第120話 ダンジョン潜入
次の日、日が少し傾き始めた頃。俺たちは城の側の珍しく人通りが全くない場所にいた。そこは人があまり来ないからか所々に雑草が生え、とても城の側とは思えないほど粗雑な印象を受ける。
「よし、誰もいないな。このすぐ奥に扉があるんだ。でも、ほとんど使われてない。おそらく非常用の出口か何かなんだろう」
「よく見つけたね、こんなところ」
「昨日、サニアと城の中に潜ってな。その時にたまたま見つけた」
一般に公開している入り口から祠に行くには下に行くまでにおよそ5分ほどかかる昇降機に乗って降りていかなければならない。
俺たちもその昇降機に乗ったのだが、その際に良い手はないかと周りを探していたところ、サニアが壁の隙間から木々の匂いがする、と言ったのだ。
慌てて俺もそちらに意識を向けると、一瞬ではあったが、俺にも感じられた。それから昇降機で戻ってくる際にどこから匂いがしているのかを追いながら帰ってきたところ、ここに入り口があったというわけだ。
「周りに見張りはいないな。よし、それじゃあ行くぞ」
俺は“罠解除”の要領で鍵穴の仕組みを理解し、それに合わせた鍵を“大地魔法”で制作する。それを差し込んで捻ると鍵は何の抵抗もなく開いた。
「な?!誰だ?!・・がっ?!」
「貴様らどうやっペゲ?!」
「危なかった・・・」
扉を開けて入るとそこには帯剣した2人の警備員らしき人物がいた。それを俺とサニアで速攻で無力化する。事前に中を確認していなかったのが仇になった。
「外にいないから警備が薄い、とは限らないわけだな・・・」
「危なかったね。でも、コレどうするの?」
「うーん」
警備がいることをあまり考えていなかったから、敵が現れた時の死体の処理も考えていなかった。そのため俺がどうしようか悩んでいると、不意に俺の右腕が震え始めた。
「な、なんだ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか右腕が・・・」
唐突に震え始めた右腕は死体に向けて1人でに動いていく。それはまるでその右腕で死体に触れろ、とでも言うように。
「これで、触れば良いのか?」
俺は導かれるままに右腕で警備員の死体に触れる。すると触れた箇所から死体が右腕に向けて吸い込まれ始めた。右腕は建物内に骨と肉を砕く音を響かせながら死体を飲み込んでいく。
「な、んだこれ?!どうなってる?!」
死体を飲み込む右腕に不思議と痛みは無い。しかし、俺の体の肉と骨の間に何かが挟まるような異物感がずっと続いていく。そうして血も撒き散らさず右腕は綺麗に2体の死体を飲み込んだ。
「うわぁ、すごい光景だったね・・・」
「やめろ、引かないでくれ・・・。俺も分かってないんだから。それにしてもいったい・・・?」
痛みは無かったが、不快感は満載だった。だが、何が目的なのかが分からない。そもそもこの右腕は生きているのか?
「うん?」
そこまで疑問に思ったところで体に変化が起きた。端的に言えば魔力が回復したのだ。後は、妙に力が有り余ることくらいか。
「どうしました?」
「今、魔力が回復した。それにこの感じは・・・」
この感じには覚えがある。ここまで一気に感じた事は無かったが、これは“軀力特自動回復”と同じだ。ということは、死体を右腕で吸収すると体力と魔力が回復するのか?
「なるほど。新たなスキルでしょうか?でも、そんなスキルは聞いたことが・・・。いえしかし、ユニークスキルもあるくらいですし・・・」
俺に起こった現象を説明すると何かに火が付いたのかテミスが考察を立て始める。しかし、ここにずっと立っていてもだめだ。他の警備員が交代で来る可能性もある。
「とりあえずここから離れるぞ。この先に行けば下へと続く道があるはずだ」
「わかったわ!いこ!」
警備員がいた場所から少し進むとそこには地下へと続く螺旋階段が続いていた。地下には灯りが一切なく、下へと伸びる螺旋階段の先は闇に呑まれ見ることが叶わなかった。
それから30分ほどだろうか、ひたすら階段を降りているとだんだんと灯りが見えてきた。そしてその灯りの先から人の声もする。
「おそらくあそこが『地下の祠』の入り口だな。昇降機で降りた時もあそこ以外に立ち入れそうな場所は無かったしな」
「でも、人がいるみたいだよ?どうするの?」
「それは考えてある。人自体は結構いるが、『地下の祠』では警備員や案内人と別行動ができない。だから次のグループが来るまでの間に地下への入り口を見つけるんだ」
前回、サニアと潜り込んだ時も一度全員で上がる昇降機を見逃し、警備の者などがいるかなども確認したが、よほど慢心しているのかグループと共に来る警備員はそれなりにいるものの残る警備員はいなかった。
それで確定させて行動するのは流石に危険だが、あまりゆっくりもしていられない。特に【怠惰】との間の契約に期限は設けていないが、後数ヶ月もすれば【怠惰】の元を離れて一年になる。
それに【色欲】も放置しておくわけにはいかないだろう。俺自身ちんたらするつもりはないし、なにより時間をかけて向こうに先手を取られるのも癪だ。
ただ一番はヴァイスの言う“スキル統合”のスキルだ。このスキルの詳細は分からないが、俺としては出来るだけ早く取っておきたい。自身の【魂界】とやらがいつまで保つかも分からないからだ。
さらにこの地下のダンジョンは最高難易度とも言われているSランクだと言う。周到に用意して損はないため情報を集めてもらっていたが、あまりゆっくりもしていられない事情も多くある。
ならば多少危険を犯してでも挑戦するしかないだろう。そしてそれも早いに越したことはない。
後は地下へと続く階段を降りれば、と言う話だったが、俺がサニアと覗いた時は階段らしきものは見つからなかった。ならば隠されている可能性が高いのだが・・・。
「ここで考えていても仕方ない。次に昇降機が上へ行ったら動くぞ」
俺たちはギリギリ灯りの範囲に入らない辺りで身を隠し、グループを集めて昇降機に乗り込むのを待つ。
それから15分ほど経過するすると、案内人の指示に従って『地下の祠』を見学しに来た観光客が続々と昇降機へと乗り込んでいく。もはや夢を叶える、というより叶うために拝みに来るという参拝客が多くなっているようだ。
「よし、いくぞ」
俺たちは全員を乗せた昇降機が見えなくなるまで上へと上ったことを確認して暗闇から躍り出る。灯りの下には祠以外何もなく、露店や占い屋などの店先も見当たらない。
そして本命の祠は昇降機から少し進んだところにある開けた場所の中央にポツンと存在している。小さな扉は常に開かれており、中には人の頭くらいの大きさの透明な水晶玉が布の上に置いてあるだけだった。
「これが『地下の祠』かぁ。本当に祠って感じなんだね。もっと豪華だと思ったよ」
「まぁな。それより今は地下へと続く階段だ。情報屋はどんな場所にあるって言ってた?」
「・・・ごめんなさい。祠には地下へと続く階段があると聞いただけで、どういったものかまでは・・・」
「そうか、仕方ない。それじゃ次のグループが来るまでに探すぞ」
俺はテミスたちに手分けして探させるよう指示を出す。ここは開けた場所ではあるが、そこまで広いわけではない。4人で探せばそんなに時間はかからないだろう。
「あっ!」
そうして10分ほど異変がないかを調べながら壁や床を触ったり叩いたり、“完全看破”や“眼”などを使って探していると、不意にテミスが大きな声を上げた。
「どうした?何かあったか?早くしないとそろそろ次のグループが降りてきてしまう」
「いえ、まだ階段かは分かりません。ただ、ここから風が流れています」
そう言ってテミスが指差す方向はただの壁だった。しかし、場所は祠の裏の俺がギリギリ手が届かないあたりの壁。ジャンプすれば流石に届くがここがどうしたのだろうか。
「ただの通気口じゃないのか?」
「いえ、風を感じたので私の“颶眼”で風の流れを見てみたところ、風は下へと流れています。それに通気口はこの場所にはなく、全て昇降機のレールの近くに揃えられています」
「なるほどな。それは確かめてみる価値がありそうだな」
俺はテミスの指差す方向へ“完全看破”を発動する。しかし、結果はただの壁。壁の向こうまでは見渡せなかった。では次、と“皇之眼”を使うが、それでもやはり見えない。未だ自らの力で“透破之魔眼”を扱えないからだろうか。
「なら直接確かめるしかないか」
俺はサニアに氷の脚立を出してもらいそれによじ登る。そしてテミスの指示で壁を叩きながら探ると、明らかに音が軽い場所を見つけた。
「ここだな」
俺はこの薄い板を外せる場所がないか探してみるが、接着点が綺麗なのか見つからなかった。しかも壁が薄い場所は人1人がようやく潜り抜けられるような大きさしかなくとてもではないが、階段に続いているとは思わなかった。
「うーん、あまりやりたくなかったが・・・」
ただ、あまりゆっくりしていると次のグループが降りてきてしまう。グループ毎の点呼に時間はかかるが降りてきてしまえばすぐに着くレベル。
俺は意を決し、薄い壁を壊すことに決めた。そして中を確認し、階段に続いていれば中に忍び込む。もし階段じゃなければ一旦螺旋階段まで戻るしかないだろう。
「ふっ!」
俺は薄い壁に向けて拳を放つ。すると壁は抵抗虚しくパキンという硬質な音を立てて崩れ去った。そして空いた穴から覗き込むと、その先には左右で等間隔に並べられてある蝋燭にボッボッと火がついていく。
「あった・・・」
「本当ですか?!よかった!」
「でも、カイトくん!昇降機が降りてくる音がするよ!」
ミユに言われて意識を集中させるとゴウンゴウンとゆっくり昇降機が降りてくる音が城の地下に響く。
「急ぐぞ。入口は見つけたんだ、まずは俺が行くから後からついてきてくれ」
俺は空いた穴に頭を突っ込み潜り込むように進む。そして俺が奥に降りたことを確認してミユが頭を出す。そしてテミス、サニアと続き、俺が壊れた穴を塞ぐとしていると奥から人の話し声と案内人の声が響き祠の近くへと人が集まりだした。
「危なかった・・」
後少し遅れていたら氷の脚立も消せずサニアのお尻が案内人や警備員にバレていただろう。しかし、一度入ってしまえば、後は壁が俺たちを守ってくれる。
「よし、本番はここからだぞ。気を引き締めて行こう」
俺は冷たい風が流れ込んでくる階段の先に視線を移す。そこには淡い蝋燭の光が闇に伸びる階段の先を仄かに照らしていた。




