第121話 炎の雪原
朧げな光の中、冷たい風が吹く階段を降りると目の前に広がっていたのは一面の銀世界だった。止むことなく降り頻る雪が地へと降り、また一つ雪が積もっていく。
「寒いわけだ。防寒はしっかりしないとな」
俺は“無限倉庫”の中から厚手のコートを人数分取り出し、全員に渡す。そして屋根のある硬質な階段からどこまでも続く雪空の中へと踏み出した。
「づっ?!」
俺は頬に感じた一瞬の痛みに驚き、階段に戻ってくる。そして痛みを感じた部分に触れると少しざらっとしており、水膨れが出来ていた。
「カイトくん、大丈夫?!赤くなってるよ!」
俺の様子に驚いたミユが側に寄り、懐から出したハンカチを当ててくれる。今のはなんなのか。熱いような冷たいような感触だが、この傷痕は軽度の火傷や凍傷に見られる傷だ。
なら冷たすぎて一瞬で凍傷になったのだろうか。
「.......熱っ!......主さま、この雪燃えてるよ」
「そうか、だからか。てことは俺は火傷したのか」
「みたいですね。しかも一瞬触れただけで軽く火傷するような雪が止むことなく降っているなんて・・」
テミスが俺に“神聖魔法”で傷を癒しながら外に視線を向け、そして俺のコートへと目を落とす。俺も釣られて見てみると、あの一瞬で『炎の雪』はコートの至るところを焦がしていた。
「ただ、これを見る限りこの雪は燃え広がるようなものではないみたいですね。このコートも表面を焦がしているだけで中まで火は来ていないみたいですし」
どうやらこの『炎の雪』、いや大きさ的に言えば『種火雪』といったところか。これは触れた箇所を一瞬燃やすだけで火力自体はないらしい。しかし、降雪量が多い。
雪など避けられるものではないし、一歩外を出ただけでコートの前面の3分の1が黒くなった。これが本当に燃え広がらないとも言えないし、ダンジョンの環境ということなら、この先いくつかのエリアは同じような環境だろう。俺たちはどう進むかいきなり詰まってしまった。
「なるほど、これがSランクってわけか・・・」
あまりにも知られなさすぎて情報を得られなかった、と言うのを言い訳にしてとりあえず突っ込むというのは無謀だったかもしれない。
(これは一度戻るしか・・・)
「.......ねぇ主さま」
「ん?なんだ・・・っておい!」
そう考えたところで不意にサニアに呼ばれた。声に反応して顔を上げるとサニアがコートもフードもつけずに『種火雪』の中を歩いていた。
「何やってる?!火傷するだろ!早く戻ってこい!」
俺は慌ててサニアを連れ戻そうとする。しかし、そこで異変に気付いた。空から止まず降り頻る雪がサニアを避けて降っていた。
雪はサニアの肌に触れる直前でまるで何かに守られているように流れて地へと落ちる。落ちた雪は燃えることなく、通常の雪へと変わり積もっていく。
「......主さま、熱くないわ。多分“環境適応”のおかげだと思う」
「なるほど・・・」
確かにこのスキルを獲得したのはダンジョンだった。ただ、実際に適応するにはそれなりにその環境の影響を受けて、体に覚えさせなければならないようだ。
実際、今はサニアの体を避けるように種火雪は落ちているが、顔や腕など軽く火傷をしている箇所がある。俺はその傷を癒すため、サニアに倣って雪の下へと躍り出る。
「つっ?!」
身を刺すような寒さで鋭敏になった肌を焼くように種火雪が降り積もる。それは羽織っているコートだけでなく唯一露出している顔や手を焦がしていく。
だが、やがて痛みは薄れ雪は俺の肌に触れずに落ちていくようになった。それにサニアは“神聖魔法”で癒したし、俺も“自己再生”で回復できる。
(だが、後は2人だな・・・)
運良く俺とサニアはこの環境に適応するためのスキルを持っていた。しかし、問題はまたある。テミスとミユがそのスキルを持っていないからだ。
ただ、方法はいくつかある。一つは種火雪に負けない傘を作ること。だが、これは風の流れで横から吹き付ける種火雪には対処できない、ということで却下となった。
もう一つはサニアやミアが迷宮街などの迷宮で獲得したように2人にも“環境適応”のスキルを獲得してもらうこと。しかし、これはこの種火雪を一定時間受け続けないといけないため難しいと思われた。
「もう一つ問題があります。それはそもそも私たちにそのスキルを獲得できるか、と言う問題です。お話を伺う限り、元々そのスキルは魔物が持っていた物なのですよね?だとするとそのスキルは人間である私たちでは習得できない可能性の方が高いです」
「そうか・・・。思い返してみれば確かに俺が持つこのスキルはそのダンジョンに棲む魔物から奪った物だ。だが、サニアだって持って・・・」
そこまで言いかけて俺はヴァイスの言葉を思い出した。
『だって彼女は獣人でしょ?確かに珍しいけど覚えられないわけじゃないよ。まぁ滅多にいないけど』
『どういうことだよ?』
『獣人は元々魔物と人間のハーフだからね。どこで生まれたかは知らないけど、魔物の血も入っているから覚えられても不思議じゃない』
そうか、サニアは獣人族だったから覚えられた。そしてミアは特殊なスキル“星詠廻転”があったからだろう。
「だとするとどうしようか・・・。コートで進むのは危険すぎるし・・・」
「そこで一つ考えがあるのですがいいですか?」
そう言ってテミスが話し出した案は理に適ってはいるもののテミス1人に負担を強いるものだった。
「あれはひとまず使うのをやめておくって約束だっただろ!?どこまでこのエリアが続くか分からないんだぞ?!未だにそのスキルは何を消費しているかも判明していない!危険すぎる!」
「それでもここはSランクダンジョン。この世界で最高難易度と言われています。そんなところにリスクもなく挑めるはずもありません」
「っ・・・」
俺はテミスの言葉に反論することが出来ず、思わず黙ってしまう。そのままテミスの勢いに押されるままテミスの案でこの雪の中を進むことが決まった。
「はぁ!」
「......ふっ!」
「ギャァオウ!!??」
「やっぱり最初のエリアだからかそんなに強くないね」
あれから数十分ほど当てどなく雪原の世界を突き進む。しかし、障害物はおろか、建物さえ一切見つからず雪を凌げる場所が一切なく、さらに際限なく襲ってくる魔物にいつしか体力を奪われていた。
名前:アイスウルフ
レベル:89
スキル:瞬動Lv.6 極氷魔法Lv.6 氷皮Lv.7
ただSランクというもののまだ一階層であるからか出現してくる魔物は強くない。それでも数は異様に多かった。どれも今の俺たちにとっては一撃で倒せるレベルだが、それが一気に50匹ほども来られては流石に対処に困る。
「さすがに大変だね。でも、レベル上げにはちょうどいいかも!」
「そう・・ですね。ただ、休息場所が・・・ないのは計算違いでしたね・・・」
「そうだな。あまりゆっくりもしていられない。テミスが潰れてしまう。先を急ごうか」
そう、テミスはずっと俺たちを、いや厳密にはテミスとミユを自身のスキル“颶眼”で風の流れを操ることでテミスとミユに種火雪が当たらないようにしているのだ。それも戦闘中でさえ。
以前、【強欲】戦で初めて使っているのを見てから、このスキルがどういったものなのか、今までずっとテミスと検証してきた。
その結果、このスキルはまだまだ伸び代がある上、現段階でも十分強い。だが、このスキルは先ほどテミスにも言ったように何を消費しているのか分からないのだ。
魔力も体力も消費しない。使っている間も目に見えて減っているものが判別できないスキルなのだ。このスキルをテミスの父親が封印した理由もなんとなく分かった気がする。
何かこのスキルは言葉に出来ない不安感が募るのだ。だが、今はこのスキルしかこのエリアを突破する方法がない。俺たちは少しでも早くテミスを休ませるため行進速度を上げた。
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