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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第5章

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第100話 転がり落ちる運命

 僕の目の前で村の者へ別れを告げた村長は満足そうな顔をしている。近くまで来ていたあの獣人は僕には気づかなかったようだ。まぁ当然か、今僕は全力で隠れていた。奴らに復讐するのは今ではない。


「新たな土地でも健やかに生きるのじゃぞ」


 村長はそう呟いて未練を振り切るように目の前の人形を見据える。そのまま今度は僕に話しかけてきた。


「【暴食】様、恥を承知でお頼み申し上げます。彼らを彼ら森嶺の民をあなたさまの庇護下へと加えて頂けぬでしょうか?」

「今更?ずいぶん虫がいいね。こんな風に君たちが本格的に危なくなったら僕を頼るの?今まで断ってきたクセに?」


 すでに死にそうな老体に向けて僕は少し殺気を放つ。


「誠に申し訳ありませぬ。何も申し開きなど出来ようはずがない」

「なのに僕に頼むの?」

「はい。正直、ずっと考えてはいたのですじゃ。他の魔王様からも申し出は受けておりました。ですが、わしが本当に信頼して民の命運を預けられる方はあなた以外にいなかった。あなただけはわしらを道具ではなく庇護するとおっしゃった。あなただけはわしらの力を求めていらっしゃらなかった。だからそんなあなたにだからこそ、わしらの命運を預けたいと思ったのですじゃ」

「随分と上から目線だね、本当に」

「申し訳ない……」


 何故か人形はこの瞬間には村長に攻撃を仕掛けることは無かった。しかし、隙を見せられるわけでもないからか、村長は僕に対してずっと背を向けている。


「いーよ」

「——っ!?」


 言い出しっぺが何を驚いているのだろうか、僕が了承することがそんなに珍しいのだろうか。


「本当に……?」

「信じないなら別にいいよ、僕もう帰るから」

「いえ!そんなことは決して!ありがとうございます、貴方様に最大級の感謝を!!わしらは貴方様に全てを捧げます、これはわしら森嶺の民の総意です!」

「いーの?勝手にそんなこと言って」

「もちろんですじゃ、わしのこの意はすでにある者にも伝えております。今はその者が村を出るために皆を集めている頃でしょう」

「はぁ、わかったよ。そしたら僕はそれについて行くよ、もう彼らは僕のものだからね」


 僕はそれだけ行って村長に背を向け踵を返す。人形が少しこちらに気を放ってきたが、無視をする。後ろからは彼の最後の感謝が聞こえる。きっとここで彼は人形と差し違えるつもりなのだろう。



 ——僕は堪えきれず、口角が上がってしまっていた。








 ーーーーーーーーーーーーーーーー








「村長さま……うぅ」


 あれから村の中心辺りに戻ってきてもヘリブラは泣いていた。ここまでわたしが手を引いていたから付いてきているが、引いていなかったらあそこに残ろうとしただろう。


「ヘリブラ!それとそこのお嬢さん!」


 そんな時にどこからか彼女とわたしを呼ぶ声が聞こえた。振り返ってみると、ヘリブラより一回りほど歳が行ってそうな青年がこちらに向けて手を振っていた。


「ドルネトさん……。村長さまが、村長さまがぁぁ」

「あぁ、知っている。知っているよ、ヘリブラ」


 知っている顔を見つけたからかヘリブラは彼の顔を見た瞬間、彼に向けて走っていきその胸に顔を埋めて泣き始めた。


 ドルネトと呼ばれた青年もそれを受け止め、優しく背中を撫ぜている。2人は特別な関係なのだろうか。


「お嬢さん、ここまで彼女をお守りいただきありがとうございます。今、村の者は皆村長の命により村の南東側へ集まっております。不躾な願いではありますが、我らと共に来ていただけませんか?」

「・・・わたしはサニアよ。それはいいけど他にもわたしの仲間は来ていないの?」

「各隊からそれぞれ助力していただけた方がいるとは聞いていますが、こちらに合流することは聞いておりません。もしやお嬢さん、いえ、サニアさんのお仲間でしょうか?」

「・・・多分そう」

「わかりました、では風を使ってその事を伝えさせていただきます。しばらくもしない間に我らと合流できるでしょう。...ヘリブラ、南東のはずれは分かるな?そこにみんな集まってるからそこにサニアさんと向かってくれ」

「ドルネトさんは、どうするの?」

「私は他にも逃げ遅れた者がいないか確認してくる。安心しろ、ラィシィさんも既にそこへ向かっているから」

「……うん、分かった。でも、すぐに戻ってきてね?」

「当たり前だ、私たちは皆村長の子供だと仰って下さったのだ。村長が託してくれたこの命、絶やしてなるものか。それに、私が強いのは知っているだろう?」

「うん、うん!」

「それではサニアさん、何もお礼が出来ず、お疲れではあると思いますが、何卒お願いします」

「・・・こくっ」


 それでは、とドルネトはわたしたちに背を向け、村の奥へ走って行った。


「もう泣きません!いきましょう、サニアさん!」

「・・・こくっ」


 涙を拭き、真っ赤になった目をちょっと隠しながらヘリブラは南東のはずれへとわたしを案内してくれた。




「お母さん!」

「ヘリブラ!無事だったのね!あぁ、よかった!あなた様がドルネトの言っていた助力者ですか?娘を救っていただきありがとうございます!」

「・・・ううん、みんな強かったからわたしいなくても大丈夫だったかも」

「そんなことはございません、人間は強くしつこい。あなた様がいなければ、娘はここにいなかったかもしれないのです。改めて感謝を」

「・・・うん」


 深々と下げられる頭を前にわたしはこれ以上謙遜するのは逆に無礼だと気づいてその感謝を受け取った。それから、わたしがいたところは死者もなく無事だったが、彼らは攫われた仲間を取り戻すために人間を追ったことを話した。


「そう……ですか。本当に娘は運が良かったのですね……」


 どうやらすでにドルネトが他の隊から戦死者が出ていることを聞かされていたらしく、皆一様に空気は沈んでいた。中にはヘリブラとその母親を睨みつける者まで居るくらいだ。


 しかし、その理由は推して知るべしであろう。


 考えすぎかもしれないが、少し針の筵のような感覚を味わっていると、背後からとても聴き慣れた声が聞こえてきた。


「サニア?!サニアじゃない!良かった、無事だったんだね!」

「・・・ミユ!」


 振り向くとそこにはエルフの男と並んで歩くミユがいた。だが、片手で肩を押さえており、血の匂いもする。


「ミユ、怪我したの……?」

「あ、うん。ちょっと失敗しちゃって、タハハ……。でもサニアは大丈夫そうだね!それにみんなここに向かってるらしいよ!」


 血の濃さからして割と深い傷であることがわかったが、それを追求する前にミユに遮られてしまった。その時に隣の男がバツの悪そうな顔をしていたのが少し気になった。


「・・・なんで分かるの?」

「え?“異種伝心”で聞いたからだよ?」

「・・・あ」


 完全に忘れていた。おそらく使っている期間はわたしが一番長いはずなのに完全に忘れていたようだ。というかあれは主さまがいなくても使えるのか。初めて知った。


 そんな風に少し再開を楽しんでいるといきなり金切り声が広かった。


「な、なんでこんなところに人間がいるのよ!」

「リィシス!あなた裏切ったの?!」


 そうだった。ミユは人間だった。えらく判別が早いとも思ったが、そういやエルフの耳は尖っており、さらに女性はほとんど肌を出さない。対して、ミユは傷のせいもあるが、そんなに肌を隠すような服は着ていなかった。


 わたしはどうすればいいか分からず、とりあえずいつでも戦闘態勢に入れるよう頭に“極氷魔法”をイメージする。すると、今度は隣の男が叫びまくる民衆に負けないくらいの大声を上げた。


「聞いてくれ!!彼女は人間だが、同時に我らを救ってくれた救世主なのだ!我らの身勝手な疑いに対しても向き合ってくれ、我らを救ってくれたのだ!!……我らが彼女の声に少しでも耳を傾けていれば、彼女が無駄な傷を負うことも無かったのだ……。そして、隊長を救ってくれた恩を仇で返すような我らを一切責めるようなことはせず、1人の生者として接し、救ってくれた聖母のような方なのだ!!!」

「せっ……!?へぁっ?!」

「変な声出てるよ」


 リィシスと呼ばれた男はミユがどれほど凄かったのかを熱弁し、守るように立つ。彼の止まらぬミユ愛に最初は勢いよく人間排斥を謳っていたエルフの者たちも次第に心を動かされたのか、ミユを見る目が変わってきていた。


「や、やめて!やめてったら!……もうーー!!」


 止めようかとも思ったが、赤面するミユが面白かったのでやめた。



 それからいい感じに場が和み、ミユもまだ警戒されつつも馴染めただろうか、という時に事件が起きた。わたし達のいるところから少し離れた場所にある倉庫が突然、爆発したのだ。


「キャーーー!!」

「な、何?!」

「みんな慌てるな!私が様子を見てくるから!ミユさん、サニアさん、すいません彼らを見ていていただいていいでしょうか?」

「うちたちのどっちかも行ったほうがいいんじゃない?」

「そうですね、それではミユさん、お願い——」


 リィシスが言い終わる前に再度爆発音がなる。今度は先ほどよりもずっと近く、瞬く間にもうもうと土煙が立ち込め、わたし達の視界を覆っていった。


「誰?や、やめ……ギャーー!!??」

「ねぇ!大丈——ァァァァ!?」

「な、何?何が起きてるの?!」

「・・・煙がっ」


 土煙によって一切状況が分からない中、ここに集まっていたであろうエルフたちの悲鳴だけが聞こえる。しかし、なんとかしてこの煙を晴らそうとするものの先が見えないほど広く広がっている。


 また、ミユは魔法を使えないしこれだけの量の土煙を凍らせたり水で押し流すことは魔力量的にも範囲的にもわたしには出来なかった。


 だからわたしは近くにいる人たちをなんとか見えないながらも助けつつ、強襲に備えた。しかし、一向に煙が消える気配がなく、それに反して悲鳴は時を追うごとに増えていく。


(・・・くっ、血の匂いが濃すぎて追えない!)


 わたしも主さまの見様見真似で匂いでも探索してみるが、この煙が出てきてから急に強くなった血の匂いのせいで敵を探索することも出来なかった。


「・・・どうすればっ!」

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