第99話 もう一つの戦場
「やめろ!その子たちを放さぬか!」
僕が村長の後を追うと、村長が誰かと言い争い?をしていた。彼の目の前には全身が赤く表情のない人形のような人物が小さな赤ん坊とその母親であろう人物を左右で背負っていた。
「ぬぅはぁ!!」
村長は相手に付け入る隙を与えまいと先ほどまで杖をついていた姿はどこへ行ったのかというくらい俊敏に赤い人形へと迫る。だが、人形もその人物たちが目的なのか放さぬよう攻撃を躱す。
「はぁ!は!ぬぅあ!!」
目にも止まらぬとは言い難いがそれなりに早い村長の連撃に人質を持ったままでは戦いにくかったのか、ついに村長の一撃が人形の腕に当たり母親を落とした。
「落とせ!風よ!」
そしてその流れのまま村長は赤ん坊を抱える腕に向けて風の刃を放ち、腕ごと人形から切り取る。そして中に浮かぶ腕は力を失くしたように液体へと帰り赤ん坊とそれを受け止めた村長を濡らした。
(ふむ、この辺一帯の鉄臭い匂いは血か……。となると……)
「イベナルよ、赤ん坊を持ってこの場を離れよ。もう2度と離すでないぞ」
「はいっ、はいっ!誠にありがとうございます!」
そう言って村長に助けられた女性はまだしっかりと意識があったようで少しよろけながらもこの場から去っていった。
しかし、腕を切り落とされた人形はそのことを痛痒にも感じていないようで、瞬きのうちに切り落とされた腕は再生してしまった。
(こいつは空気中の水分や土中の鉄分を使って体を作っているのか。あとは、魔物だな)
こいつや木の上にいる奴らからする濃い血の匂いのせいで正確では無いだろうが、こいつらのさらに奥には山ができるほどの魔物の死体が干からびた状態で見つかることだろう。
「お主、先ほどから何も喋らぬが何が目的じゃ」
「…………」
「ぬぅ」
まるで村長の声が聞こえていないのかと思うぐらい完全な無反応だった。しかし、それも当然だろう。こんなふうに周りの水分や魔物の血を使って人形遊びができる者たちなど一つしか僕は知らない。
(この近くに吸血鬼がいるのか...)
だとすると少々まずい。僕の計画の不確定要素があまりにも多すぎる。ここまでで異界の勇者に関しては変数で修正可能なレベルではあるが、吸血鬼は別だ。
どいつがいるかにもよるが、なるべく関わらないことに越したことはないだろう。僕は成り行きを見守ることにした。
(助けを請われているわけでもないしね)
このまま声をかけ続けていてもラチが明かないと判断したのか村長は口をつぐみ戦闘態勢を取る。すると先ほどまで直立不動だった人形も即座に戦闘行動に移れる態勢へと変わった。
辺りの静けさが重く感じる。何がきっかけだろうか。動物が木を踏む音か?それとも風が止む音か?互いに見合う彼らの間には唐突にトップスピードの戦闘が開始した。
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「……これで全部」
わたしは襲ってきた人間たちを全て倒してエルフの元へと赴く。彼らの中に傷を負っていないものはいなかったが、それでも重傷者は1人もいなかった。
敵がいなくなったことへの安堵により歓声があがる。しかもそれはここだけではなく、他の場所からも聞こえた。
だが、それも長くは続かなかった。重傷者はこの中にいないとはいえ、幾人か人間に連れ去られてしまったからだ。
しかし、奴らの跡を追うことが限りなく難しいことはわかっていた。なぜなら戦場がここだけではなかったからだ。
「サニアさん、我々を助けていただきありがとうございます。攫われた同胞たちは我々がなんとかします。村には村長たちがいますので先行ってお休みください」
「・・・大丈夫なの?」
「正直やってみなければ分かりません。サニアさん方のおかげで数は減らせたかと思いますが、彼らを率いていた頭が出てきていませんので、警戒は必要でしょう。しかし、それまでご助力いただいてしまっては我らの立つ瀬がない。これは我らのプライドにも関わります。ですので、どうか」
「・・・わかった」
「ありがとうございます。では、案内の者を1人付けますので、村でゆっくりとお休みください」
そう言って少し武器の手入れをした後、すぐに立ち去っていってしまった。礼は失さないようで、皆わたしに軽くお辞儀をしてくれた。
「それでは、ここからは私へリブラが案内させて戴きますね。私一度獣人の女性の方と話してみたかったんです!お話しながら行きましょう」
「・・・こくっ」
気を使ってくれたのか、わたしの案内役は歳の近そうな女性だった。道中話そうと言ったが、彼女は体力が無尽蔵なのではないかと思うくらいのマシンガントークだった。
「あれ?なんでこんなに静かなんだろう?」
それは村についたヘリブラが呟いた言葉だった。村の中に人の気配はほとんど無く、まるで生活感を感じなかった。いや、干してある洗濯物など生活感を感じさせるものはあるのだが、明確に足りていないものが多すぎた。
「とりあえず、ラィシィさん家を見てみますね」
ヘリブラは一番近くに建っていた家に向けて歩いていく。元々の村の様子を知らないわたしはただついていくことしかできなかった。
「すみませーん、ラィシィさん?」
「・・・いなさそう?」
「はい、いつもは扉を開けたらすぐに出てくるくらい元気な人なのに」
わたしたちは失礼とは思いつつも返事のない家の中へ上がり込んだ。しかし、視界に入るものは整頓された家具や服など忽然といなくなったようではなく、意図して出て行った様子にも感じられた。
「たまたまいないだけなんですかね?」
にしては声が何も聞こえないけど、とヘリブラはボソッと呟く。すると唐突に外から悲鳴が聞こえた。
「今のラィシィさんの声だ!」
声を聞いたヘリブラはとりも直さず部屋を出て行った。状況が理解できないわたしもとりあえずその後ろをついていく。そこでようやく走っていく先から嗅ぎ慣れたにおいがした。
「・・・誰か怪我してる?」
「そんなっ?!」
にしては血臭が濃すぎる。むしろ今までなぜ気づかなかったのかと思うほどだ。人間1人を破裂させても足りないような濃さの血臭が漂い、臭いは人並みのエルフでさえ自身の鼻を覆うほどだった。
しばらくしてたどり着いたそこには全身が赤い人間とそれと戦っている1人の老人がいた。
「村長?!」
「なっ?!ヘリブラ!外の防衛はどうした?!」
「大丈夫です!彼女たちのおかげで急場は凌ぎました!それでこの状況は……?」
「今は話してる余裕はないっ!今すぐこの場を離れよっ!くっ!」
突然現れたわたしたちを守るように戦うことを強いられる形になってしまったため、村長と呼ばれる人物が赤い人間に押されていた。
「私も戦います!」
「やめんかっ!お主が敵う相手ではないっ!今すぐ、今すぐこの場を離れ……ぐぁ!?」
「村長?!」
なんとかヘリブラをこの場から離れさせようとしている隙を突かれて村長と呼ばれた人物がついに傷を負ってしまう。
「・・・いこ、このままじゃ邪魔になる」
「サニアさん……。くっ、分かりました、村長ご武運を」
「村の者にも通達せよ、速やかにこの地を離れろと!」
「な、村長っ……!」
その宣言はあまりにも唐突だったからかヘリブラが口を押さえて立ち止まる。村長が放ったその指令にどのような意味があるのかはわたしにはわからない。だが、ヘリブラが傍目からでも分かるほど絶望しているのはわかった。
「・・・ほら、早く」
わたしはこの人たちの掟は詳しく分からない。ならば今は分からないなりに彼の心情を汲んで行動すべきだろう。
ちらと振り向き見た村長と呼ばれた男の顔にはとても安心したような笑顔が浮かんでいた。
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