立ち向かうことも、力を貸すことすら出来なかった自分自身がっ!!私はこれ以上カイトさんの足を引っ張るわけにはいかない。もっと強くならないといけないんです!だから、例え困難な道であったとしても私はここを進まなければならないんです。このスキルをきちんと扱えるようにならなければいけないんです!」


 テミスのその言葉は他の2人にも刺さったようだった。2人とも心当たりがあるかのように顔を俯かせる。それはテミスの『俺の足を引っ張る』という言葉がきっかけだった。


 俺は今まで仲間を守ることが出来なかった。だからより一層俺は彼女たちを守るために力をつけてきたつもりだった。しかし、蓋を開けてみれば俺に守られることが彼女たちの重荷になっていたのかもしれない。


 確かに現状、彼女たちの中で一番ステータスが高いテミスでさえ、その力は俺の半分ほどである。その上、俺には“簒奪”という敵からスキルを奪える力も持っている。


 自分が逆の立場だったら、と考えればテミスの感情も想像に難くない。だが、俺はそれに気づかず自分のことばかりだった。彼女たちが俺を見放さなかったのは奇跡に近いだろう。


 元々俺はこのダンジョンで俺を含め、皆でレベル上げなどの戦力の底上げは行うつもりだった。だが、事はそんな簡単な話ではなかったのだ。


「ずっと抱え込ませていたんだな。気づいてあげられなかった。すまない」

「・・・いえ、私こそ取り乱してすみません。ただ、勘違いしてほしくないのですが、私はあなたと共にこの先も生きていきたいんです。でも、今のあなたは遠すぎる・・・。【強欲(あの)】の戒王たちに私が勝てたのは本当に奇跡でした。でも、やはり【強欲】や【暴食】が相手だとどうしてもあなたやキノに頼ってしまう。私では相手にならないのです。その上、今はキノももういない・・・。

 そうなれば傷つくのは、背負うのは、私たちを守るのは全てあなたになってしまう、そんなことは嫌だった。あの時、キノを抱えたままあなたが気を失い倒れた時、私は体が引き裂かれそうでした。

 キノを失い、このままあなたさえも失ってしまったら、もし息を吹き返してもあの女王や他の強大な敵との矢面に立つのはやはりあなただろうから。そう考えると、私はなんて愚かなのだろう、と。

 だから私は強くならなければならないのです。そのためにはこの眼(・)も扱えるようにならなければいけない。ここは絶好の機会だと思いました。

 ですのでどうか、私を強くしてください。一朝一夕でできるものではないことなど百も承知です。それでも強くなりたいのです。お願いします」


 テミスは礼儀正しく俺に向けて頭を下げる。そこにはテミスのこれまでの葛藤や決意など全てが詰まっていた。目の前にいた俺だけでなく、それは後ろの2人にも充分伝わったことだろう。


「うちもお願いします。うちもまだまだ弱い。あの時うちも何も出来なかったから、強くなりたい」

「.......」

「とりあえず頭を上げてくれ。俺で良かったらいくらでも力になる。それこそテミスたちに抱え込ませてしまっていた俺の方こそ謝らないといけないんだから。ここで、一緒に強くなろう」


 テミスに続けてミユとサニアも頭を下げる。俺はそれを慌てて止める。彼女たちの願いを聞かないわけがない。むしろ俺の思い上がりのせいで苦しめていたのだ。可能な限り協力は惜しまない。


「ただ、だからこそテミス、その眼は闇雲に使わないでくれ。これから先、その力が必要になることはあるだろう。今までもその力に助けられてきた場面もあった。だがせめて、何を使ってその力を使っているのか判明してから、その力を本格的に鍛えて行こう」


 俺は顔を上げたテミスの目を見て訴える。テミスの気持ちは痛いほど伝わった。しかし、眼の力は確実にテミスの体を蝕んでいる。それが何かが判明するまでは下手なことはしたくなかった。


 ただ現状、このエリアを抜けるためには頑なにテミスは眼の力を使おうとするだろう。だからこそ、さっき気づいためちゃくちゃではあるが、有効な方法を実行することにした。


 そしてこのエリアを抜けてから彼女たちを鍛える方法を模索しようと思う、と彼女たちに話す。最初は皆キョトンとした顔をしていたが、弾けたように笑い出した。


「あはははは!何その古典的な方法!でもま、確かにそれならテミスさんの体を削らなくて済むね!わかった!頑張って押すよ!」

「...分かりました。でも、この雪のエリアを抜けたら特訓に付き合ってくださいね?」

「あぁ、当たり前だ。辛すぎて逃げるんじゃないぞ?」


 まだ少しぎこちないが、ようやくテミスにも笑顔が戻った。サニアやミユも釣られたように笑顔を浮かべる。


 それはあの森での出来事から初めて見た、正真正銘の笑顔だった。




「右から10体!前から18体だ!サニア行けるか?!」

「.......行けるよ!行ってくる!」


 視界の効かない吹雪の中へサニアは躍り出る。だが、俺とミユとテミスは手が離せないため、アイスウルフへの迎撃は全てサニアに任せるしかない。一応俺も出ること自体は出来るが、それではさっき言ったことを舌の根も乾かぬうちに覆すこととなるため、俺は敵の数と方向を告げるだけにした。


 それから数分もすると戦闘音が聞こえなくなる。そしてザクザクと雪を踏む音と共に簡易的な扉を開けてサニアが入ってきた。


「.......終わったわ。一つレベルが上がった」

「このくらいのレベルでも上がるんだな。Sランクだから効率もいいのか?」

「.......さぁ?」


 あれから数時間で驚くほど進んだ。一面が雪なため方向感覚が狂うこのエリアで、目ではなく風の流れのみに焦点を当てると、風の流れが一部だけ下に向いている部分が見つかった。


 そこに向けて進むと、最初に俺たちが降りてきたような階段が見つかった。そうして進んできて現在は2回ほど階段を降りているため、3階層ということだろう。


 ちなみに俺が彼女たちに話した作戦、「おれのかんがえたさいきょうのせんじゅつ」である『土の家をそのまま移動させる作戦』はしっかりと功を奏した。


 原理は簡単。小さな家を“大地魔法”で造り、内部に持ち上げるための取手を3人分作る。あくまで雪を避けるための物なので盾としての性能には期待していない。そのため壁は薄く軽くしており、攻撃を受ければ脆く崩れ去ってしまう。


 俺はその度に修復し、“超嗅覚”で僅かに浮いた底の部分から感じる匂いで敵の位置と数を探る。避けなければならないのは上のみなので下は考える必要がないのはありがたかった。


 後は元から耳のいいミユが微妙な風の音を聞き出し、方向を指定して限定的にテミスが眼の力を使う。


 結局全く使わずに、ということが出来ず、その時々で一瞬だけ力を使うことで細かな力の使い方を覚えつつ、体に無理をさせないように使う方向で話が落ち着いてしまった。


「少しでも異変を感じたら言えよ?絶対だぞ?」

「分かっていますよ、心配性なんですから」


 これは早急にテミスの“颶眼”の力について調べなければいけないな、と俺は改めて決意した。決意せざるを得なかった。

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