第114話 奪われしもの
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「あなた方はキノイル・ヒルディアという女性を覚えていますか?」
テミスはいきなりそう切り出した。何のクッションもおかず。なんなら少し責める声音もどこか含まれているようにも感じた。俺はそれを後ろから眺め、彼女たちの表情の変化を探る。
彼ら、彼女らはキノのことを全く覚えていないのか、それとも覚えていたとしても忘れているフリをするかもしれない。もしそんな人物だとしたら、ここにキノを預けていくことなど出来ないからだ。
「キノイ・・・何だって?今何かあたい達と同じような名前が聞こえた気がするけど、聞き間違いかねぇ?」
予想はハズレ。少なくともこのどっかりとテミスの前に座る女性はキノのことを覚えていない。怒りや恨みなど感情で以て、キノを覚えていることを隠そうとするようなそぶりも見えなかった。
それは同じく後ろにビクビクとしている男も同様。しかし、俺の視線はその隣に座る爺さんに移っていた。見た感じは特に変化はない。
テミスの言葉に動揺などの反応もなく、自らの血に濡れた髭を持ち上げて嗅いでは臭がっている。だが、テミスがキノの名前を出した時密かに反応したような気もしたのだ。俺の勘違いだろうか?
「はい。あなた方の持つヒルディアと同じ姓を持つ女性です。彼女は私たちの仲間でした。そのため同じ姓を持つあなた方のお話を聞きたくて本日はこちらにお邪魔させていただいたのです」
「なるほど、話は分かったよ。でもね、あたいはそのキノイなんちゃらって子のことは知らないね。名前が一緒なのも偶然だろう。他を当たりな」
そう言うなり彼女は横柄に俺たちに向かって手を振り、そのまま後ろの男性を連れ立って家を出て行ってしまった。
「取りつく島も無かったですね。でも、あの人は本当に覚えていなさそうでした。やはりもう...」
予想していたとはいえ実際に目の前にすると胸が痛くなる。自身の故郷の人間の誰一人として彼女のことを覚えているものがいないのだ。そんな悲しいことがあるか。
言い表せぬ失意の中、俺たちはこの場を貸してくれた村長に礼を言い、家を出ようとすると村長から声がかかった。
「お主ら、少し良いかの?」
「どうかされましたか?」
村長はカピカピに乾いた血がこびりついた髭を撫でながら俺たちに向かって座り直す。俺たちもそれに倣って立ち上がりかけた腰を下ろして向かい合う。
「キノイル・ヒルディアという女性についてじゃ」
「まさか、覚えているのですか?」
「あぁ、朧げにじゃがのぅ。わしはこれでも昔は強かったのじゃ。ある魔王様の率いる幹部にまで上り詰めたくらいじゃしな。あれはわしが16の頃じゃったーー」
そこから村長の昔話が始まった。やれ、当時難攻不落と言われていたダンジョンを初めてクリアしただの、一国を落としたと言われる魔物を一撃で仕留めただの、それはもう本当に真実か分からない内容だった。
しかし、その中には当時【嫉妬】の名を冠していた魔王に仕えていたという話もあった。だが、そこまで強いのであれば、この村長も『超越』しているはず。俺はそう思って村長を“鑑定”した。
名前:ハズマード・ラフェクティス
種族:藍魔族
Lv:396
スキル:天電傑戉Lv.- 看破Lv.10 極氷魔法Lv.9 斧聖術Lv.10 咒力自動回復Lv.9 剛力Lv.9 頑丈Lv.7 重断Lv.7 崩震破Lv.5 柔盾Lv.4
称号:『電装者』『観看者』『奪われし者』
まず最初に覚えた違和感はこの村長の衰え方だ。魔族の成長過程は人間と同じかどうかなんて知らないからわからないため、最初は特に気にしていなかった。
多少心配になるレベルとはいえ、ここまで歳を取っていれば、咳き込むことくらいあるだろうと。しかし、相手が『超越者』なら話は別だ。
なぜなら不老不死ではないとはいえ『超越者』の寿命は長い。それも普通の人間より少し長くなるレベルではなく、人によっては何百年と生きながらえる程なのだ。
だが、目の前の彼はいつ死んでもおかしくないほど老衰している。しかも話を聞いていると【怠惰】の魔王が処刑した【嫉妬】の魔王に仕えていたようなのだ。
あの【傲慢】の魔王の母親である。
それならばあの【嫉妬】の魔王と同じくらい、あるいはもっと生きているはずの【怠惰】の魔王と同じくらいの歳であってもおかしくないはずなのだ。
そうして彼のステータスを観察することで気づいたもの、それは称号にある『奪われし者』。
称号 奪われし者 何かその者にとって大切なものを奪われた者に与えられる称号。奪う者によって奪われるものは変わる。彼の場合は寿命。
「これか・・・」
「お主はわしを見ることが出来るんじゃな。そうじゃ、わしは奪われた、最も大切なものを。どれだけ力があろうと寄る年波に勝てぬ。もうわしの武器であった戦斧も持てんわい」
「誰に奪われたんだ?奪われたなら取り返すことだってできるだろ」
「出来んよ、奴は強大すぎるのじゃ。もはやこの世に勝てるものはおらんじゃろう。それよりもじゃ、今あの少女はどこにおるんじゃ?」
「キノは・・・、今空で眠っています。ここにきた理由は彼女のことを彼女の親が覚えていれば、ここを彼女の帰る場所に出来たら、と・・・」
「・・・そうじゃったか。あの子は快活じゃった。幼い頃からなんとなく気付いてはおったのだろう。自分が人の記憶から消えてしまうことを。それでもあの子は誰にみられていなくとも落ち込むことは無かった。しかし、それもあの子が成長し、1人の男を愛した時から変わってしまった」
そこから先は俺も知っている。初めて出来た彼氏に目の前で浮気されたこと、それを問い詰めようとしたところ、自分と彼との間に記憶の齟齬があったこと。
そこで初めて自分のスキルに気がついたと言っていた。でも、キノはどこかで自分を忘れる世界から目を逸らしていたのかもしれない。
考えてみれば世界の全てが自分を忘れるなんてことを信じられるわけがない。
「それからここにいることが耐えられなくなったのじゃろう。わしの知らぬうちにあの子は村を出ておった。わしもこんな狭い世界より外の方がいいじゃろうと追いはしなかった。・・・お主らの想像通り、彼女はあの子、キノイルの母親じゃよ。自分が腹を痛めて子を産んでおることすら忘れているがね」
産まれた時から母親に忘れられていたのか。生みの親にすら忘れられるなど誰が想像できただろう。
「ん?それじゃあどうやってキノはそれまでこの村で過ごせていたんだ?」
「父親のおかげじゃよ。父親はあの子を見ることができたからの。奴は村の中で特に目がいい奴じゃったのもあるんじゃろう。じゃが、あの子を見ることができない他の者たちは見えぬ何かに愛情を注ぐ姿を薄気味悪く思っておった」
ゴホゴホと村長が咳き込み、同時に小さく喀血する。さっきまではどこかふざけていたような印象だったが、実際、症状は重いらしい。テミスとミユが急いで濡れタオルなどを取り出し看病していく。
「いつしか父親は憔悴して行った。それもそうじゃろう。自分の見えているものを皆に否定されるのじゃ。そうしてあの子の物心がつく頃には奴も村から姿を消した」
それからもキノの過去の話は続いた。カウゲーターにも相手にされないながら毎日話しかけていたこと、同年代の子と遊んでも混ぜてもらえないこと。どれも容易に想像できるが故に辛かった。
「じゃが、あの子はいい仲間に出会えたんじゃな。きっとあの子もお主らと共にいたがるじゃろう。どうか、あの子を共に連れて行ってはくれぬか?」
「当たり前だ。自分の娘を忘れる親のところに残していけるわけがない。だが、一つ聞いていいか?そこまでキノのことを知っていたなら、あんたが一言村のみんなにキノのことを言ってくれていたら父親も消えずに済んだんじゃないか?」
もしかしたら八つ当たりなのかもしれない。けれども、これだけキノのことを知っていたのにもかかわらず結局、キノの父親もキノも辛い思いをするハメになった。それを少しでも緩和させることくらいは出来たのではないかと思ったのだ。
「そうじゃな・・・。もっとわしの言葉に力があれば良かったのじゃが」
村長はそう言って部屋の天井へと視線を向ける。いや、それは今は遠き過去に想いを馳せているのだろう。義憤に燃えていた俺の感情は水を被せられたように一気に冷えた。村長のその目を見て悟ったからだ。きっと何度も村の者に言葉をかけてくれたのだろう、と。
結果、誰もが信用しなかったのだろう。確かにこの村の者はこの村長を尊敬しているような雰囲気は無かった。
ここに俺たちを連れてきたレズモンドもルールだからやっているだけのような感じだったし、キノの母親なんかは来てから帰るまで一言も村長と口を交わすことはなかった。
「それは、すまなかった」
「いいんじゃよ、老い先短い者を崇めたって何も出やせん。ほれ、お主らもそろそろ時間じゃ。やることがあるんじゃろ?」
「あ、あぁ」
俺たちは立ち上がった村長に言われるがまま家を出る。そのまま意外な健脚で俺たちを村の入り口まで連れ立ってくれた。
「ほれ、餞別代わりじゃ。持っていくといい」
そう言って渡されたのは手のひらサイズの布袋だった。だが、重さは見た目に似合わず思いの外重い。
「お主らの道行きに幸あらんことを願っとるぞ。ほれ、行け」
「お、おい」
そう言って俺たちを村の外へと送り出す。そうして俺たちは村長に流されるまま村を出た。
「レークスよ、我が息子よ。お主の娘にも仲間が出来たぞ。見とるか?」
空へと向けられた視線は不意に頬を撫でた冷たい風に消えていった。
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